14.俺と“あいつ”の再会と、現実と、




 ◇



 ――ヨウにあんなことを言われるなんて思いもしなかった。



 学生で混み合っているカウンター前。

 注文をするべく列に並んでいた俺は小さな溜息を零し、ヨウのやり取りを思い出していた。舎兄に俺の気持ちを見透かされた。俺自身すら認められないその気持ちを、糸も簡単にヨウは見透かしてきた。よりにもよってココロの想い人に、心情は複雑だ。

 気晴らしにカウンター上のメニューパネルを眺める。パネルは新メニューやポテトが半額だと告知してくれている。俺も追加として何か頼もうかな。けど金が掛かるしな。

 うんぬん思考をめぐらせていると、「ケイさん」ココロから声を掛けられる。彼女に視線を流す。ちょっぴり困り顔を作っている彼女は、前に詰めようと前方を指差した。


 ぼんやりしている間に列が進んでいるようだ。

 「ごめんごめん」片手を出して、俺達は距離を詰めた。

 この間にココロと何か会話をしたいけれど、話題が見つからない。他愛もない会話でいいと思うのに、それすら見当たらない。ヨウが指摘したように俺は彼女を意識しているに違いない。ただ自分の気持ちを受け入れられないだけで、俺は彼女を。


 ……ぐぎぎっ、だんだんと自分がウザくなってきたぞ。俺は恋する乙女か! 苦悶するくらいならすっぱり諦めたらいいだろうよっ。俺、男でねぇよ!


「ケイさん。前、進んでいますから」 


 自分の世界に浸っていると、背中を押された。

 呆れ顔の彼女を見やり、やってしまったと心中で溜息をつく。何かあるとすぐ脳内で一人漫才を始めちまうんだよな、俺って。

 表向きではココロに両手を合わせ、内心では溜息と羞恥心の狭間で揺れていた。「考え事ですか?」ココロの問いに、眠気に襲われていただけなのだと弁解する。


 今の気持ちを悟られるわけにはいかない。知られたら最後、俺は一生ココロと顔を合わすことができない!

 幸いなことにぼんやりしていた理由に触れられる直前で順番が回ってきた。携帯でメモを取っていてくれたココロが皆の注文の品を頼んでいく。スマイルを作っている店員さんにお金を支払い、列から外れて商品を待つ。


 大量オーダーをしたもんだから少しばかり時間が掛かるだろう。

 俺は思い切ってココロに声を掛け、話題を振った。内容は追試組の勉強の進捗状況について。

 何か話を振らないと、まーた脳内で一人漫才をしそうだ。その前に会話をしておこうと思った。話に乗ってくれるココロはどうにか追試はパスできそうな雰囲気だと評価していた。会話をしている間、魚住事件を引き摺っている気まずさはない。お互いに意識し合うことをやめたかのように、他愛もない話で盛り上がる。


 それでいいのだと俺は思った。

 恋心を抱くよりも、チームの仲間として話す方がずっと楽しい。気兼ねなく語れるほうが目を逸らして気まずくなるより、ずっとずっと楽しいじゃんか。


「お待たせ致しました」


 店員さんから注文した商品がのったトレイを受け取って、俺達は階段を目指す。

 二つに分けてもらったトレイの上には各々ハンバーガーやらポテトのLやらナゲットやらサラダやら飲み物やらで混雑している。特にシズの注文した商品の数には目をひん剥くもんだ。


「シズさん、よく食べますよね。この量は凄いです」


「だなぁ。さっきハンバーガーを四つ食ったくせに、また三つ注文するだなんて。どういう胃袋してるんだろ」


 消化の早さもさながら、金の消費も半端ねぇよな。あいつの小遣いの大半は食費で削られているに違いない。

 「体つきは俺達と変わらないんだけどな」少し俺よりでかいくらいで、体つきには大差がないのに胃袋が異常だろ。四つあるんじゃね? 牛みたいにさ。

 「甘い物も大好きですよね」ココロは微笑ましそうに目尻を下げた。


「私、何度か弥生ちゃんや響子さん、モトさん、そしてシズさんとデザート食べ放題に行ったことがあるんですけど、それはそれは凄かったです。シズさん。見ていたらちょっと胸焼けが……」


