第19話 浸透剄
《天地牙流格闘術》地龍の型の技である、《龍破》が決まり男は敗北を認めた。
この技は肋骨を利用したもので、一撃目で肋骨を粉砕した後、二撃目で折れた部分に攻撃を加える事で砕けた肋骨が様々な方向を向く。
そうする事で肋骨付近にある臓器を損傷させる事が出来るのじゃ。
本来なら左肋骨に《龍破》を見舞い、左肺と心臓を損傷若しくは貫くように仕向けるのが正しい使用方法なのじゃが、この男を殺して犯罪者になりたくなかったので、敢えて肋骨を折るところで留めた。
それに、攻撃スキルを見せてくれたお礼もあるしの。
儂が勝利するとわかった途端、野次馬が歓喜に沸き立つ。
きっと、儂が打ちのめした男は日頃から悪さをしていたのだろうな。
しかしまぁ、あんな素晴らしいスキルがあるのに、全くと言っていい程技術が稚拙過ぎる。
あまりにも宝の持ち腐れ過ぎて、スキル達が可哀想に思えてしまう程じゃ。
まだこの異世界に来て日は浅いが、確認できたスキルが儂に宿っていれば、戦術の幅が大幅に上がるし勝率だって十割に近い数値を出せるじゃろうに。
まぁ儂はスキルに頼るつもりはさらさらないが。
ちなみに儂が倒した男は、駆け付けた兵士らしき男達六人にそのまま連行されていった。
奴は抵抗する素振りは見せず、右脇下の痛みを堪えながら力ない足取りでこの場を去っていった。
……いたんじゃな、兵士。
いるなら何故、奴を放置していたんだろうか。
「リューゲン!」
儂を呼ぶ声がした。
声がした方に視線をやると、グライブが駆け寄ってきていた。
儂の目の前まで来ると、儂の手を握ってきた。
そして目を輝かせて儂を見つめている!
そんな気はないぞ、気色悪いの!!
「お前、本当に凄い奴だな!! 本当にアルカナないのかよ!」
「ないと言ったのはお主ではないか。ならば間違いないのであろう」
「そうだけど、そうなんだけどさ! どうやって《ディフェンシブ》を打ち破ったのかがわからかったんだよ」
「ああ、あのダメージが通らない魔法か。《ディフェンシブ》という名前なのじゃな」
「そうだよ! 地の神の加護を纏うこの魔法は、真っ二つに斬られてしまうような攻撃も、皮一枚程度の傷で押さえてくれる地属性の初級魔法だ」
「何じゃそりゃ、反則ではないか!」
「反則か? 魔法はダメージを軽減してくれないし、あくまで物理攻撃に関してのダメージを大幅に緩和してくれる程度だ。それに効果時間も対して長くないから弱点だらけだ。なぁ、お前もしかして魔法、使えない?」
「いや、使えないも何も、儂にはその知識がない」
「…………世捨て人だからじゃ片付けられない程の世間知らずだな」
悪かったな、世間知らずで。
世間知らずで仕方無いではないか、異世界四日目なのじゃからな。
呆れた表情をしていたグライブは咳払いをして、気を取り直して質問を続けてきた。
「それで、どうやって《ディフェンシブ》を攻略した!?」
「答えは簡単じゃよ。衝撃じゃ」
「……衝撃?」
「うむ。あの魔法は確かにダメージはかなり緩和しておった。しかし衝撃は少々緩和させる程度。つまり体内に衝撃を送り込む事が出来るという事じゃ」
儂が衝撃は伝わる事がわかったのは、『
《ディフェンシブ》との違いは、緑の光を纏うか赤の光を纏うか程度しか儂にはわからぬが、こちらの攻撃を無効化していたのは確かだった。
しかし、儂の攻撃を食らった時のあやつの頭部が、衝撃で震えたのを見逃さなかった。
この瞬間、儂は防御系の魔法は衝撃に対しては軽い緩和材程度にしかならないだろうと判断し、執拗に脇下を集中的に攻撃をしたのじゃ。
ピンポイントに衝撃を与えた結果、肋骨は徐々に衝撃に耐えられなくなってヒビが入り、最後の攻撃で肋骨を折る事が出来た。
儂の予測は正しかったのじゃ。
これをそのままグライブに説明する。
すると、つい笑ってしまう程に間抜けな表情を見せた。
「ほ、本当にそんな事出来るのか?」
「出来るとも。なら、軽い衝撃を与えるから味わってみるが良い」
「あ、あぁ」
グライブは詠唱を始める。
「えっと、じゃぁ……『炎の神よ、炎の加護をお与えください』」
ん?
倒した男とは少し詠唱が違うようじゃが、同じ魔法を使った?
