04.舎兄弟解消



 ◇




 放課後。

 俺はチャリを押しながらヨウやワタルさん、ハジメや弥生と一緒に学校正門に向かっていた。タコ沢も一緒だ。ほら、やっぱ何だかんだでこいつもチームに入っちまったからな。必然的に俺達と行動を一緒にしないといけなくなったわけで。

 

「なんで俺が……はぁーあ」


 珍しく吠えることのないタコ沢は大きな溜息をついている。

 どんまい、心中で俺は声を掛けてやる。あくまで心の中で。口に出せば絶対に睨まれるだろうから。きっとタコ沢は頭の中でどうやってチームを離脱しようか考えているに違いない。タコ沢は不良の中でも群れないタイプっぽいからな。

 見かねて声を掛けたのは、意外にもワタルさんだった。


「タコ沢ちゃーん。チームに入っとけばイイコトあるぴょん」


「だっれがタコ沢だぁあああ! 俺は谷沢だっ!」

 

 闘争心に火がついたのか、タコ沢はこめかみに青筋を立てて握り拳を命知らずなことにワタルさんに向けていた。

 だけどワタルさんは余裕のよっちゃんだとばかりに笑声を漏らし、タコ沢の肩に肘を置いた。「オイ馴れ馴れしいぜゴラァ!」またしても吠えるタコ沢に、ワタルさんはニヤリニヤリ。なーに企んでるんだ。ワタルさん。


「ヨウちゃーんとケイちゃーんをぶっ飛ばしたいんでしょー?」


 ひどっ、ヨウはともかく俺までダシにつかいやがったよこの人! こっくりと頷くのはタコ沢である。


「ああ、雪辱を晴らすためにな」


「じゃあチームに入っとけば好都合ジャジャジャーン! なんたーって、二人はチームにいるしさ。これから喧嘩も多くなるだろうから、強くなる機会だってあるし? それに君がすこーし目を放した隙に二人、ヤマトちゃーん達にヤラれて喧嘩なんてしてくれなくなるかもよ? いいの? コテンパンにやる前に向こうが取り合ってくれなくても?」


 それは我慢ならないとタコ沢は腕を組む。

 話を聞いていたヨウがこっそりと「だ・れ・がヤマトに負けるって?」、ワタルさんに向かって握り拳を作ってたのは内緒だ。それを俺とハジメで止めたのも内緒だぞ(めっちゃ恐かったッ!)。余所でワタルさんは言葉を重ねて話を続ける。


「取り敢えずチームに入っておいて、強くなればいいじゃん。ある程度力がついたら、ヨウちゃん達にリベンジ! タコ沢の名前も返上! どーよ? 舎兄弟をやるのは君しかいないものねねねん?」


「美味い話だが……言いくるめられてる感アリアリなんだゴラァ」


「気のせいぴょーん!」


 タコ沢って結構常識人っぽい。

 なっかなかワタルさんの話に乗ろうとしない。わりと考える奴なんだな。わりと。

 そしたらヨウが、「こいつが強くなるわけねぇ」ちくりと悪態を付く。途端に逆上したタコ沢が断言。絶対に強くなってリベンジしてやる! とヨウと俺を交互に指差して吠えた。どうやら俺達が何か言えば乗ってくるらしい男らしい。この単純め!

 俺なんてお前にタコさんウインナーを頭に乗せただけじゃないかよ。そろそろ時効じゃね? 俺が君にしでかした罪ってちっさくね? 心の中で嘆きながらヨウ達と正門を抜ける。


 同時に「ヨウさぁあああん!」大音声が飛んで来た……めっちゃ煩い、その声の主はもう分かると思うけど。 


「ヨウさんヨウさんヨウさん、こんにちはー! 今日も輝いてますね。俺っち、今日も惚れちまいそうっスよぉおおお! どうしてそんなにカックイィイイんですかぁああ! ヨウさんって罪な男っスね!」


 キラキラと輝く笑顔を向けるヨウ信者そのいち。

 腕が取れるんじゃないかと心配するほど手を振ってくる白髪頭の不良は、ヨウに大大大アピール。同じくヨウに手を振っているヨウ信者そのに。親友の言葉に馬鹿じゃないかと異議を唱えていた。

 

「ヨウさんはなヨウさんはなっ、罪さえも赦される凄い人なんだ! そこらへん分かれよ!」


「ッハ、そっか……モト、俺っち、間違っていた!」

 