「うん……想像もしたくないよ。多分ワンホールは食べているんだろうし」


 想像するだけでも胸焼けしてきた。

 ゲンナリする俺にココロは微笑を零して今度、一緒に食べ放題に行こうと誘ってくる。俺としては別にいいけど(だって既にシズから“食べ放題にいける人”って認識されてるし)、でも男がデザート食べ放題かぁ。絵にならないよな。

 「絶対に胸焼けする自信があるよ」俺は快諾の代わりにそう返事した。「私もなんです」でも皆で行くと楽しいですから、とココロは綻んでくる。


 女子はそりゃ楽しいだろうけど、俺、男……まあいいか。

 ココロもいるんだし……とか……馬鹿なことを思うんじゃなくて……、何事も経験だ経験! 若い内ならハメだって外せる! 行ってやろうぜ、デザートバイキング! 心中で自分自身の気持ちを否定しながら、階段を上っていると出入り口が騒がしくなった。


 なんだろ。

 団体様で訪れたのか? やけに話し声の数が多いような。声からして学生のような気が……って、ゲッ、あれは!

 俺達は思わず足を止めた。店に入って来たのは最悪なことに、日賀野率いる俺達と対立している不良グループだった。日賀野はご機嫌ナナメなのか不機嫌そうな顔を作っている。帆奈美さんや魚住……それに見たことのない不良が数人ポツポツといる。みんな頭がカラフルだな、黒がひとりもいねぇじゃんかよ。とか、そんなこと能天気に思ってる場合じゃない。


 おいマジかよ、なんであんた等が此処にいるんだよ。ご縁あり過ぎだろ!


 「け……ケイさん」ココロは震える声で俺にどうしましょうと質問を投げてくる。

 どうしましょうも何も奴等が一階フロアで席取りしてくれることを願うことしか。


「ヤマト、二階にいこー? 喫煙組もいるし」


 ピンク髪の中学生らしき男子生徒が日賀野に余計な意見をした。

 あのピンク髪不良はホシと呼ばれているらしい。奇抜な髪の色をしているわりには似合っている。お洒落だし、顔立ちがハーフっぽい。日賀野はホシの申し出をぶっきら棒に返した。


「何処でもいい。さっさとツマラねぇこと済ませるぞ。だりぃな」


 ガリガリと頭部を掻く日賀野に、「喧嘩のことに以外になるとこれ。ヤマト、本当に喧嘩が好き」帆奈美さんはやや呆れ気味だった。

 俺はドッと嫌な汗を掻く。ちょっとちょっとちょーっと、俺のトラウマ魂が泣き始めているんだけど。なんでこんなところにまで、俺のトラウマが現れてくれるわけ? 少しはさ、インターバルが必要じゃね? この前お会いしたバッカなのに。


 日賀野が何気なーくこっちを見てきた。

 ギョッとして俺は思わず後退。目を丸くしてきた日賀野だったけれど、不機嫌面が一変、面白そうな玩具でも見つけたような笑みを浮かべてきた。


「よう、プレインボーイじゃねえか。俺達は運命の赤い糸でも結ばれているみてぇだな」


 ヌァアアアア!

 そんな嫌がらせな表現はいりませんから! 寧ろ運命の黒い糸だろ、俺等! フルボッコで繋がった憎き黒い糸で結ばれているんだー! ……嗚呼や、やばい。日賀野不良症候群が出てきたようだ。ヤな汗がたらたらと流れ始めてきた。口の中も渇いてきたぞ。


「こ、ココロ急いで戻ろう!」


 早くヨウに報告しないと! 俺はココロに声を掛ける。

 コクコクと何度も頷く彼女を先に行かせ、俺も急いで階段を駆け上がった。

 大慌てで勉強している皆のところに戻る。途中、ココロが躓いてコケそうになったから、片手でトレイを支え、片手で彼女の体を支える。よってトレイの上の商品は床に叩きつけられることなく、難を乗り越えた。

