刻印

 

「……どうしてこうなったんでしょうね」


 そこは……風呂場の脱衣所だった。

 スフィアがこちらの世界に来てから、もう一日と半分……今晩の宿を提供してくれる恩人の家で、その恩人の同居人の女の人の計らいであれよというまにここに放り込まれてしまった。


 ひとまず、パイロットスーツのアウター……非常時にエアバッグとなり、頚椎を保護する為のジャケットと、破片から心臓を守る為のプロテクターが一体となっているそれを脱ぐ。

 すると、体のラインが臍の形までもくっきりと現れるスーツが現れ、スフィアはそれ以上脱ぎ進める事を躊躇ってしまっていた。


 いくら動作や口調が自然に少女の……スフィアの物になると言っても、自認が変化したわけではないのだ。この体で裸になるのに激しい抵抗感を覚えるが……こうしていても埒があかない。


 ぐっと決心を固めると、スーツの首の後ろにある着脱ボタンに触れる。

 すると、一体形成にしか見えなかったスーツの背中に、脊柱に沿う形ですっと切れ込みが入っていき、臀部のすぐ上までの素肌が露になる。


「よい……しょっと……ん、何だろうこれ……すこしベタベタする?」


 スーツから腕を抜いたところで、肌が若干ベタつく事に気が付いた。

 腕に鼻を寄せてみると……なにやら女の子な甘い匂いの中に、僅かに異臭がする気がした。水蒸気を循環還元するスーツといっても、完全に蒸れないわけではないらしい。


 ……気味が悪い、ここに連れてこられた時はお風呂なんて……そう思っていたが、今はむしろ早く体を洗い流したい。


 スーツから手足を抜きとり完全に脱ぎ去って、一糸まとわぬ姿になると、浴室へとつながるドアを開き……その瞬間、目に飛び込んできた物を見て固まった。


「あ……そうか、これが……私」


 スフィアの目に飛び込んできたのは、ドアを開けて正面、浴室に備え付けられた鏡に映るスフィア自身。

 ゲーム時代は、最低限インナーを脱ぐことはできなかった。

 しかし……今は、一糸まとわぬ生まれたままの身体を何も隠さずに晒しているのた。


 触れれば折れてしまいそうな華奢な体に細い腰。

 腰からお尻に掛けたラインは緩やかながらも綺麗な曲線を描き、僅かに膨らみかけた胸は、未成熟ゆえに少女の無垢さと女になり始めた色香、本来であれば相容れぬその二つを共存させていた。


 ……が、しかし。スフィアは、そこに、異物を見つけてしまった。


「何、これ……模様……?」


 下腹部にうっすらとのたうちまわる、紫掛かったピンク色の線。それが複雑に絡み合って、何らかの図形を股間とへその中間あたりに描いている。

 大きさは鶏卵くらい。そして、左右に広く伸びた、潰れたようなハート型に近い形状のその模様は、まるで、今の自分の体の丁度そこにある臓器のような形をしており……


 そこまで思い至った瞬間、スフィアは衝動的に鏡面台を叩いていた。


「なんて、ことを、して、くれて、るん、ですか、四条さん……っ!?」


 羞恥に真っ赤になりながら、ぎりぎりと一句ずつ区切った怨嗟の声を吐き出す。


 今までスーツを着用していたため気が付かなかった。こんなものを描き加えられていたなんて……!


 全く気が付いていなかった迂闊さを呪いながら、スフィアは脳内のヴィエルジュに接続中のチャンネルを叩き起こす。


『ユニオス。居ますよね!?』

『如何なされましたか、マスター』

『これは……お腹の模様は何……!?』

『回答。胎内の状態を視覚的に表示したものになります。基本的にはS.I.BによるAAugmentedRRealityの表示ですので、普段は他者には見えませんのでご安心を』


