13.水面下で頑張っているよ不良さん!



(――おいおいおい。これって不味い展開じゃねーの)



 傍らで様子を見ていたヨウは渦中にいる二人の様子に軽く溜息をつきたくなった。

 キヨタの余計な一言で吹っ切れてしまったというか、諦めてしまったというか、区切りを付けてしまったというか。変に意識し合っていた彼らの気まずい空気が一変、ただのお友達でいましょうオーラが二人を取り巻いている。

 気まずくとも異性として見ていたあの二人が異性として見なくなったのだ。これでは進展もクソもない。此処で終わり。ジ・エンドだ。


 なにがあったかは知らないが、少しでも気まずさを取り除いて仄かな恋心を応援してやろうと思った矢先のこれ。どうするべきだろうか。


「……キヨタ。アンタ、ちょっと来い」


 おどろおどろしい殺気を醸し出す響子が腰を上げる。

 ひぃっ、お局様の形相にキヨタが完全に怖じてしまっているが彼女は容赦ない。チビ不良の耳を引っ張り、何処かへと引き摺り消えて行く。「ご、ごめんなさいッス!」ちょっと口を滑らせてしまったんですぅうう! キヨタの哀れな悲鳴が遠ざかる。生きて帰還してくれると良いが……あの様子じゃ拳は免れないだろう。


「あんの馬鹿」


 空気を読めないところがあるのは知っていたけれど、あそこまでとは。モトが親友の失態に頭を抱えた。

 ヨウも大いに溜息をつきたい気持ちになった。良いムードから気まずいムード、そして終わりムードになってしまうだなんて。


 二人の、正しくはココロの応援をしていた響子は事態に頭を悩ませていたのだ。

 折角彼等の距離を縮められたと思ったのに、手の平を裏返したように二人が余所余所しい態度を取るようになった。ケイに非があれば、容赦なく罵詈讒謗(ばりざんぼう)できるのだが、そうではないと様子を見ていて分かる。

 だからこそ響子は頭を抱えていた。何だかんだで彼女は姉御肌なのだ。本当はケイのことだって心底心配しているに違いなかったのだが当事者達がこれだ。これ。


(キヨタの言うようにケイとココロは本当にお似合いだった。あいつ等も満更じゃなさそうだったのに……俺等の余計なお世話だったのか?)


 完全にただのお友達ですオーラを放出している二人。

 自分達の恋心説をきっぱり否定した途端、気まずさを散らして和気藹々と談笑をしている。それはそれは実に楽しそうに。

 一見すると微笑ましい光景だが、ヨウは物足りないと思えて仕方がない。気まずくても異性として意識し合っていた方が、応援しがいがあったのだ。あんなに意識し合っていたというのに、欠片もそれが見えない。


 一時的な感情だったのだろうか?

 自分達に言われて諦められるような、安易な気持ちだったのだろうか?

 そうだとしたらとても残念だ。二人はとてもお似合いな組み合わせだったのに。傍から見ても二人は本当にお似合いだった。悪い意味ではない。此方がほっこりするような、素敵な組み合わせだったのだ。


(あいつ等が結論を出しちまったなら、俺達が口を出すことはできねぇ。けど)


 ヨウは残念なような複雑な気持ちに駆られた。



 全員が昼食を食べ終わった頃(戻って来たキヨタはボロボロだった)、トレイを一箇所にまとめ勉強開始する。

 教える側の四人は席を立って、追試組の勉強を見て回っていた。中学組は中学組で一問一答形式で問題を出したり、採点したり、それなりに役に立っている。


 二時間ほど経った頃だろうか。


「もう無理ぽ……ワタルちゃん終了のお知らせ」


 ワタルが疲れたとテーブルに伏し、限界を訴え始めたため、休憩を挟もうとハジメが提案する。

 それに皆が便乗したため一息することが決まった。ヨウ自身も休憩ができることに気持ちを緩め、大きく伸び。慣れないことを長時間するものではない。肩が凝ってしまった。疲れたとぼやき、肩を揉んでいると、「れ?」キヨタが周囲をキョロキョロと見渡す。


 どうしたのだと尋ねれば、ケイがいないのだと言う。


 そういえば先程から姿が見えないような……あ、手洗いに行くところを見たっけ。しかしそれは随分前だった。混んでいるのだろうか?

