第15話 酒

 現世で最強の魔術師と言えばラングウェイであると言われたことがある。

 おかしな話だ。俺は自分の立ち位置を理解し、今できる努力を怠ることがなかっただけである。興味の尽きる事がないのは仕方ないが、もっとも自分を高めてくれる事を優先していれば魔力はおのずと増えるに決まっている。日課の特訓が一般的な魔術師には到底できないものであるのは当たり前で、それをできるように特訓してこなかったからだ。俺の日課の特訓ができるような特訓をできるような特訓をできるような特訓から始めればいいと思う。



「レプトンの至宝ラングウェイ、どんな人物かと思ったが意外と普通だな」

「めずらしい、ダンが人に興味を示すなんて」

「こいつなら僕を死地に運んでくれるかもしれないと思っただけだ」


 目の前には将軍リヒト=アンデグラードとどこで誰が名付けたのか分からないが鬼神と恐れられている武人ダンがいる。

 どうしてこんな面倒な事をしているかと言うと、俺は帝国領旧オーキド王国の王族に会うためにこんな帝都までやってきてレプトン王国の要求というやつを突きつける役割を買ってでたのである。

 ババアには最終的にレプトン王国の国益になることをすると言っているのでだまくらかす事は全然難しくない。カスミが意識を取り戻すなんて、レプトン王国どころか世界の幸福につながるに違いないから嘘もついてない。


「はは、私がそのような事できるわけありませんでしょう。しがないただの魔術師です。我が女王陛下には身分不相応な席を用意していただいており、汗顔の至りというやつです。あまりいじめて下さらないでいただきたい」

 にこやかに応答していると、なぜか 俺の後ろに控えていたレプトン王国の奴らの顔が引きつってくるのが分かる。いやいや、待て待て。外交の場で友好的に振る舞えないほどに俺は馬鹿ではないぞ。レプトン王国ではそんな必要が全くないから女王だろうが誰だろうが言いたい事を言っていただけだし、正当な評価を下していただけだ。間抜けとか、帝国の人間に向かって言うわけないじゃないか。


 だいたい、こんな所で時間を食っても仕方がない。はやく旧オーキド王国の王族に会わなければ。で、あるならばここは友好的に接しておいてさっさと用事を済ませるに限る。


「宰相アルバート=アンデグラードが来るまでにもう少し日があります。私がそれまでのおもてなし役を仰せつかりました」

「英雄である将軍リヒト=アンデグラード様にそのようなことをしていただけるとは、末代まで誇りとさせていただきます」

 もちろん、俺に子供はいない。まあ、そのうちカスミが妻になるかもしれない。なったらいい。そんな世界も悪くない


「そういえば帝国ははじめてだとか。どこか興味を持たれた場所はありますでしょうか?」

 来た! この質問を待っていた。

「そうですね、個人的興味でよろしければ旧オーキド王国なんかに興味があります。あの国では私の知らない方法で魔法薬が生成されていたとか」

「なんと、レプトンの至宝ラングウェイ殿の知らない製法があると」

 よし、リヒト=アンデグラードも興味を持ったようだ。


「ちなみにどのような御薬で? 旧オーキド王国の王族ならば伝手があります」

「病気の治療薬です。刻滅病といいます」

「そうですか、それでしたら早急に旧オーキド王国の王族にここに来るように手配いたしましょう。……カスミ殿がよくなればいいですね」



 こいつ!? 油断していた。目の前にいるのは英雄リヒト=アンデグラード。その緻密な戦略と果敢な攻撃によって立ち枯れ寸前であった帝国を立ち直らせた張本人だ。俺のことを調べていたに違いない。刻滅病の薬を用意して、それを交渉のカードにしようと言うのだな。


 だが、それは間違いだ。カスミを交渉のカードの一つにしようものなら帝国を吹き飛ばしてもいい。俺個人でどのくらいの事ができるか分からないが、帝都くらいなら吹き飛ばせる。