 ははっ、人様の学校正門前で何言ってんだろ、あいつ等。うっるせってんだ。

 俺達は同時にヨウを見やる。ヨウは既に引き攣り顔だった。うん、分かるよ。その気持ち。あんなに熱烈アピールされたら、誰だって引くもんな。

 子犬のようにキャンキャン喚きながら、二人はヨウの前に立った。揃ってぺこりと挨拶。顔を上げた二人の目がやたらめったら、きらきら輝いている。尊敬されているのはよーく分かるけど、めっちゃうざったそうだな。

 「テメェ等な……」熱烈なアピールに軽く青筋を立てるヨウに気付かないキヨタは、大尊敬している不良から視線を逸らして各々の不良たちに挨拶。最後に俺に目を向けてきた。そしてビシッと指差してくる。



「出たっすね! 今は取り敢えず、ヨウさんの舎弟の座に居座っている地味でイケていないケイさん! こんにちはっス!」 

 


 地味の何が悪いよ? 地味の何が?

 ちぇっ、けなし言葉と挨拶は別にしてくれないかな。俺、どう反応を返せばいいか分からないだろ。結局、けなし言葉をスルーして普通に挨拶を返した。俺って超寛大! いや、不良に悪態付く度胸がなかっただけなんだけどさ!

 なんで二人が俺達の高校前に現れたかというと、簡単に言えばいつもの溜まり場に向かう途中、俺達の姿を見つけて待ち構えていたんだと。

 今の溜まり場と俺達が通っている高校は目と鼻の先。中学から直で来るモトとキヨタは必然的に此処を通るというわけだ。俺がヨウならありがた迷惑と言ったところだ。あんなに熱烈な歓迎をされるなら、先に溜まり場に行って欲しいと思うよ。



 閑話休題。

 俺達はヨウ信者を交えて主としている溜まり場、近所のスーパー近くの倉庫裏に向かった。

 溜まり場には既に他校に通っているシズ達が到着している。全員が集まったところで早速集会開始。池田チーム情報を一通り弥生が報告し、リーダーのヨウと副リーダーのシズが中心となってこれからの行動を組み立てる。皆がそれに意見をしたり、異論を唱えたりして、話し合いは進んでいった。

 泣きたいことに池田チームを潰しに動く日程が着々と決まりつつあるよ。俺、喧嘩できないのに大丈夫かな。


 ある程度のことを話し終わった後、おもむろにシズがヨウへ疑問を投げ掛けた。


「舎弟問題は……どうなっている?」


 ヨウは能天気に一笑して、まだ決め途中だって中間報告。

 早く解決しろと呆れるシズを無視して、「けど一つ決めたことがあんだ」舎兄は俺に視線を送って、浮かべていた笑みを消した。真顔になるヨウの醸し出される空気が妙に緊張しているのは気のせいだろうか?



「今この瞬間をもって、俺はケイと舎兄弟を解消する」


 静まり返るたむろ場。

 和気藹々としていた空気は殺伐とした味気のないものへと変化する。

 その場にいたチームメートは呆気取られていた。あのワタルさんでさえ目を真ん丸に見開き、言の葉を理解しようと努めている様子が窺える。俺自身も驚き返っていたけれど、皆ほど驚愕は抱かなかった。どこかで察していたのかもしれない。

 「本気か?」逸早く我に返った俺の問いかけに、「ああ」これは思い付きじゃなく、少し前から考えていたことだとヨウ。


 そうか、なら仕方がない。

 微苦笑を崩す俺が首肯を示そうとした、その時、「なん。で?」意味が分からないと意見する人間が出てきた。俺を応援してくれていた弥生だ。


「ケイがどうして舎弟をリストラされないといけないの? 喧嘩ができないから? だから舎弟を解消なの? ねえ!」


 まさか弥生が喧嘩腰になって庇ってくれるとは思わず、今度こそ俺は呆気とられてしまった。

 「私は納得がいかない」舎兄弟を解消する理由を教えてよ。今すぐ。眼光を鋭くする弥生の剣幕に押されることもなく、「今から説明すっから」ちっと落ち着け、ヨウが憮然と肩を竦めた。