 ヨウはそのことを思い出し、自分が捜しに行くと申し出る。「俺っちも!」捜しに行くと立ち上がるキヨタをやんわり制す。大勢で捜すほど店も広くない。店内の何処かにいることは確かなのだ。ここで待っているよう指示する。

 しかしキヨタは不満げに声を上げ、自分も捜しに行くと主張した。弟分として動きたいのだろうが、ヨウ自身舎弟とサシで話したい気持ちに駆られている。譲って欲しいところだ。


 するとモトが何かを察してくれたのだろう。


「ヨウさんにケチつけるな。お前はここで待つんだ」


 キヨタの頭をぐりぐり押えて無理やり身を引かせていた。

 申し訳なさ半分、弟分に対する感謝に半分、気持ちを抱きながらヨウは早足で手洗いに向かう。

 青色の人間のマークが記されている扉の前に立つ。躊躇いなく木造を装っているプラスチック製の扉を押し開けると、そこにはひとりの人間の声で満たしていた。他に人は見受けられない。声の主はヨウが探していた舎弟だ。電話をしていたらしく、向こうの話に相槌を打ち、うんぬん首を振っている。


「サンキュ。また何かあったら宜しくな」


 ケイが別れの挨拶と共に携帯を閉じる。会話を終えたようだ。

 声を掛けると、大層驚かせたようで彼が声を上げた。大袈裟な反応だとヨウは苦笑してしまう。


「ヨウ。勉強は? その様子じゃ小便しに来たわけじゃないんだろ?」


 なんでここにいるのだと説明を求められ、休憩だと軽く肩を竦める。嘘は言っていない。今頃、チームメートは思い思いに時間を過ごしていることだろう。


「休憩だ。テメェこそどうしたんだ? こんなところで。途中で抜けていただろう?」

 

「ん、ああ、ごめんごめん。利二から連絡があったんだ……日賀野以外にも不穏な不良グループがいるらしい。だから俺に気を付けろって電話をしてきたんだ」


 ヤマト以外にも不穏な動きが?

 ヨウは眉間に皺を寄せる。地元で名が挙がっている有名な不良といえば、自分とヤマトくらいなのだが……自分達の地元は不良が多い方ではない。不穏な動きをする不良がいたとしたら、いやでも名が耳に入ると思うのだが。

 詳細の一切は分かっていないらしく、ケイ自身、また五木利二から連絡があり次第、報告すると告げてきた。

 こればかりは情報を待つしかない。考えても無駄だろう。ヨウは一報に頷き、後でシズにも連絡しておくと返した。

 

 間を置き、ケイが意味深に伸びをして溜息をつく。

 携帯をブレザーにしまい、手を洗うために手洗い場前に立った。


「ヤになっちまうよな。日賀野以外に不穏な動きがあるって。ただでさえ日賀野達に悩まされているのに」


 相槌を打つヨウだが、ケイの陰りある表情に目の当たりにして察してしまう。

 彼のその表情は不穏な動きに対する不安ではない。別の理由を持ってのことだ。そのくらいヨウにだって分かってしまう。舎弟が自分のことを理解してくれるように、ヨウ自身もまた少しずつ舎弟のことを理解し始めている。 

 不思議と舎弟の気持ちが分かるようになるのだ。なんとなく舎弟の気持ちを感じ取れるようになっている自分がいる。


 ケイに倣って間を置き、ヨウは言葉を選びながら、なおも率直に尋ねた。



「お前、本当はココロのことが好きなんじゃねえの?」



 手を洗っていたケイの動きが止まる。

 何を言われたのか分からないようで微かに瞳が膨張していた。反応で肯定しているようなものだが、我に返ったケイは空笑いを浮かべ「弄るのはよしてくれよ」とおどけてくる。俺達は何もないのだと強硬な姿勢を見せる舎弟に目を細め、ヨウはひとつの賭け事をしてみた。


「俺はココロのことが好きだけどな」

 