 ――ああ、良かった、他の人には見えないのか。


 もしこんなものを見られでもしたら、きっと痴女だと思われる。自分にしか見えないのなら……そう思い、胸を撫でおろそうとしたスフィアだが、そこでぴたりと止まった。


『……普段は?』

『肯定。マスターが発情し、心身共に受け入れ準備が整った場合、皮膚に浮き上がり他者にも可視化されます』

『ふ、ふふふ……』


 そっかー。

 つまり、好意を持った人を前にして、気持ちよくなっちゃったら、全部筒抜けになるんだーそっかー。


「……OKサインですか!? 四条の野郎……っ!! ……もう、なんなんですかあの人……」


 脳内でさわやかな笑顔を向ける下衆眼鏡の顔を思い切り殴り飛ばし、どうにか溜飲を下げた。今度通信が繋がったら絶対に滅茶滅茶に罵倒してやる、そう決心しながら。




「はぁ……見せなければ、身体を許さなければいいだけですもんね。絶対に落とされたりなんてしないんですから……っ!」


 どうにか、そう自分の中で整理をつけて、気を取り直して備え付けてあった石鹸とスポンジで体を洗い始める。


「それにしても……んっ……スーツを着ているときは分からなかったけど、なんでこんな敏感な……」


 触覚が鋭敏過ぎて、素肌を恐る恐る擦る泡とスポンジの感触が、酷くこそばゆい。

 腕、首、肩……そう洗い進めているうちに、うっかりなだらかな丘の頂点付近を掠めた際など、咄嗟に歯を食いしばらなければ変な声が漏れそうな、びりっとした刺激すら走った。


 が……まだこの先に、更なる問題が待ち受けているのだ。


「う……ここも、ですよね……」


 スフィアの手が、下腹で止まった。そこに怪しく光る紋様は、何か起きそうで触れたくない。


 ――これは、ただのAR表示、私のS.I.Bが視覚補正で見せている幻影でしかないのだ。何も気にすることはない、ささっと洗って流せばいい。


 流せばいい……筈なのに。


「うぅ……駄目、無理……どうしても意識してしまいますよぅ……」


 気恥ずかしさと罪悪感に、いたたまれなくなって頭を抱える。

 このような物を見せられると、そこに『ある』のだという事をどうしても意識してしまう。

 そして、男だった時にはあったモノが無くなり、今はその内臓へと続く入り口があるという事も。


 顔を上げると、肌を上気させ、涙に潤んだ目をした可憐な少女の生まれたままの姿がそこにある。


 恥ずかしそうに両手で胸を隠し、太ももを擦り合わせ、涙の溜まった目で鏡を上目遣いに覗きこむ、白髪の妖精のような少女。


「ぁ……ぅ……」


 ――自分の体だし……少しくらい、良いですよね……?


 スフィアの脳内で、悪魔が囁く。その、ささやかな丘陵と穢れを知らぬ下腹部の谷間に、ごくりと生唾を飲み込むと……気が付けば、そろそろと手がそこに伸びて――……











「……うぅ……あぁぁ……もうやだぁ…………」


 穴があったら入りたい。

 浴槽に口まで潜り、ぶくぶくと泡を吐き出しながら、スフィアはそんな情けない気持ちでいっぱいだった。


 ……やってしまった。


 初めて見る女性の体。触れてみたい……そう、少しだけ、少しだけとやっているうちに……我に返った時には、頭が真っ白にトんでしまう直前で、もう手遅れだった。


 なんとか、ギリギリ正気に返れたから声は堪えた……堪えた、はず。

 だがしかし……登り詰めた先からようやく帰ってきたときには……自らの理想の少女を、自分で汚してしまったような気がして、スフィアは今、羞恥と後悔に沈んでいた。


 しかも、未だに冷めやらぬ余韻が、下腹の奥にぐるぐると渦巻いている。


「……ここに、本当に、あるんだ」


 そう意識したら、模様の奥で、どくんと体が跳ねた気がした。



 ――いや、駄目でしょう?

 ――今まさに絶賛後悔中なのに、もう一回とか本当に駄目よね? 馬鹿なの?


 そうは思うも、何かに憑かれたように、思考が蕩け、手が動いていく。



・・・・・・


・・・・・・・・・・・・


「スフィアちゃん、着替え、ここに置いておくわよ?」

「は、ひゃい……きゃあ!?」


 不意打ちで脱衣所から聞こえてきた声に、スフィアの口から心臓が飛び出した。一瞬で桃色に蕩けた思考がクリアになり、身体が数センチ浮き上がるような勢いで跳ねる。

 半ば寝そべる様に浅く腰かけていた体が、浴槽の底についていたお尻が、思わず立ち上がろうとした足が……慌てて起き上がろうとしたことですべてが盛大に滑り、バシャッと大きな水音を立てて転び、頭からお湯の中へと倒れ込んでしまう。


「……だ、大丈夫!? 何だか凄い音がしたけど!?」

「だい、じょうぶです……けほっ、ご心配なさらず……っ!」


 しこたまお湯を飲んでしまい、げほげほと咽ながらもなんとか返す。


 だけど、おかげであのおかしな感覚からは解放されていた。今は、あれほど我慢ならなかった快楽への欲求も綺麗さっぱり消え失せて、もう余韻すらも残っていない。


「……一体、何だったの……?」


 まるで狐に摘ままれたかのように、そうぽつりとつぶやいたスフィアの、浴槽内に沈んだ下腹で……一瞬、どくんと赤い光が瞬いたように見えた――……




【後書き】

いろいろ危ない描写はカットよー

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