17.これが俺達の運命(ならクソくらえ)






――すっかり日が暮れちまった空の下、俺は重い足取りでチャリを押して帰路を歩いていた。




 制服がぐしょぐしょのぬちょぬちょだ。水を含んで大層重くなっている。

 革靴も最悪。じゅくじゅくになっている。歩く度に嫌な水音が奏でてやんの。

 しかも頭のてっぺんから爪先までずぶ濡れ。その格好で街中を歩いているから、やけに人の目が飛んでくる。見世物じゃないっつーの。好きでこんな格好をしているわけじゃないんだぞ。


 他人事に思っては溜息を零してしまう。

 もう悪態をつく元気もない。心の中が空っぽだ。胸にポッカリと穴があいちまった。今の俺、廃人寸前。歩くことも疎ましい。


 体を引き摺るようにトボトボと歩道を辿っていると、通学鞄から着信音が聞こえた。

 無視をして歩く。一度は止まった着信音が再び声を上げた。

 誰だろう、こんな時に。しつこい着信だ。このまま無視し続けても良かったのだけれど、何となく気分的に乗ったからチャリを押したまま器用に携帯を取り出す。ディスプレイに表示されている相手を確認することもなく「はい」俺は電話に出る。


 機器の向こうからは聞き慣れた声。俺の舎兄だ。



『やっと出やがったなケイ。今どこにいる? 家か?』



 どうしてヨウが……考えることも億劫だ。俺は嘘を付くことにした。



「ん、家だよ。なんで? 何かあったか?」


『そりゃこっちの台詞だ。テメェ、途中から様子がおかしかったぞ……何か遭ったんじゃねえか。弥生やキヨタ達がしきりに心配してたぞ』



「なーんもなかったよ。なんで心配されているんだろ?」



 へらへらっと笑声を漏らす。

 もう笑う以外に感情が出てこない。まるで他の感情を忘れてしまったかのように、笑声が零れる。

 これでいいのだと思った。健太を言ってもチームに迷惑を掛けるだけなのだから。「別に何もなかったよ」俺は繰り返しヨウに言った。間を置いて、舎兄が指摘する。



『ケイ、テメェの悪い癖が出てる気ィする。テメェ、俺等に一線引いちゃねえか?』



 自分だけで解決しようとしていないか? その問いに俺は足を止めた。 


 一線。ああ、そうだ俺、ヨウに頼んでたっけ。

 俺は仲間との間に一線を引く悪い癖があるから、もしも俺が一線引きそうな時は迷わずを止めてくれ。そうヨウに頼んでたっけ。

 今後チームにもっと迷惑を掛けるかもしれないから、余計な心配掛けるかもしれないから、一線引きそうになったら止めてくれるよう……言ったっけ。


 車道を走る自動車のクラクションが流れた。

 脇目を一瞥する。横断歩道ではない道路を渡ろうとしている、無作法なリーマンがそこにはいた。迷惑なリーマンだ。



『車の音……なあケイ、今、本当に家か?』



 ゆらゆら、ゆらゆら、視界が揺れ始める。


 空っぽだった筈の心に舎兄の声が浸透していく。

 気付けば一筋、目にゴミでも入ったみたいで雫が零れ落ちる。それが馬鹿みたいに繰り返される。何度も雫が零れ落ちる。



 これで、良かったんだよな。健太。




『ケイ?』




 たった数秒で中学時代の友情、終わらせちまったけど、これで良かったんだよな。 

 俺等はこの道しかなかったんだよな。仕方がなかったんだよな。しょーがないことなんだよな。




『ケイ……聞こえているか?』




 俺達はどこで道を間違えたのだろう?

 嗚呼、誰でもいい。教えてくれ。これで良かったのかどうかを。

 俺等のしたことは正しかったのか、それとも間違いだったのか……ははっ、今回ばっかしは俺も、もう駄目かもしれねぇ。色んな不良への困難乗り越えてきたけど、今回ばっかりは崩れそうだ。何度も俺に呼び掛けてくれる舎兄の声。それが段々近くなっている気がした。




『答えろって。電話が遠いのか? それとも「―――…ケイ、なんだその格好」』




 電話のヨウの声、そして外界から聞こえてくるヨウの声。

 俺は携帯を持った腕を下ろし、首を捻る。通行人を掻き分けるように、歩んで来るのはまぎれもない俺の舎兄。


 なんでお前はこんなところにいてくれてるわけ。

 もしかして俺を心配して軽く探しに来てくれたってヤツ? 追試があるくせに、勉強もせず俺を探しに来てくれたかんじ? このイケメン、やることなすこと、ほんとカッコイイんだよ。憎たらしいイケメンだな。同じ男として嫉妬するぞ。マジで。

 まじこのタイミングでっ、見つけてくれるんじゃっ、ねえよ。



「テメェ、一体何が遭っ……ケイ」



 チャリを支えていた手を放し、傍に来てくれるヨウに縋った。

 重い通学鞄をかごに乗せたチャリは喧(かまびす)しく音を立てて倒れるけれど、それに目を向ける余裕はない。通行の邪魔になるとか、そんなの考える余力すらない。

 噛み締めていた嗚咽を漏らし、大声を上げて現実の無情さに泣き崩れてしまう。

 「ふざけるなよっ、ざけるなよあいつ!」何がサンキュだ。憎み続けるだ。自分が潰すだ。何がチームだ不良だ対峙だ。力なく携帯を持っているその手でヨウの胸部を叩く。事情も何も知らない舎兄に縋って膝から崩れた。


 これが正しいと分かっているのにやりきれない。どうしてもやりきれない。



「あ゛ぁあああ゛ぁああああああ―――!」



 子供みたいに泣くのは久しく、それでも喉が裂けんばかりに泣くのは誰でもない俺のため。

 切り捨てた友情が今になって痛い。激痛がする。そしてこれから待ち受けているであろう、現実が恐い。恐いんだ。


 いつまでも心が悲鳴を上げている。

 もうあの頃に戻れないのかと心がいつまでも悲鳴を上げている。

 望んでいなかった嘘だと思いたい理不尽だ。めぐりめぐる激情を吐き出す情けない子供に対し、ヨウは何も言わず、そっと支えてくれた。ただただ俺の感情を受け止めてくれた。



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