 ケイのおどけていた表情が固まった。


「誰にでも気遣いできるし、人の痛みをわかってやれる優しい奴だ。俺はあいつのことが好きだけどな」


 呼吸を忘れているケイに、「ダチとしてな」したり顔で笑ってやる。

 見る見る耳を紅く染めていく舎弟は、自分の取ってしまった失態を隠すように最悪だと喚いた。「やっぱりお前は俺を弄くりに来たんじゃねえかよ。なんだよ畜生」等など、文句垂れながらバッシャバシャと手洗いを再開する。もはや言い逃れのできない状況下にヨウは勝利を確信した。


「ケイはどうなんだ」


 間髪容れず、「友達として好きだよ」と言う舎弟の素直じゃない返事に笑いそうになる。

 耳まで染めている奴が友達以上の好意を寄せていることは明白だ。キュッと蛇口を捻り、ポケットからタオルハンカチを取り出して水気を拭うケイの渋い顔にやれやれと微苦笑。まずは心意より真意を尋ねるべきか。


「買出しの日になんか遭ったんだろ? お前等変だったぞ。おっと、べつに何もなかっただなんてうそつくなよ。あれだけチームメートに気遣わせておいて、そりゃねえだろ。お前等が喧嘩したんじゃないかって心配していたんだからな」


 先手を打って逃げ道を塞ぐ。

 ケイがダンマリになったせいで排水溝に流れていく水の流れる音だけが、やけに大きく室内に響き渡った。

 今しばらく口を閉ざしていた舎弟だが、逃げられる術はないと悟ったようで観念したように重々しく口を開く。


「喧嘩は、していない。気まずい空気になっただけで」


「なんで?」


「……ヨウ、皆に言わないって約束してくれるか? 舎兄弟だけの秘密にしてくれるなら、お前に話す」


 当時のことを思い出したのだろう。顔と耳が同じ色に染まっている。

 「分かった」ぜってぇ言わないと口約束を結ぶと、「絶対だからな」念を押された。二度、三度、首肯して両手を小さく挙げる。誓って誰にも言わない。態度で示したことにより、半信半疑のケイが渋々信用を置いてくれた。

 荒々しく頭部を掻き、タオルハンカチを折りたたんでポケットに捻り込む焦らしをみせるケイが小声で呟く。 


「買出しの日に俺達、からかわれたんだ」


「からかわれた? 誰に?」


「……魚住に」


 「はあ?!」アキラに会ったのかよ、ヨウは聞いてないと抗議した。

 「だって言ってねぇもん」そりゃ聞いてないだろうさ。ケイが決まり悪そうに顔を顰める。

 曰く、買出しの日にアキラと帆奈美に会ったというのだ。どうしてそういう大事なことを報告しないのだとヨウは些少の怒気を抱く。もしも何か遭ったらどうしたのだとお小言を漏らしつつ、続きを語るように促した。

 躊躇しているケイは目を泳がせながら、言葉を選んでヨウに伝える。


「情報がお互いに欲しいだろうからお茶をしないかって誘われたんだけど。勿論、そんなことができるわけもなくって。俺達、断ったんだ。そしたら、魚住が俺達の関係をどう思ったのか……ゴム、投げつけてきて」


 ゴム? 冗談でも輪ゴムではないだろう、この場合。

 「もしかして」セフレにでも見られたのか? と、ヨウがつい思ったことを口走る。

 途端にケイが石化した。「せ、ふれ」そんな、俺とココロが並んで歩くとそういう風に……ああもうダメだ。大ショックを受けてしまうケイにしまったと思いつつ、ヨウは自分なりに整理することにした。


「なるほどな。じゃあ、買出しに行ったお前等はアキラたちに遭遇した。そして」


「ヤッているように「セックスしているように見られた」お前最悪! 露骨にその単語を出すなよ! 俺、遠回しに言おうとしたのにぃいい! チクショウ、どーせ俺は童貞だよ! ヨウみたいに単語慣れしてねぇよ!」


 いや、お前の童貞事情は聞いてねぇよ。

 心中でツッコむヨウは、半狂乱になっているケイに呆れてしまう。と、舎弟がズンズンと歩んできた。据わった眼に思わず後退しそうになるが、彼がそれを許してくれない。詰め寄って質問を浴びせてくる。