 やり取りにワタルさんが口笛を吹く。響子さんが肘打ちをかましたようだけれど、俺達はそれどころじゃない。


 テーブルにトレイを置くと、「やばい」「いました!」「どうする!」「どうしましょう!」矢継ぎ早に報告。

 ただ俺もココロも単語たんごしか言わないもんだから皆には伝わらない。首を傾げられる始末だ。

 けれど俺の激しい動揺っぷりを目にしたヨウは、逸早く察してくれる。そう、俺がこんなにもパニクったり、動揺したり、テンパったりすることといったら日賀野のことしかない。俺はヨウに日賀野が怖いこと。トラウマになっていることを伝えている。


 改めて舎兄弟になった際、俺のメンタル面の弱い部分をヨウに教えていたんだ。これが弱点にもなり得るしな。

 教える当時は微かな羞恥心もあったけど、チームに支障が出たら申し訳ないと思ったから、日賀野にフルボッコされた時のトラウマが植え付けられているとヨウにだけ教えた。トラウマが足手纏いになったらごめん、克服するよう頑張るから。そう付け足して。

 ヨウは笑うこともなく、「そっか」とだけ言葉を返してくれた。

 だから俺の動揺っぷりにヨウは気付いてくれたんだ。日賀野が店に来たってこと。 


「落ち着け、大丈夫だから。ケイ」


 気を落ち着かせるように、ヨウは俺の肩を叩いてくる。


「ご、ごめん。ただちょっと気が動転っていうか、なんていうか、俺の運命の黒い糸の相手が現れて泣きたいっていうか!」


「大丈夫だって、ケイ。深呼吸しろ」


 何度も肩を叩いて俺の気を落ち着かせるヨウは忌々しそうに顔を顰める。


「ヤマト達が此処に来た、か。厄介だな。マジで」


 ヨウの呟きによって、俺の動揺の意味を理解した他の仲間達はこれまたリーダーと同じように眉間に皺を寄せる。

 でもどうしようもないし、俺等、動くこともできない。だって飯の追加分買っちまったしさ。此処で俺達が動くってのも、逃げるみたいでヤじゃんか。なあ?



「おいおいプレインボーイ。逃げるってなくねぇか? ツレねぇーな」



 呼吸が止まりかける。田山圭太の目の前は真っ白になりそうだ。

 某不良の声を聞くだけで眩暈が……奴のちょっかいと嘲笑う表情が俺は恐ろしくて堪らない。まるで獲物を甚振るかのような目で俺の反応を観察してくるのだから。こんの悪趣味青メッシュ不良がっ、お前の性根は鬼畜だろ!


 心中で毒言しながらぎこちなく振り返る。

 わぁあお、日賀野大和ご本人が俺を嘲笑っている! いやだもう、この人っ、生粋のジャイアンだわ! 

 それから既にご対面したことある不良や、見たことのない不良もチラホラチラホラと二階フロアに姿を現した。

 今、この瞬間に俺達のいるMック店は戦場と化したよ。一触即発っていうの? お互いに睨み合っているというか、空気に高圧線張っているというか、とにもかくにも醸し出されているオーラが恐ッ!


 他のお客様達がただならぬ雰囲気に、息を殺し始めている。すんません、平和なお食事をしている最中だというのに。俺達もできることならこんな空気を醸し出してくないんだけどヨウ達が……俺、帰りたいんだけど。


「出やがったな。ハイエナ。此処は既に満席だ余所に行け」


 ぶわっと殺気立つヨウの挑発に、日賀野が受けて立つ。奴の辞書に引くなんて言葉はない。


「ほお、ここは貴様の店か? 単細胞。まあ、貴様の店だとしても指図を受ける気はねぇ」


 「目障りだ」「奇遇だな俺もだ」挨拶代わりに悪態を付き合う両リーダー。

 あからさまに眉根を寄せるヨウに対し、日賀野はシニカルに笑って受け流している。ただし、目はちっとも笑っていない。嫌悪感丸出しでヨウにガンを飛ばしている。赤メッシュ金髪不良と青メッシュ黒髪不良の睨み合いに俺は泣きたくなった。ガチ恐ぇんだけど!