 曰く、解消に至った主な理由は公平に舎弟としての技量をみたいから、らしい。

 舎弟問題が勃発しているんだ。俺とヨウが舎兄弟のままだと、他の二人が不利だとヨウは感じたらしい。基準を平等にして皆の技量を見定めたいと配慮した結果、舎兄弟解消をしたんだ。後輩達のために俺と交わした“いけるところまでいく”という約束を破ってまで舎兄弟を解消するなんて。アイツらしい。

 更にヨウは中間発表を報告した。同じ目線で見た現時点で、舎弟に一番近い候補はキヨタだとリーダーは述べる。大きな要因はその手腕を高く買われているからだろう。そりゃ合気道を使えるなら、舎弟として十分に使えるだろうしな。

 次にモトだって。これまた喧嘩の腕が買われてることが理由に挙げられた。

 

「やったじゃん、モト」


 キヨタはモトの背中を叩いて喜びを露にしている。

 頑張れば一番になれるかもしれないぞ、励ましを送るキヨタだけど、モトは複雑そうな顔を作って俺の方を見てきた。どうしたんだ、そんな哀れむような顔でこっちを見て。嬉しいんじゃないか? 舎弟だった俺が最下位だったのに。変な奴だな。



「私は絶対に納得しない!」



 結果報告を静聴していた弥生が怒声を上げる。

 不満たらたらに、「技量で見ている? 違うでしょ。喧嘩ができるかどうかを見定めているだけじゃん! それだけの理由で舎弟を選んでいるのなら、私は仮に舎弟が決まってもその舎弟を認めない」何故なら力のみで見ているのだから。弥生はフンと鼻を鳴らす。



「私はケイに同情して反論しているんじゃない。ケイにだって充分な素質があるから反対しているんだよ。ケイとは初対面だったにも関わらず助けられた。ハジメも助けてくれた。喧嘩ができないのに私達を助けてくれたんだよ。なにより、チームのためにいっぱい働いていることを私は知っている。ヤマトのことだって、ケイはヨウを裏切らずに舎弟のままでいてくれた。その気持ちは評価に値しないの? 喧嘩ができないの一点で評価するようなら、私はヨウの評価基準を軽蔑するんだけど。大体ヨウがケイを舎弟にしたんでしょう! 責任を持って最後まで舎兄弟しなきゃ駄目じゃん! ヨウの馬鹿ちん! 阿呆! はげちゃえー!」



 うぇーっと舌を出してブーイングをかます弥生をハジメが宥めた。

 「まだ中間発表だって」落ち着くよう促されても弥生は止まらない。「十円はげができちゃえ」ねちねちと地味に嫌な呪詛を唱えている。

 「思った以上の反発だねぇ」ヨウちゃんも大変だ。ワタルさんが面白おかしそうに口角をつり上げる。「そんだけケイも貢献してきたってことだ」努力が実ってんじゃねえか。こりゃ後輩も大変だなぁ。響子さんも微笑を零して目尻を下げている。二人して意地の悪い反応だ。


「弱ったな」


 ヨウが頭部を掻く。

 これでも使わない頭を懸命に働かせたつもりなのだけれど、疲労の色を見せている舎兄……元舎兄に俺は苦笑いを零す。

 「分かった」ヨウがそうしたいなら俺はそれに従うよ。中間発表も受け入れると相手に伝える。「で、でもケイだって」庇ってくれる弥生に、「ヨウだってチームを考えてのことだ」意地悪をしているわけじゃないよ。ポンッと彼女の肩に手を置く。


 物言いたげな表情を作る弥生に一笑し、「喉渇いたな」ちょっくら自販機にでも行って来よう。妙に重くなる空気に耐えられなくなった俺は積み重ねられた木材から飛び下りて、さっさと自販機に向かう。本当に喉も渇いてたしな。確か倉庫付近に一台、自販機があった筈。近くにスーパーもあるけど、自販機の方が断然近い。

 「あ、ケイ……」弥生の呼び止めは敢えて聞かないふりをしたけど、「悪い」ヨウの謝罪には足を止めた。振り返って俺は笑う。


「お前の出した決断だ。自信持てよ。舎弟問題でどうのこうのと悩んでいる暇はないだろ?」


「―ーああ。分かってる。サンキュ、ケイ」


 力なく笑うヨウに俺も笑みを返し、今度こそ自販機に向かった。

 な? ヨウ。俺達、舎兄弟が終わっても、さして変わらないだろ? 変わりっこないんだ。だってさ、俺達、結局は友達って糸で繋がっているんだから。





「えーっとアクエリは150円ね。小銭、小銭、っと」


 