「正直に答えてくれヨウ。俺とココロって、傍から見たらっ、ヤッ、ヤッているように見えるか?」


 目を点にするヨウに、「俺ってそんなにエロそうな男に見えるか?!」タラシに見えるなら、死活問題だとケイが捲くし立ててくる。

 もはや舎弟は半べそである。「真の友達ならな」嫌なところも指摘してくれるもんだぞ! ブレザーを掴んでぐわんぐわん揺ってきた。


「ば、馬鹿落ち着け! お前ひとりでテンパんな!」


「お前が言わせたんじゃないかぁあああ! 責任取れイケメン!」


「完璧に責任転嫁じゃねえか! 大体な、男はエロイ生き物だ。多少はエロを考えてもしゃねーねぇんだぞケイ! 女体に興味は勿論」


「あるに決まっているだろ! 男の子だもの!」


 阿呆な漫才もそこそこに、ヨウはケイを落ち着かせるために返事してやる。そういう関係には見えない、と。

 寧ろあまり想像がつかないのだが。二人が濡れ場乗り越えちゃいました、など……ケイもココロもそういうのに関しては消極的そうだ。真面目な奴ほどエッロイとは聞くが、二人に関しちゃまず青春くさいベタな恋愛を見ている気分になる。無縁も無縁な気がした。

 「本当か?」ケイが探りを入れてくる。「うそは言ってねぇよ」ヨウがひらひらっと手を振った。


「それともなにか? テメェ、ヤりてぇの?」


「ばっ?! ば、バッカ! ちげぇよ馬鹿!」


 だろうな、ヨウは納得する。食い下がってくるケイを一瞥した。


「まとめるとさ、お前等はアキラにからかわれたせいで、周りに変に見られていないかどうか気になった。だから気まずくなったんだな?」


 こくんと舎弟が頷く。


「それって結局、お前が相手を好きだから意識したんじゃないか?」


 ヨウは眦を和らげた。

 鳩が豆鉄砲を食らったように目を白黒させてしまうケイに畳み掛ける。仮にその状況が弥生とだったら、ケイは同じ態度を取っていただろうか? いや、きっとないだろう。お得意の調子ノリで受け流して仕舞いにするに違いない。相手がココロだから、彼女だから、ここまで意識して気まずくなってしまったのだ。


 つまりそれは、そういうことなのだ。


「違う。俺は、ココロとこれからもき地味友でいたい。それ以上の気持ちはないんだよヨウ」


「頑固だなお前も……あ、ココロじゃねえか。何しているんだよ」


 出入り口に向かって驚愕を露にすると、ケイが大慌てで同じ方角を流し目にした。

 しまったと舎弟の顔が引き攣り、ヨウがにやりと口角を持ち上げる。ココロが此処に来るわけがない。何故なら此処は男子トイレなのだから。


「もういいだろケイ。お前は好きなんだ、ココロのことが」


 素直になった方が気も楽だぞ。ヨウの助言に、ケイが口を閉じてしまう。

 拍数を置いて一時的に意識しているだけなのだと返答した。どうしても好きな気持ちを受け入れられないらしい。それに気付きいたヨウは認めちまえと肩を竦める。自分を誤魔化しても一緒ではないか、言葉を付け足して。

 ケイは苦々しく笑い、「認めたくないんだ」気持ちそのものを否定した。


「俺、友達のままがいいんだ。やめようと思っている。意識するの……これからも俺とココロは親近感抱く地味友だよ」


 違和感を覚えた。



「……なんで、そこまで拒絶する必要があるのか、俺には分からねぇよケイ。まるで悪いことをしているみてぇにテメェ、自分の気持ちを拒んでいるぞ」



 それって辛くないか? 相手に問うと、「彼女を困らせる方が辛いよ」ケイがようやく素直な一面を垣間見せる。困らせるもなにも二人は両想いなのだ。傍から見れば互いに告白しておしまい、だと思うのだが。

