16.「お前を憎み続ける。憎み続けてやる!」
◇
本日の結果報告。
追試組のために催した勉強会は見事に撃沈、失敗に終わった。
集中できるわけがないんだよ、対峙しているチームが傍らにいるのに勉強なんて。ただでさえ勉強ダメダメ組なのに。両者の追試組もようやくそのことに気付いたらしく、場所を移動しようと意見を出した。よくもまあ三時間以上も、喧嘩もしないでいられたと思う。それは大いに褒めてやりたい。
だけど喧嘩より勉強を取るべきだろう。
喧嘩はその時で終わるけど、留年は自分の人生に関わってくるのだから。さすがに勉強不足による留年は痛いよな。
どんなに落ち零れても現役で卒業したい不良達は、喧嘩したい気持ちをグッと堪え、場所を変えるために筆記用具等を片付けていた。殺伐とした空気を取り巻きながら両チームは外に出る。その時の店員さん達のホッとした顔と言ったら(どんだけ迷惑がられていたやら!)。
「必ず潰す」
去り際、日賀野がヨウに挑発の言葉をぶつけてくる。
負けん気の強いヨウは鼻で笑い、「潰し返す」ついでに追試落ちちまえなんて子供じみた悪態を付いていた。二人の喧嘩を見ていると本当に子供だと思う。見た目は着飾っているくせに、口論の内容のくだらなさと言ったら、もう!
互いにストレスを抱え、別々の道を歩き始める。
日賀野達はこれから何処で勉強するのか分からないけれど、ヨウ達は一旦たむろ場に向かって羽を伸ばすんだと。そこでちょこっと復習してから家で勉強する予定を立てたらしい。幸いなことに倉庫には電気がきている。よって日が暮れても灯りに困ることはない。
不法侵入しているようなものだから、あんまり電気を使うと業者さんに訴えられそうだから控えてはいるけどさ。
暇人の俺も当然、仲間達とたむろ場に向かおうと考えていた。
けれどその考えは携帯のバイブ音により一掃される。新着メールを開き、中身を読んだ俺は目を細めた。静かに携帯を閉じると、近くにモトに声を掛けて野暮用ができたことを伝えた。先に帰る旨を伝えて欲しいと頼むと、モトが怪訝な顔をして俺に尋ねてくる。
「……何か、遭ったのか?」
曖昧に笑う俺の表情にモトは何を思ったのだろう?
「なあケイ」物言いたげな顔をして、話を切り出してくる。
けれど時間が惜しかった俺は、「頼むぜ!」またな、と手を挙げて愛チャリを押した。「待てよ!」モトの呼びかけに振り返らず、ただただ皆とは別の道を駆ける。
「――ケイ?」
ヨウが顧みてきた瞬間を、俺は目にすることができなかった。
助走をつけるために、チャリを押して走る。
スピードが出たところでペダルに足を掛け、颯爽とチャリに跨って立ち漕ぎ。細い路地裏に入り、目的地へと向かう。
風を切って湿気た路地裏を通過した俺は、長いながい坂道をくだった。真っ向から吹く生ぬるい風を払うように、ペダルを踏んでチャリが出せる最高速度を保つ。汗ばんだ手を実感するようにハンドルを握りなおし、通行人という障害物を避けて辿り着いた先。そこは高架線下の川のほとりだった。
赤々と染まる川面の反射を眺めている人物が視界に飛び込んでくる。俺にメールを寄こした相手だ。
下唇を噛み締め、凝(こご)った手を開いてチャリから降りる。
カゴに入れた通学鞄をそのままにスタンドを立てて鍵を掛けると、目と鼻の先にある川の前で喫煙し、夕陽を眺めているキャツに爪先を向けた。
すっかりダークブラウン色に髪が染まっちまっている不良であり元ジミニャーノ、山田健太は手慣れた動作で煙草を口元に運んでいる。
いつの間に煙草なんて吸う柄になったんだよお前、似合わねぇの。
心中で悪態を付きながら俺は健太の名前を呼ぶ。微かに反応を示す不良は短くなった煙草を地面に落として、ゆっくり俺の方に視線を投げてくる。哀しそうに笑ったのはその直後のことだ。
「圭太、相変わらず早いな。さすがだよ。土地勘に長けている。おれも近道してきたけど、お前はもっと近道してきたんだろうな。いつもそうだ。圭太は最短ルートを知っている」
普通に話し掛けてくれる健太に胸が締め付けられる思いがするのは……俺だけなのだろうか?