「およよよ~ん? そこにいるのは服のセンスゼロのアキラちゃーんじゃーん! なあに、僕ちゃーんに会いに来てくれたっぴ? だったら、とんだいい迷惑だけどな」


「あららら~ん? ぶりっこがお得意のワタルちんがわしに会いたい思っていたんじゃないけえ? 勘違いも甚だしいんじゃい」


 親友同士だったワタルさんと魚住のやり取りも恐いんだけど。

 ウザ口調でやり取りしてるから、彼等を知らない第三者が聞くとウザいだけの会話。けれど事情を知っている第三者が聞くと、ただ単にウザい会話だなんて思えなくなる。お互いの取り巻く殺気を肌で感じていれば、嫌でも二人の関係柄を察してしまうもんだ。

 親友同士がこんなにも対峙してしまうなんて、ちょっと哀しい現実を見ている気もした。



「アーキーラ。丁度良かった。おい、アンタ、面貸せ」



 二人の対立ムードに割って入って来たのは響子さん。

 青筋を立て、関節を鳴らし、目を据えて仁王立ちしている。……魚住となんかあったのか? 響子さん。魚住も憶えがないらしく、首を傾げている。


「なーにを怒っているんじゃい、響子。ワッケ分からん女じゃのう。お、それより舎弟とそっちの女。あれは役に立ったじゃろ?」


 ニヤッと魚住が口角をつり上げてくる。 

 あれ? 俺とココロは目を点にさせた。次の瞬間、あれの意味を理解し赤面。や、役立ったわけねぇだろ! 俺達、そういう関係じゃねえんだからさ!

 「その様子じゃヤったんじゃな」茶化してくる魚住に俺等は声を揃えて否定した。「隠す必要なかろうに」肩を竦めてくる魚住は、まだニヤついてる。


「コンドームの一つでも備えとかんとガキができて、高校中退するハメになるんじゃ。感謝せえよ」


 か、感謝なんてするもんかー!

 俺等、そういう関係じゃないんだからなっ……いやでも確かにココロを意識はしているけど。変に意識はしちゃっているけど。ああもう、俺の意気地なしのナメクジ! 変に意識する俺、乙過ぎる!


 俺は居た堪れなくなって頭を抱えてしまう。傍らではココロが「そんなんじゃないのに」と、顔を隠して赤面。身悶える俺等を見た響子さんが、更に青筋を立てていたことは知る由もない。ケタケタと笑う魚住だったけど、キャツの足を踏んで笑声を止めてくれたのワタルさんだった。

 「アウチッ!」悲鳴を上げ、ピキッと青筋を立てる魚住に対し、ワタルさんがニッタァと嫌味ったらしい笑顔を浮かべた。


「アキラにはそういうヤーらしい悲鳴の方がお似合いよんさま。ぐへへっ、もっと聞かせて欲しくなったっぴ」


「悪趣味じゃのう、ワタル」


「悲鳴は何よりのご馳走だってーの」


「やっぱり悪趣味じゃのう。じゃが、ワシと趣味は合う。ワシも聞きたいのう、お前が泣き叫んで許しを請う悲鳴を」


 青い火花を散らす両者。

 恐いのなんのって、もはや俺の口から説明するのも難しい。

 だけどワタルさんのおかげで助かった。これ以上からかわれたら俺、いや俺達、多分生きていけなかったよ。爆死しかねなかった。俺達を助けてくれるために行動を起こしてくれたかどうかは分からないけど、本当に助かった。ありがとうワタルさん。



「シーズーゥウウウ! ここで会ったが1309回目! 勝負しろ! 今すぐ勝負しろ! 尋常に勝負しろぉおおお!」



 ……なんだ、この妙に暑苦しい男は。


 身悶えていた俺は吠えている不良に目を向ける。

 吠えているのは白髪頭の不良。少し前のキヨタみたいに真っ白しろの短髪だ。カラコンしているのか瞳が赤い。なんだか見るからに熱血漢だな、こいつ。

 「誰なんだろ」俺の呟きに、こっそりとハジメが教えてくれた。奴の名前は伊庭 三朗(いば さぶろう)。中学時代につるんでいた奴の一人だったんだと。グループの分裂事件で日賀野側に付いたらしいんだけど、それ以前から伊庭はシズをライバル視していたとか。