 しかしヨウは直後、舎弟から驚かされる。ケイはヨウにこう告げたのだ。



「ヨウ、ココロにはな好きな人がいるんだ。俺の気持ちがそういう気持ちを抱くと邪魔になる。だから、いいんだ。今のままで」







 長々と男子便で駄弁ったヨウはケイと共に皆のところへ戻った。

 そろそろ勉強を再開している頃合だと思ったのだが、仲間達はまだまったりと休憩時間を過ごしていた。それどころかケイの姿を見るや否やワタルは会話を止め、「コーラを買ってきてん!」財布を彼に投げ渡す始末。

 ケイはそれをキャッチし、何で俺が……と引き攣り笑い。


「ケイちゃーん、僕ちゃーんナゲットも欲しいや」


「ワタルさん……それってパシリをして来いと」


「たまには貴様、パシられて来い。ゴラァ! 俺様はいつもパシられているんだぜ!」


「なんでそこでタコ沢が反応……しかも自慢になってねぇ。あ、何でもありません。買って来ます。えーっと皆は?」


 ついでだとばかりにケイは他に注文はないかと仲間に質問を投げ掛けた。

 半数以上が飲み物(またはハンバーガー追加)を頼んだため、ケイはまたもや引き攣り笑い。確かに、大勢からのパシられるのは大変だろう。まだ勉強する気持ちになれなかったヨウは一緒に行こうかと自己申告しようとしたが、向こうでそわそわとしている人物を見つけ、身を引くことにした。


「ケイさーん! 俺っちもッ、ぐぇつ!」


 行って来ると告げるケイの後をすぐさまキヨタが追おうとしたため、ヨウは襟首を掴んでそれを止める。

 「何するんっスか! さっきは我慢したから今回はいいでしょう!」酷いと文句垂れるキヨタを無視し、ヨウはそわそわとしていた人物に目を向けた。相手は意を決したのか、ケイの後を追い駆け、声を掛けているところだった。


「ケイさん、私も行きます。ひとりじゃ大変でしょう?」


 ココロに声を掛けられ、ケイは些か驚いた様子。しかしすぐに苦笑いを作った。


「いいよ。重くなると思うし、座っときなよ」


「半分ずつ持っていけば大丈夫です。一緒に行きましょう……それとも迷惑ですか?」


 しゅんと萎んでいく彼女の様子に何か思うことがあったらしい。

 「分かった」じゃあ一緒に行こうとケイが笑顔を作った。見る見るココロの表情が花開く。嬉しそうに顔を見合わせる彼女に対し、ケイも照れ臭そうに笑い合っていた。あんなに気まずい雰囲気だったくせに、その空気は何処へやら。


 ヨウは溜息をつきながら、テーブルに頬杖ついた。

 どう見ても両想いだというのに、なんであんな勘違いをしてしまうのか。二人を見ているだけで青春くさいドラマをみている感がムンムン。こちらが見ていてやきもきするほどいい感じだというのに、歯痒いったらありゃしない。

 と、響子がドカッとケイの席に座ってきた。腕を組んで長い長い溜息を零す。


「さっきココロと個別に話してきたんだが……なんでか知らないがクソ面倒な勘違い起こしてやがる。ココロの奴」


「そっちもか。こっちも面倒なことになってるぜ。『他の奴を見ているから』だってよ」


「ケイもかよ。ココロもそれなんだ。ワタル、アンタちょっかい出したんじゃないだろうな?」


 二人が誤解してしまうなんて、これは誰かがちょっかいを出したに違いない。

 可能性のある人物にガンを飛ばし、響子は軽く手の指の関節を鳴らした。「濡れ衣だぴょん!」おどけ顔だが若干血の気を引かせているワタルは全力で否定した。彼だって人並みの心は持っているのだ。一応、場は弁えている。


 一方、ヨウは真実を知っているため、取り敢えず知っている限りのことを響子に話すことにした。舎兄弟だけの秘密にしておくとは言ったが、やはりこれはココロの姉分に語っておくべきだろう。



「ああああぁああんのっ、ウザ男、チックショウめがぁあああああ!」



 響子の怒声が二階フロア店内に響き渡ったのは、ケイとココロが一階フロアに向かった直後のことだった。

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