「発動、《ストレンジ》!」
グライブの身体が、赤い光の膜に覆われた。
どうやら無事に魔法が発動できたようじゃな。
「リューゲン、この魔法は《ストレンジ》。炎の神のご加護を頂く事で、攻撃を最大三回まで無効化する炎属性の初級防御魔法だ。これは物理攻撃・魔法攻撃関係なく無効化出来るが、攻撃の威力によっては一回無効化したら効果が切れてしまうっていうのが最大の弱点だ」
ほう、《ストレンジ》という魔法は、そういう効果があったのか。
しかし魔法が使えない儂からしたら、こんな破格な効果が初級魔法というのだから、驚愕だ。
つまり中級や上級といった上位クラスの魔法になると、もっととんでもない効力があるという事なのだろうか?
うぅむ、好奇心が疼くの。
「準備完了だ。本気でやるなよ!?」
「安心せい、軽くじゃ」
儂は右掌をグライブのみぞおちに添える。
添えただけでびくりと身体を震わせるグライブ。まだ何もしておらん……。
さて、ならばみぞおちに衝撃を与えるか。
儂は右足を上げて、力一杯地面を踏み締めた。
そして同時に右掌で、グライブのみぞおちを瞬間的に押し出す。
「ぐほっ!?」
瞬間的に押し出した瞬間、彼のみぞおちには勢いの良い衝撃が伝わったはず。
きっと今グライブは、形容しがたい胸の奥からじわじわ広がる苦しみに襲われているだろう。
その証拠に、身体をくの字にして胸を苦しそうに押さえている。
「どうじゃ? 衝撃の凄さを味わったじゃろう?」
「うっ……。ダメージは一切発生してないけど、身体の内側が何か、ヤバイ……」
語彙力が少なくなっているのぉ。
恐らく《ストレンジ》で衝撃は緩和されただろうが、みぞおちというのは恐ろしく衝撃を身体の内側に伝えやすい部位。あまり衝撃の緩和が意味を成さなかったのじゃろうな。
実は儂は、よく言われている《
よく浸透剄は人間の体内にある気を、相手の体に流して絶大な破壊力を産むと言われている。
だがこれは大きな誤りだったりする。
正体は、人間の行動によって産まれた運動エネルギーを、上手く掌に乗せて衝撃として押し込んで相手に打ち込んでいるものじゃ。
儂が地面を踏み締める行為、これだけで儂の身体の様々な部位が回転運動をしていた。
このエネルギーを利用して、効率よくエネルギーを使って衝撃をグライブのみぞおちに食らわせる事が出来た。
やろうと思えば、この技術で相手を転倒させる事も可能じゃ。
訓練すれば、誰でも放てる技なのだ。
ふむ、防御系魔法の対抗策として、衝撃はかなり使えるかもしれんな。
打撃が通じなかった場合、衝撃で内部を破壊するのは有りだろう。
我が流派は、衝撃を利用した技が非常に少ない。
今の肉体であれば新しい技を開発する事が出来る。
まだまだ儂は、強くなれる。
極めたと思った技は、伸び代があると確信した。
「けほっ……。衝撃の凄さは身を以てわかった。でももう一つ聞きたいんだが、どうやってあの攻撃スキルを避けた!? あんな目に見えない攻撃を普通は回避出来ないぞ!」
全く、質問攻めか。
まぁ答えてやるがの。
「簡単じゃ。まず第一に儂と距離を取った。その時点で遠距離攻撃である事は容易に想像出来た」
「よ、容易か?」
「容易じゃろう? 発想を膨らませろ。明らかに剣のリーチが届かない位に距離を取った。魔法を使うのかと思ったが剣を振り上げた。つまり、攻撃スキルは剣の斬撃を飛ばすスキルだと確信した」
「いや、だから、それで普通確信出来ないだろう」
いやいや、だって剣と魔法とスキルが蔓延っている異世界じゃぞ?
地球での理とは違う理が存在しているのであれば、地球での常識は捨てて想像を広げるしかない。
そうして導き出されたのが、今回の《
まぁ、もう一つ要因があるがな。
「野次馬が儂らを囲んでおったろ?」
「ああ、囲んでいたな」
「奴が攻撃スキルを放とうとした時、儂の背後にいた野次馬がいなくなったんじゃ。つまり儂の背後にいては非常に危険な攻撃という訳じゃな」
まるでモーゼの十戒のように、人だかりが割れたからのぉ。
野次馬がまさか情報をくれるとは思ってもみなかった。
「以上の事から、斬撃を一直線に飛ばす攻撃スキルと判断出来たので、奴が剣を振り下ろしきる直前に左に飛んで余裕をもって回避しただけじゃ」
それでも、あの威力は凄まじかった。
読み違えたら、間違いなく死んでおった。
正直鳥肌が立ったの。
「…………」
グライブが口をだらしなく開けて沈黙してしまった。
ううん、そんなに儂の発想はおかしいのかの?
むぅ、納得いかんのぉ。
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