 自販機の前に立った俺はポケットから財布を取り出して小銭を確かめる。

 あ、小銭がねぇや。札で出すしかないか。あんまり札は使いたくないんだけどな。

 愚痴りながら札を出して投入口に入れる。目を付けていたアクエリを選んで、ペットボトルが落ちてくるのを待つ。ドン、落下物の衝撃音が聞こえてたことを確かめてペットボトルを取り出した。早速、蓋を開けて喉を潤す。


「解消、か」


 舎兄弟解消……ヨウと関係は変わらないとはいえ変な感じだな。舎兄弟解消だなんて。

 早期だったら俺も涙を流して喜んでいただろうけど、今は変な感じ。荒川の舎弟と呼ばれることが普通だったからかな。意外に舎弟という肩書きに愛着があったりしてな。

 ま、これで暫くは舎弟という重たい荷がおりた。仮に最終選考で俺が選ばれなくとも、舎弟の肩書きに悩まされる心配はなくなる。そこはメリットでもあるよ。荒川の名の重さを知っているだけに、余計なプレッシャーに悩まされずに済む。


 脳裏にヨウの謝罪する姿が浮かんだ。

 人知れず頬を崩し、目を伏せる。変な気を回しなくてもいい。関係が変わろうと俺は最後までヨウについて行くつもりなのだから。



 バチン―ッ、背中を思い切り叩かれた。



 乾いた音が空に舞い上がり、俺の悲鳴も天に吸い込まれる。

 いってぇ、誰だよ。加減しろって。ひりつく背中の痛みに呻いていると、俺の隣に犯人が立った。毛先まで見事に染まっている、その金髪。羨望を抱いている不良と同じ髪の色を持つ不良は一点の曇りもなく俺を見据えてくる。勝気を宿した眼に躊躇いを覚えた。

 何しにきたんだ、モトの奴。自販機に目もくれず、眉間に皺を寄せている中坊に首を傾げる。その様は怒気を纏っているようにすら見えた。何を怒っているんだ? 親友に最有力候補の座を取られたからか?


「なんで平然としているんだよ」


 平然……平気そうに見えるか?


「馬鹿、平然としてねぇって。背中痛ぇよ。加減して叩けよな」

 

 本気で叩いてきただろ? 生憎SMの趣味はないんだけど。

 冷たく返すと、「ちげぇし!」そういう平然じゃないと怒声を張ってくるモトがそこにはいた。きょとんと相手を観察する。反応できない俺に、「そういう余裕あるところがムカつくんだよ」モトが容赦なく毒づいてくる。ワケが分からない。モトは一体全体、何に腹を立てているんだ? 


「アンタ、ヨウさんの舎弟じゃなくなったんだぞ? 当然のように最下位だったんだぞ? なのに、なんで当たり前のように受け入れているんだよ! それとも何か? 最後は自分が選ばれるコネでもあんのかよ!」

 

 一々目くじらを立てるモト。

 頬を掻いて状況を脳内で整理してみる。何度整理しても、辿り着く答えは八つ当たりの一点。

 「べつにコネなんてないよ」ヨウの中間発表も、舎兄弟白紙も、あいつ自身が決めたことだ。俺は何も聞かされていない。有りの儘に旨を伝えるけど、「そうじゃない!」モトの気はおさまりそうにない。

 じゃあ、どういうことだよ。


「こっちはどれだけっ、どれだけヨウさんに憧れを抱いていたと思うんだよ。簡単に受け入れやがって」


 吐き捨てられた言の葉を拾い、やっと合点することができた。 

 モトは俺の反応が気に食わないのか。舎兄弟に頓着を見せない、その様が気に食わなくてしょうがないのか。弟分の自分を差し置いて舎弟になったくせに、あっという間に座を下ろされた。しかも悲しむことも悔しがる様子も見せない。

 お前の舎兄弟はその程度だったのかと憤怒しているんだな、モトは。


「俺はモトとは違うからな。ヨウへの憧れとか、そういうのはないし。凄い奴だとは思うけど、それだけだ」


 今にも爆ぜそうな空気を放つヨウの弟分に、「お前も知っているように俺には手腕なんてない」今まで喧嘩に無縁だったんだ。不良の舎弟を受け持つなんて荷が重すぎたのかもな。赤裸々に自分の感情を吐露する。

