第13話 意味
鬼神がいなくなった。
俺は以前のようにベヒーモスを召喚することができるようになり、夜盗の襲撃から村を護ることができた。ベヒーモスを見た夜盗は村を襲うこともなく逃げて行っただけで結局はベヒーモスは戦っていない。
だが、それだけでも俺が戦いの場に参加したという事実は残り、さらには村人たちからも感謝された。
「ありがとう。それに、色々とふっきれたようだな」
少女の父親にそう言われた。貴方たちのおかげだと返すと、それはお互い様だと言われた。
俺はこの村で暮らすことにした。用心棒として、村も歓迎してくれて小さな畑を譲ってくれたのだ。一人で暮らすのであれば十分な大きさである。
いつの間にか召喚士の村を目指していたことなど、忘れてしまっていた。目的がなくなったからだろう。身体の震えも、鬼神の囁きもなくなった。
「コラッド、村の防衛の事で会合があるんだ。参加して欲しい」
村人から頼られているという実感があった。それ以上にこの村には恩があった。
今まで、恩というものを感じて生きる事はほとんどなかった。全て、自分の実力でもぎとってきたと勘違いしていたのである。
俺に召喚を教えてくれた人は騎士団の上司だったが、すぐに追い抜いた。同期と助け合うことはほとんどなかった。最終的に衝突して辞めるきっかけとなった将軍は、帝国を攻めている際に鬼神に討たれたと風の噂で聞いた。彼もベヒーモスを召喚することができたはずだ。彼らにも恩があったはずだと、今更ながらに気づかされた。
「生きる意味とは」
畑で作業をしている時は無心になれた。休憩中に、そんな事を考えていたのが口に出ていたらしい。
「難しいことは分からんが、生きる意味なんて人それぞれだし、一つじゃなくてもいいと思うがね」
少女の父親が答えた。聞かれたことに羞恥心が芽生えるとは思っていなかった。
「コラッド、嫁さんをもらえ。生きる意味は家族ができれば勝手について来るし、生きるだけで精一杯でそんなことを考える暇もないぞ」
多分、それは真理なのだと、今の俺は実感できた。
***
「僕を殺してみろ。僕に死を運んで来い」
夢に鬼神が出たのはそれからしばらくしてからだった。
だが、以前と違って俺は逃げなかった。
体はがたがたと震えているし、足が体重を支えられなくなる。しかし、踏ん張った。そうすると、ある考えが浮かんだ。自然と体の震えは治まった。
「そうか、お前もそうだったんだな」
理解した。鬼神も、何かから逃げ出したかったのだ。それが何かは分からないが、死に逃げることで諦めを享受したかったんだろう。
ひどく、脆い存在に見えた。実際に鬼神ダンの心は崩壊寸前だったのだろう。死を恐れないのは強靭な精神力があったわけではなく、逆に生を受け入れられなかったからに他ならない。今ならばそれが良く分かった。
「強さとはなんだ?」
夢の中の鬼神が答えるとは思わなかった。だが、俺は聞いた。
「僕を殺してみろ。僕に死を運んで来い」
あれほど嫌だった台詞が、ひどく薄っぺらいものに感じた。いや、あれは鬼神が吐き出す、助けを呼ぶ声だったのかもしれない。鬼神は何を聞いてもそれしか答えず、俺はいつの間にか笑っていた。
「次にお前に出会った時はな」
笑いかけてくる鬼神に向かって、俺は笑いで返した。
「酒を酌み交わすかしたいもんだ。敵だったら全力で逃げるけどな」
勝つことはできないが、逃げることならできる。何せ相手は生身の人間だ。あの時、逃げる時に召喚獣を何故使わなかったんだろうかと自分を笑いたくなった。
そういえば、随分と酒を飲んでいないと気づいた。今度少女の父親を誘って酒盛りでもするか。フジテ国の大きな町まで行けば、それなりに美味いものがあるだろう。治安がもう少し良くなれば、旅をするのも悪くない。
夢はそこで覚めた。
村で生活をしながらも、行商人などを含めて様々な情報を仕入れる癖は変わっていなかった。
「召喚士の村? ああ、あれはルーオル共和国を揺さぶるためのデマだよ。そんなのがフジテ国にあったんなら、今頃はフジテ国が召喚大国って呼ばれているさ」
行商人の一人がそう言ったのである。
「もう何年も前の話だし、もういいだろうが。当時は俺たちもその流言を流すのに駆り出されてな」
流言だと。しかも実行犯の一人からそんな話を聞くことになるとは。
丁度いい。目的地もなくなったことだし、この村で生きて行こう。
あいつの言うとおりに嫁さんをもらうのも悪くない。
***
フジテ国の国境付近の村にベヒーモスを召喚できるほどの用心棒がいるというのはあまり知られていない事実だった。
召喚士コラッドはこの村で生活をしていたとされる。その理由は定かではないが、彼が若い時には騎士団に所属し、その後は裏稼業をしていたのではないかという説もあった。最終的にフジテ国国境付近の村で生活をしていた彼の所に使者が向かうことになる。
まだ、魔物たちが落ち着いている時期だった。
人間同士で戦争を行っている余裕があった時期である。
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