 シズは眼中にもないようだけど、伊庭は何かと彼に突っ掛かっているらしい。


「でも何でライバル視してるんだ?」


「あー……ほら、シズっていつも眠そうだろ? あのやる気のなさが、妙に気に食わないらしいんだ」


 えー、そんな理由で? そりゃシズにとっちゃ、いい迷惑だろーよ。

 俺と同じ事を思っているようで、シズはえらく不機嫌そうにハンバーガーに手を伸ばして包装紙を剥がし始めた。「こらシズ! 勝負しやがれ!」吠える伊庭に煩いと一蹴してハンバーガーにかぶりつく。眼中にないどころか、相手にすらしないらしい。伊庭の吠え言を綺麗に無視している。


「シズ! 今日こそお前を伸してやる! 表に出やがれっ!」


 シズ、無視。


「お前の涼しげな面なんて一瞬で崩してやるんだからな!」


 シズ、総無視。


「ああくそっ、テメェ少しは反応しやがれ! 一人で喋っている自分がバカみてぇだろうが!」


 ……シズさん、変わらずにハンバーガーを咀嚼中。

 なんだか向こうの不良が哀れに見えてきたよ。シズ、少しは相手してやれよ。あいつ、吠えっ放しだぞ。無駄吠えばっかだぞ。無駄吠えの後に残るのって虚しさじゃね?


「うっせぇなゴラァ。そこの不良黙れ。吠えるな。うぜぇ」


 ひとり黙々と生物Ⅰの勉強をしていたタコ沢が伊庭の吠えに文句垂れた。

 いやいやいや、タコ沢さん。あんたと似た類だろ、あれ。あんたもよーく吠えるだろ。


「ンだとタコ。でかい面してるんじゃねえぞ!」


 伊庭の吠えに、タコ沢が青筋を立てた。嗚呼、タコは禁句なんだけど伊庭さん。


 ダン―! タコ沢は教科書をテーブルに叩き付けて椅子を倒した。


「誰がタコだと。イカみてぇな白い頭しやがって」


 あんたはタコみたいな頭だろ! なんてツッコめない俺。言えたらどんなに清々しい気分だろ。


「なッ、誰がイカだッ。伊庭さまって名前だ!」


「イバもイカも同じだっ、貴様は今日からイカバだ! 反対から読めばバカイ。バーカ!」


「こ、こいつッ、い……イカと同類にする上に馬鹿呼ばわりッ、お前ッ、今すぐ表に出やがれー! ギッタンギッタンのケッチョンケッチョンにしてやる!」


「上等だゴラァアア! 返り討ちにメッタンメッタンのボッコボコにしてやる!」


 ……あーあ、熱い。暑い。アツイ。

 なんてむさ苦しい喧嘩なんだ。しかも両者、語彙力がねぇのなんのって。今時の不良がよ? ギッタンギッタンとかメッタンメッタンとか、そんなダサイ擬音語使わないだろ。も、アンタ等の喧嘩、今からイカタコ合戦って命名してもいいか? 

 伊庭改めイカバとタコ沢が火花を散らしている一方で、中学生組も火花を散らしていた。さっき仲間からホシと呼ばれたピンク髪の奇抜な不良がモトのなりを見て鼻で笑っている。ピキピキっと青筋を立てるモトに「ヨウのイヌ」ケラケラと小ばかにして笑声を上げた。


「ホシっ、おな中ってだけでも腹立たしいってのに此処で会うなんてっ。ああっ腹が立つっ! このカマネコ!」


「ひっどー! 一応ボク男なんですけど。あーヤダヤダ。脳のない生き物って」


 向こうは向こうで火花を散らしているみたいだ。

 ホシとモトって同じ中学なんだな。あ、そりゃそうか。ヨウ達って元は同じ中学の不良で一つのグループだったわけだし。モトはヨウ達の中学の後輩に当るわけだ。まだ卒業していないホシとモトは必然的に顔を合わせるよな。

 複雑だろうな、対立している不良と同じ中学に通うっての。


 ほんと、中学時代に縁があったヨウのところの不良と日賀野のところの不良は仲が悪いな。まだ向こうに仲の悪い不良がいるかもしれないけど、後ろで見守っている奴等は今のところ突っ掛かってくる気配はない。おとなしく騒動がおさまるのを待っている。