 「だから」当然のように受け入れるのかよ! 食い下がるモトに、「だからだよ」強く主張した。


「あいつは苦悩している。ヨウだって完璧じゃないんだよ」


 そら舎兄弟を白紙にされたことは悔しいよ。

 だって白紙ってことは俺が弱いって証明しているようなもんだから。 

 けどさ、問題はそこじゃない。ヨウは舎兄弟の前に、俺達のリーダーだ。チームを引っ張っていかなきゃなんないんだ。なにより俺の友人なんだ。馬鹿みたいに苦悩していることを知っていて、舎兄弟白紙に癇癪を起すなんてお門違いもいいところだろう? 


 ヨウは何事にも背負い過ぎちまう、完全なようで不完全な直球型不良。なんでも器用に物事を解決できるほど出来た男じゃないんだよ。

 俺とヨウが舎兄弟じゃなくなったとしても、それまでだ。俺達は何も終わらない。終われないだろ? 絶交するわけでもあるまいし。今、最重視することは関係性じゃない。あいつの苦悩を理解してやることだ。あいつ自身を理解してやることなんだよ。


「モト、お前だってそうだろ? 尊敬しているヨウが仮にお前の舎兄になっても、ならなくても今の関係は崩れない。そう思わないか? あいつ、舎兄弟だからって贔屓目することもねぇし。贔屓目にしていたらチームのリーダーなんかに選ばれないよ」


 モトから視線を外し、アクエリの入ったペットボトルを傾ける。容器の中で気泡が生まれ、瞬く間に消えた。


「ヨウとは成り行きで舎兄弟になった。あいつ自身の思いつきに嘆いたこともあったけど、俺はヨウに幾度も助けられた。気の合う奴だとも思った。だから、あいつの助けになりたい。最後まであいつを信じてついて行きたいんだ」


 ペットボトルを見つめる。半透明の液体越しに屈折する日射が眩しい。


「ま、舎弟を本当に下ろされる日が来たら、その時は新舎弟と一戦交えようと思う。旧舎弟の意地を見せてさ。ああ、喧嘩じゃなくてチャリでな。俺、喧嘩は無理だから」


 苦笑いをひとつ零し、「チャリだったら負けねぇから」真の舎弟になりたかったら、チャリで俺を認めさせるんだな。素っ気無くモトに宣戦布告しておくことにする。意地くらいは見せないとな。旧舎弟の意地って奴をさ。


 静寂が訪れる。これ以上、会話することもないと悟った俺は踵返した。

 「先にたむろ場に戻るからな」一言声を掛けて、足を踏み出す。しっかり腕を掴まれ、それは叶わなくなった。「モト?」訝しげに視線を送ると、掻っ攫うように手中のペットボトルを奪われた。そのままボトルを傾けて半分ほど一気飲みされる。お、俺のアクエリ……半分以上無くなってらぁ。金返せよ。

 ショックを受けている俺を余所に、取り纏わせていた怒気を霧散させ、モトはどこか晴れた顔を作る。


「アンタ。意外と器でかいな。何だかんだで周囲に認められる理由も、少し分かる気がする。アンタはワタルさんにも、響子さんにも、弥生にも……他の皆にも……ヨウさん自身にも認められている。ちっさいことに囚われてたのは、オレなのかもな」

  

「モト?」


「ヨウさん尊敬するあまりに、周りが、それこそヨウさん自身が見えてなかったんだな。オレ。どっかでヨウさんを信じられなかった。なっさけねぇな、オレ! あーヤになるぜ!」


 口元を手の甲で拭うとペットボトルを押し返してきた。

 俺のアクエリ……ちっとしか飲んでいないのに。三点リーダーを頭上に浮かべて恨めしい気持ちを噛み締めていると、「ケイ」モトが一笑を零した。稀に見る純粋な笑顔だ。



「キヨタ、ああ言ってるけど、オレ、アン「ほぉー。プレインボーイ、舎弟下ろされたのか?」



 ギック―!

 こ、こ、こ、この呼び名は。

 俺のトラウマ魂が揺さぶられる。全身から汗を噴き出す俺に対し、モトはまさか……と、ぎこちなく振り返った。

 民家の塀に腰掛けてガムを噛んでいる青メッシュ不良に俺は大泣きしたくなる。また出たよぉおおおお! 日賀野大和! 俺のトラウマ! 俺を執拗に舎弟に勧誘し来る最低不良さま! ジャイアン日賀野!