 しかし、この程度のことで俺は殺気をそとに漏らしたりしない。昔、王国の連中がめんどくさいことを言ってきたからその時にちょびっとだけ殺気を向けてやったら気絶したことがあるので、絶対の外に漏らさないように心がけているのだ。普段は駄々洩れだと指摘してくるものもいたが、とりあえず今は出ていないはずだ。


「まさか、リヒト殿がカスミを知っているとは思いませんでしたよ」

「単刀直入に言いましょう。レプトン王国は何を考えているのですか? 至宝ラングウェイが動くというのは大変なことです」


 水面下でのやり取りがなされていると周囲は思っている。言葉の端々に自分たちの知らない情報が組み合わさることで、国と国の戦争の縮図がここで繰り広げられていると。レプトン王国から連れてきている数名はもはや生きた心地がしないという顔をしていた。

 外交交渉というのはそのまま国益につながる。規模がでかいだけに人が簡単に死ぬことも多く、戦争ですら外交のカードの一つだと言い張る奴もいて、俺もその通りだと思う。

 一つの情報が相手を出し抜く決め手となる。交渉を有利に進めるだけで、町が一つ手に入ってしまうなんてこともざらにあり、そこに絡んだ利権というのは莫大なものになるだろう。それをこの若造は分かっている。


 十以上も下の若造にしたり顔をさせておくほどに俺は人間ができていない。だが、どうしたものかとも思う。矜持だとか、そんな事よりも優先したと欲するものがあるのだ。薬くれ。


「なんの事でしょうか。私が派遣されたのは私がもっとも適任だと女王陛下が思った。それだけですよ」

「本気を出せば、町一つが吹き飛ぶほどの力を持った貴方が適任というのは警戒せざるを得ません」

「ふー、参りましたね。こちらはそんなつもりは全くないのですよ」


 正直、めんどくさい。

 俺はカスミのために帝国に来ているのだ。もし、今すぐにリヒトが旧オーキド王国の秘薬を持ってきて、これをやるから降れと言われれば首を縦に振るだろう。まあ、俺を使いこなせるとは思わないが。

 しかし、予想以上に警戒されている。まるで俺が帝国を崩壊させにきたのではないかというくらいだ。

 先ほどから鬼神ダンがいつでも俺を殺せる体勢をとっているのがその証拠だろう。他の人間では無理だと判断したのだろうか。買いかぶり過ぎだ。


「貴方の機嫌を損ねたいわけじゃない」

「あ、では秘薬をいただけませんか? ものすごく機嫌が良くなること間違いなしです」

 あ、やべ。素が出てきた。もうちょっと外交に来ているということを肝に銘じて喋る必要があるな。しかし、面倒だ。ここら一帯を吹き飛ばして旧オーキド王国の王族を襲いに行くっていうのも選択肢に入れる必要があるかもしれない。

「本当の目的は何なんです?」

「…………リヒト」


 その時鬼神が喋った。いつでも抜けるようにしていた刀からは手が外されている。

「ダン、どうした?」

「ラングウェイ、お前、まさか……」

「おっと、それ以上は言わないで」

「人払いをしよう」


 リヒトの発案で部屋には俺たち三人だけが残った。これでレプトン王国から来た人間に話の内容が漏れる心配はない。



「実は本音で話してるんだな?」

「そりゃ、そうだ。ババアは俺に賠償金取ってこいって言ったけど、俺は無理だって言ったんだ。俺が欲しいのは秘薬。それだけ。正直、この交渉がどうなろうが知ったこっちゃないが、そっちは予想以上に俺を警戒しているから、俺が出てきた時点でレプトン王国の勝ちなんだろう? 何も要求しないから秘薬くれよ」

「……はあ、もうなんでこんな事に……」

 リヒトがため息をつく。



 その後、俺とダンはちょっとだけ意気投合して話し込んでしまった。そのうち酒が運ばれてきて無理矢理ダンに飲ませていたらダンが酔っぱらい出した。放っておいて酒を飲みつつけていたら、気づいたら朝……というか昼だった。横では頭痛がひどくて何もできないダンが寝ていた。


 次の日、鬼神を倒した男としてなぜか有名になっていた。

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