 俺等も一部を除いて高校からつるむ面子はおとなしく騒動がおさまるのを見守るしか術がない。別段、向こうのチームに仲の悪い不良がいるわけじゃないしな……俺のトラウマはいるけど。

 

 早く日賀野達が向こうに行ってくれないかな。

 このままじゃ勉強どころか、店を追い出されちまうよ。見ろよ、客達が俺等に注目しまくってるぜ。

 はぁっと重々しく溜息をついて騒動を見守っていると、「田山圭太」背後にいたひとりの不良がおもむろに俺に歩み寄って来た。髪の色はおとなしめの茶色。帆奈美さんよりも暗いダークブラウン色の髪を持った不良が歩み寄って来る。


 おいおいおい、マジかよ。

 なんで見知らぬ不良が俺のところ……その瞬間、不良を凝視してしまう。「なんだよお前」傍らにいたキヨタが弟分魂を発揮して前に出た。相手は表情一つ変えず、俺を見据えてくる。




「久しぶりだな圭太。おれと反対苗字の一文字違い。お前の噂、聞かせてもらっているぜ?」




 どことなく哀しそうに笑う不良のそいつを、俺はよーく知っている。

 だってそいつと俺はとても仲が良かったんだ。中学時代、毎日のように一緒に遊んでいた地味友。親友と言っても過言じゃない。「ケイさん。知り合いですか?」キヨタの問い掛けにより、現実に返る。


「健太、じゃないか。俺と反対苗字で一文字違い。なんでお前が此処にいるんだよ……まさか」


 まさか、なんて大それた言葉を使わずとも理解してしまう。

 だからこそ愕然としてしまった。中学時代の友達が日賀野のチームにいる、その現実が信じられなかった。


「ケイ。知り合いかい?」


 見かねたハジメが声をかけてくる。小さく頷き、重い口を開いて説明した。


 あいつの名前は山田健太。

 苗字を反対にすりゃ俺の苗字になる上、名前が漢字一文字違いのミラクルで仲良くなった中学時代の同級生。あの健太が不良になっちまってるなんて。進路が不良校だというのは知っていたけれど、よりにもよって日賀野のチームに属しているなんて。おとなしめの色に髪を染めているけれど、奴は確かに不良だ。

 着崩した制服に、耳たぶにあけているピアスの穴。ふんわり香ってくる香水。中学時代の面影が見当たらない。ぶっちゃけ俺よりイケてね?


「健太が、俺の健太がこんなに不良になっているわけがない! 同レベルだったあいつが、レベルアップしているだなんて!」


 ぐわぁああっと頭を抱え、「お前は本当に山田健太か?」と相手を指差す。


「俺の知る健太はな、プラモデルが好きだった。中学二年の時、お前が俺にガンプラ作りを手伝わせたプラモデルの名前は?」


「ウィングガンダムゼロ。一週間と三日掛かったことをよーく憶えている」


 質問によって健太の表情が変わる。

 変わったっつーより、俺の知る健太の顔を作って答えてくれた。

 そうそう。ウィングガンダムゼロ。ひたすら部品を切ってやすりを掛ける作業を手伝わせたんだよな、健太。塗装や組み立ては一切させてくれなかったんだっけ。


「じゃあ俺がとあるプラモデルを“飛行機”と呼んで、お前が俺に説教した、あの名称は?」


「零戦だろ! カッコイイ戦闘機なのに、お前ったら『あ。変な飛行機』とか言いやがったよな! 零戦は男のロマンだぞ!」


 あの時も同じことを言われて説教されたよ。

 ガチキレ一歩手前だったっけ。目が据わってたもん、当時の健太。



「最後にクイズです。ずばり俺と健太のコンビ名はなんだったでしょうか?」



 健太は指を鳴らし、意気揚々と返答した。



「お答えしましょう、圭太さん。答えは苗字を掛け合わせて“山田山(やまださん)”というコンビです。しかし何故か圭太さんは“田山田(たやまだ)”と呼び難いコンビ名を付けましたね。山田の方が苗字的に多いんだから山田が先って名前を……しまった。ついついアホな問題に乗ってしまった」



 額に手を当てる健太はつい乗せられてしまったと落ち込んでいる。

 やっぱりお前は健太だ。相変わらずノリが宜しい。調子乗りの俺が言うんだ。目の前の不良は正真正銘、山田健太だ。健太も結構なまでに調子乗りで、一人漫才気質。相手に乗せられやすいタイプだったしな。


 ……けど、なんで、お前が不良に? 