「メールは見たから」震える声を抑える。健太は気付かぬ振りをしてくれたようだ。「ん」軽い返事をした。
此処に呼び出したあいつの考えは容易に察してしまう。日賀野達と別行動してまで俺を呼び付けた健太のやりたいことは、唯一つ。それは俺と健太にとって残酷すぎる現実だ。感情を堪える俺とは対照的に、涼しげな面持ちを作ってこっちを観察してくる相手の考えが読めない。どう切り出してくるつもりなんだ?
「お前、なんで不良になっちまったんだ?」
相手の出方が怖くて俺から話題を振る。
他愛もない質問にあいつは肩を竦めて、簡単に答えた。
自分の行った高校が不良ばっかりだったから、流れ的に不良になっただけ。仲間意識を持たせるために、浮いた存在にならぬように、髪を染めて不良らしく振る舞っているだけなのだと教えてくれた。ちなみに日賀野チームに入った契機は魚住だったらしい。キャツと同じクラスになり、それ伝いに日賀野に知り合い、チームに入ったと健太。大した理由で不良になったわけじゃないようだ。
「不良は恐いけど」つるむ奴は好い人バッカだ、健太は苦々しく笑って前髪を上げた。
「今度お前と遊ぶ時に不良になってやったって驚かすつもりだったけど……おれの方が先に驚かされちまった。あの圭太が不良の舎弟になっちまうんだもんな。しかもヤマトさんが敵視している不良の頭の舎弟。なんかの嫌がらせだと思ったぜ」
「聞いているよ」お前がヤマトさんの舎弟を蹴って、ボコされたことも何もかも。不良が笑止する。真顔を作る健太が目を眇め、低い声で質問を返してきた。
「まだ間に合う。圭太、こっちに来ないか?」
俺にヨウを裏切れって? 無茶言うなよ。あいつは俺の舎兄、その前に大事な友達なんだ。裏切れるわけないだろうよ。
それこそ今度はヨウ達にフルボッコにされちまうじゃないか。できるわけがない。「お前は俺に死ねと?」おどけ口調で突っ返すと、「だよなぁ」一変して健太が苦笑を漏らす。いつもの調子で会話をする、これが凄く心地が良い。俺と健太って相当馬が合う方だったから、こうやって会話するだけでも楽しいんだ。
だからこそスゲェ心苦しい、今のこの状況が。
走馬灯のように健太と過ごした日々が蘇ってくる。
あいつも俺と同じようにノリツッコミが良くて、ゲームもかなりする方。くだらない事で漫才をし合った。チャリを使って二人で遠出をしたこともあったし、泊まりに来たことも行ったこともあった。三年間って短いようで長い。
俺にとって中学時代の一番の友達は健太なのに。なのに。なのに少し境遇が変わっちまっただけでこんなに辛い想いするなんて。
俺が日賀野の舎弟になれば、また別の道を歩んでいたかもしれないけど、俺はヨウ達を裏切れない。今更裏切れるわけがない。
「おれはヤマトさんのチームメート。圭太は敵方のリーダーの舎弟。おれもお前も、引くことは出来ない、か。なら、しゃーない。道は一つだ」
独り言を呟いた健太がそっと瞼を下ろし、ゆっくりとそれを持ち上げた。
意思を宿した瞳を俺に流し、前触れなく利き足を振ってくる。
「うわっつ!」なりふり構わず紙一重に避けた反動で体が傾く。そこを突いて、健太が胸倉を掴んで引き倒そうとしてきた。かろうじて足を踏ん張り、体を持ち堪えることに成功した俺は何をするのだと相手を睨んで喝破する。
「ケジメだろ」
相手が冷淡に笑みを浮かべた。演技が下手くそすぎる。声が震えてやんの。
「おれ達は対立する。分かるだろ、圭太っ……おれは向こうのチームを裏切れない。お前もそうだ。じゃあ、こうするしかないんだよ。分かるだろ、なあっ!」
豹変したように声を荒げてくる健太に俺は顔を顰める。
「分かる。分かるけどっ、分かりたくねぇよッ! だって俺っ、お前を……簡単に捨てられるわけないだろ!」
「おれだって、おれだってそうだよっ! けどな……邪魔になるんだよ。中学時代のおれ等の関係は!」
分かっている。それも全部分かっているよ。
俺等は健太の属するチームを潰したいし、健太は俺等のチームを潰したいんだ。中学時代の俺等の関係は今のチームにとって邪魔になるほか何物でもない。そりゃ分かっているけど!