 どっから現れたんだよ、あんた! 神出鬼没もいいところだって!


 ブルッと身震いする俺は此処が自販機前だと思い出し、もっと身震い。

 やばい、本気で体が震えてきた。俺が以前、日賀野にフルボッコされた場所って自販機前だったんだよ。あの時の思い出が鮮明に蘇ってくる。嗚呼チクショウ、これを日賀野不良症候群と名付けよう! なんて……馬鹿なこと思っている場合じゃない。


「や……ヤマトさん。なんで此処に」


「久しぶりだな。荒川の飼い犬。相変わらずキャンキャン吠えてるみてぇだな」


 「犬じゃない!」モトは全否定するけど、俺も犬だと思うよ。ヨウへの忠誠心、凄まじいしな。


「プレインボーイ。舎弟解雇オメデトウ」


「あ、ありがとうございます! おかげさまで解雇されちゃいました」


 てへてへと笑って頭部を掻く俺の乱心っぷりに、「しっかりしろって!」焦燥感を抱いたモトに喝破されてしまう。

 どうにか我に返れたけれど、動揺は凄まじい。駄目だ、ほんっと日賀野大和だけは無理、俺のトラウマだよ。顔を見るだけで恐怖心が込み上げてくる。

 大体、なんでこんなところにいるんだよ、ニッタァと嫌みったらしく笑う日賀野を見上げる。もう、日賀野に俺達の新しいたむろ場がばれたのだろうか? 情報通とは聞いていたけれど、真実ならさすがだよ。


「この周辺に場所を移したと噂を聞いて、偵察ついでにほっつき歩いてみれば、見事にビンゴ。しかもプレインボーイが舎弟解雇されているなんざ、面白い情報を手に入れた。どうだ、プレインボーイ。単細胞生物から斬り捨てられたんだろう? 俺のところに来ないか?」


「お、俺は斬り捨てられたわけじゃないですよ」


「同じ意味だろ。貴様の持つチャリの腕前や土地勘は、俺のようなアタマを使う人間じゃないと才能を発揮できないんだよ。俺ならお前を上手く使ってやる」


 くつくつ喉で笑う日賀野は、「俺の舎弟条件は力だけじゃねぇ」持っている潜在能力まで計算に入れるのだと、口角を持ち上げる。

 

「それができない無能な舎兄は手前から斬り捨てるべきだぜ。プレインボーイ。不必要とされているチームに身を置いてなんに得がある? 荒川のところにいてもせいぜい捨て駒程度じゃねえか……おっとその顔はノーか? まあまあ、ゆっくり考えてみよーぜ? いい返事を期待している」


 言うや否や日賀野は親指と人差し指で輪を作り、つんざくような指笛を鳴らす。

 甲高い指笛は周辺に響き渡り、同時にそれが合図だったのか、俺達の来た方向と反対側の方向、各々数人の不良らしき集団が姿を現す。日賀野はひとりでここら一帯を偵察していたわけじゃないようだ。徹底した念の入れようだ。

 しかもモト曰く、日賀野の直接的な仲間じゃないらしい。どうやら協定を結んだ不良達の一角のようだ。


 卑怯だ、自分の仲間じゃなくて協定を結んだ不良を使うなんて。

 この不良達はヨウやワタルさんに個人的な恨みがあるらしく、同チームにいる俺等に敵意剥き出し。日賀野は私怨を使って協定を結んだんだな。クソッ、ヨウ達がたむろっている場所まで目と鼻の先だってのに。

 

 と、モトが俺の手首を掴んで不良達の集団に突っ込んだ。

 モトは集団の中でも薄い壁になっている場所に不意を突く。おかげで俺達は不良達の集団を抜け出すことに成功することができた。

 だけど、ヨウ達のいる場所とは反対方向に出てしまう。応援を呼びたいところだけど、とにもかくにも逃げる事が先決だな。モトにアイコンタクトを取り、俺達はスタートダッシュからフルスピードで駆けた。



「お手並み拝見させてもらうぜ、プレインボーイ。ゲームを盛り上げてくれよ」

  


 ニヤつく日賀野の言葉なんて、勿論俺達の耳には入らない――。

 

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