 空気を読んで髪は控えめなダークブラウンにしてるみたいだけど(地味が不良デビューしてもなっかなか似合わないもんな)、地味で表向き控えめだったお前が日賀野のチームメートだったなんて。嘘だろ、なあ健太。


 自分の中の嫌な予感が膨張する。

 片隅で本能が警鐘を鳴らしている。仲の良かった健太との関係が変化する、してしまう、と警笛が甲高く鳴り響いている。

 それを振り払うように俺は健太を改めて見据えた。傍から見りゃ控えめな不良だけど、中学時代の健太を知っている俺からしてみれば違和感ありあり。違和感というより、今の健太を受け入れられない俺がいる。


 だって俺の中じゃ、まだ、健太は地味のまんまなんだぞ。受け入れられるわけ無いだろ。あの健太が俺等と対立してるチームに属しているなんて。


「お前が荒川庸一の舎弟をしているなんてな。信じたくなかったよ」


 健太が苦々しく笑ってきた。


「嫌って程お前の噂は聞いている。圭太の活躍がおれ等の妨げになっていることも知っている……なんでだよ圭太。なんで荒川チームなんかにいるんだよ」


 動揺している俺に、「どうしてヤマトさんの誘いを蹴ったんだ」詰問してくる。

 答える余裕すらない此方に容赦なく、健太は舌打ちを鳴らして顔を顰めた。



「お前は馬鹿だ。大馬鹿だ。なんで荒川を選んだんだ。よりにもよって、おれ達の潰したいチームの頭の舎弟だなんて」



 健太の口調がだんだんときつくなっていく。

 まるで俺の非を責め立てるように健太は悪口を吐いた後、落ち着きを取り戻してまた一つ微苦笑を零した。


「おれも人のことは言えないか」


 おれだってヤマトさんを選んだんだから。

 意味深に台詞を吐いた健太に哀愁が漂っている。俺自身も胸の内が痛くなった。ワケ分からねぇよ、お前がそっちのチームにいるなんて。

 んでもって空気を読んじまうじゃないか。俺と健太の今後の空気、嫌でも読んじまうだろ。俺はヨウのチームにいて、向こうは日賀野のチームにいる。嫌でも分かるだろ、この先の未来がさ。


 何でもっと早くっ、言ってくれなかったんだよ。

 何でもっと早くっ、不良になったって……言ってくれなかったんだよ。

 何でもっと早くっ、俺は健太に連絡を取らなかったんだろ。舎弟になっちまったと言っていれば、メールをしていれば、何か変わったかもしれないのに。



 知らず知らず握り拳を作ってしまう。



 俺と健太は中学一年の時に出逢った。

 これいってインパクトのある出逢い話はない。

 敢えてあげるとすれば、同じクラスになった健太から「おれ等って苗字が反対で名前が一文字違いじゃね?」と、軽く声を掛けられて友達になったことくらいか。俺も健太も地味の類いなだけあって、とても馬が合った。いつも一緒につるんでいた。学校はもちろん、プライベートでもよく遊んだ。頻繁にお互いの家に遊びにも行っていたし、俺の家に泊りにも来ていた。


 別の高校に進んでも最初の内は卒業しても連絡を取り合ってたんだ。休日になると遊んでいた。

 俺がヨウの舎弟になり始めた頃か、そのちょっと前だった頃か、お互いに連絡メールが極端に少なくなったんだけど、高校生活が忙しいんだろうと割り切っていた。長期休暇に入れば遊びの誘いを入れよう、なんて思っていたのに。



 こんなのってないだろ、なあ、健太っ……。



 周囲が因縁の対立の火花を散らしている最中、俺等は火花すら散らせずに佇んでいた。

 ただただそこだけ時間が止まったみたいに、俺等はそれ以上の会話も交わせず、佇んでいた。



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