「もし、まだ迷っているなら、こっちに来い。圭太。ヤマトさんはお前に目をつけている」
ぎらついた眼を見つめ返し、「無茶苦茶だよお前」どんだけ俺を苦しい立場に追いやりたいんだと苦言する。「だよな」微かに表情を緩めた健太は、ならこれしか道はないのだと俺に諭してくる。
そうは言っても俺……お前といつまでも友達でいられると思っていたんだ。
お前が不良になっても、ちっとも恐くないのはお前が友達だって思っているからなんだぞ。いつもだったら不良を見て心中大号泣なんだ。お前だから、怖くないのに。俺達、中学じゃいつも一緒だったのにっ、どうして、こんなことに。 どうしてヨウ達の友情を守るために、健太との友情を捨てることになっちまったんだよ!
悔しくて、悔しくて、くやしくて、健太を含む夕焼けの世界が滲んだ。
「お前とは……絶交だ」
静寂の中にぽつんと落とされた絶望。
胸倉を掴んだまま、不良は決別を告げてきた。キャツの体が大きく震えている。辛い気持ちを抑えに抑えて、俺のために嫌なことを先に言ってきてくれるんだなお前。絶交しようとしている人間が何、相手のことを気遣っているんだよ馬鹿。やることがカッコイイんだよ。
「頼むから言ってくれよ」
ダンマリになっていると懇願の声が鼓膜を打つ。
このまま黙然を貫いたらどうなるんだろう。俺達の関係は終わらずに済むのだろうか? 曖昧なまま、終わることも始まることもできずに済むのだろうか?
けれど、俺達は終わらないといけない。それが俺達の決めた道なのだから。俺達は過去じゃなく、今を取った。
「ああ、絶交……だよ」
情けないことに、俺の声もまた震えている。
もう遊ぶことも、連絡を取ることも、気軽に話すこともできないんだな。俺等。
健太、笑えるな。ちょっと道が違っただけで俺等、もう友達じゃないんだぜ? 友達でいられないんだぜ? 変に笑えてくるよ、俺。
終わりは呆気なく、高架線の下では変わらず川面が静かに俺達を見守ってくれている。鮮やかな夕空を見つめていると、「クソ食らえ」不良も、舎弟も、チームもクソ食らえ。腹の底から呻いて、人の胸倉を掴みなおした。
「いいかお前を潰すのはおれだ。憶えとけ。おれはお前を憎む。荒川を取ったお前を、ヤマトさんの誘いを蹴ったお前を、これから敵対するお前を憎み続ける。憎み続けてやる! 誰でもないおれがお前を潰してやる! ――じゃあな圭太。今までサンキュ」
無防備の人間の鳩尾を突き、人を怯ませる狡い不良は、そのまま俺の身を投げた。
身構える余裕もない。
足を踏ん張ることも出来ず力負けした俺は、ただただ目を見開き、なおざりに川に落ちてしまう。まさかの事態に何がなんだか分からない。自分の背丈より少し深い川に危機感を感じ、自力で浅瀬までもがく。おかげで大事には至らなかったけど、ずぶ濡れになっちまった。
おいおいおい、この制服がびしょ濡れになっちまったぞ。なんてことしてくれるんだよ。明日も使うんだぞ。
咳き込みながら岸に這い上がった俺は文句の一つでも言おうと思って健太の姿を探す。
けどあいつはもういなかった。俺が川に落ちた隙に走り去ったようだ。道の向こうに駆けている不良を見つける。制服の裾で目を擦っている不良に俺は顔を歪めた。
「泣きたいのは俺だって」
川に落とされたんだぞ。三年使う制服が川の水で汚れちまったんだぞ。泣きたいのはこっちだ。
何が憎むだ。何がおれが潰すだ。なにが今までサンキュで、川にどぼんだよ。このナリで家に帰るなんて最悪じゃないか。泣きたいのは……こっちだ馬鹿。健太の馬鹿野郎。けんたの、ばかやろう。
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