第2部 残念美少女、森の異変を知る

第64話 残念美少女、遠足に行く6 

「レイチェル! 心配してたのよ。管理人さんのお手伝いしてたんだって? 部屋に平民の生徒がいないから、寂しかったのよ!」 


 ロッジに帰ると、メタリがいきなり抱きついてきた。


「今日は、ロッジに泊まれるから。明日は、実習試験があるんでしょ?」


「そうよ。遺跡まで行って、そこに置いてあるものを取ってこないといけないの」


「実習は班ごとなの?」


「いえ、班の中にいる同じ学年の人がチームを作るの。私たちの所は、あなたと私、アレク、マンパ、ナティンの五人ね」


「平民と貴族は別行動なのね」


「そうよ。先生たちは、全員、貴族のチームにつくの。その上、向こうは学年全員で一つのチームを作るのよ」


 平民の生徒は、命まで軽視されているようだ。

 私とメタリは、明日に備え早めにベッドに入った。

 ここのところ修行でゆっくり寝ていなかった私は、横になるなり眠りに落ちた。


 ◇


 実習試験当日。

 生徒たちは、早朝から宿泊所敷地の中央にある広場に集まった。

 集団が二つあるのは、貴族と平民に分かれているからだ。

 前に置かれた演台にハイラク先輩が立った。


「今日は、これまでの実習のまとめとも言うべき、実習試験だ。遺跡まで行き、自分のチーム名が書かれた品物を持って帰るのが目的だ。これまで学んできたことを、実地で活かしてくれ。安全面には、十分気をつけること。単独行動しない事、ワンドは常に取りだせるようにしておく事。この二点だけは絶対に守ってくれ。地図と狼煙のろしは各チームに配ってある。道に迷ったと思ったら、そこから動かず、狼煙を焚いてくれ。では、チームごとに出発だ」


 ハイラク先輩の太い声はよく通った。

 各チームが円陣を組み、それぞれ出発前の打ちあわせをしている。

 

「じゃ、私たちのチームはどうする?」


 メタリがチームメートを見回す。

 アレク、マンパ、ナティンが首を傾げる。


「どうするって何を?」

 

 真面目なマンパが問いかえす。

  

「ほら、冒険者たちがやってるように、前衛とか後衛とかよ」


 メタリの説明は、私にはよく理解できない。


「みんな魔術師だから、全員後衛でいいんじゃない?」


 アレクが、眼鏡を指で押しあげながらそう言った。


「それじゃあ、意味ないじゃん! 私とレイチェルが前衛で、あんたたちが後衛、分かった?」


「いいよ」

「まあ、いいけど」

「それでいいんだな」 

 

 メタリの強引な決めつけに、男子たち三人、マンパ、アレク、ナティンが答えた。


「では出発ーっ!」


 メタリの元気な声で、私たちは宿泊所を出発した。


 ◇


「ハアハア、まだ着かないの?」


 一時間もたたないうちに、メタリが立ちどまりがちになる。

 歩くスピードを彼女に合わせている私たちのチームは、当然、他から遅れがちになった。

 他のチームの背中はもう見えない。


 森の中を通る道は思ったより整っており、道の上を通る限り、地面の凸凹もほとんどなかった。

 恐らく魔法を使い路面を整地しているのだろう。


「もう少し行くと、水場があるみたいなんだな」


 地図を広げたナティンがそう言った。


「あ、あと少しね。とにかく、がんばりましょう」


 メタリが疲れた足をひきずりながら歩きだす。

 地図で見るかぎり、目的の遺跡までは、まだ半分も来ていない。

 左手に別れ道が見えてくる。 


「ここを左に曲がると、水場があるんだな」


 ナティンの言葉に従い、チームは水場への細道に入った。

 左右に迫る高い木々はうっそうとしており、見通しが悪かった。

 鳥の声や何かの音が聞こえるたび、メタリ、アレク、マンパの三人はビクビクしている。

 やがて、水音が聞こえてくると、前方に小さな滝が見えてきた。


「やったわ、水場よ!」


 急に元気になったメタリが早足になる。

 水場は十メートルくらいの高さがある細い滝が急斜面を流れ落ちており、その下に五メートル四方くらいの滝壺があった。

 滝壺からは、澄んだ水が小川となり右手の森へと続いている。

 水場の周囲では、五か六つ、他のチームも体を休めていた。

 

「キモチイー!」


 メタリはさっそく小川の水で顔を洗っている。


「すっごくおいしいね!」

「ほんとだ!」


 マンパとアレクは、両手ですくった水を飲んでいる。

 ナティンは平石に座り、靴をぬいで足を小川につけている。

 私もその横に並び、素足を小川につけてみた。


「冷たいけど、気持ちいいね」


「そうなんだな。故郷を思いだすんだな」


 少し休んだ私は、チームのみんなから水筒を集め、滝の水でそれを満たした。

 各自に水筒を渡そうとしたとき、さっきまでそこにいたナティンの姿が見えないことに気がついた。

 

「あれ? ナティンはどこ?」


「そうね、どこかしら?」


 メタリも、首を傾げている。


「今しがた、滝の向こう側にいたんだけど」


 マンパが私たちから滝壺をはさんだ向こうの森を指さした。

 

「ちょっと見てくる」


 私はそう言いのこし、森の中へ入った。

 立ちならぶ木々により、視界は悪い。

 私は修行を思いだし呼吸を整えた。


 やがてある方角に気配を感じ、そちらへ向かう。

 元々気配には敏感な私だったが、修行の成果だろうか、広範囲に気配を探れるようになっており、しかも気配の数まではっきり分かるようになっていた。

 その一つは間違いなくナティンのものだった。


 近づくと、木立の向こうから声が聞こえてくる。


「この前は、えらい目に遭わせてくれたな!」


 木陰からそっと覗くと、四人の少年たちに囲まれたナティンの姿があった。


「よく意味が分からないんだな」


「お前、俺たちがお前をイジメてるのを凶暴な女にチクっただろう!」


 それは、以前、ナティンに魔法で水玉をぶつけイジメていた貴族の少年だった。


「イジメてる? やっぱり、レイチェルさんが言った通りだったんだな!」


 ナティンは、この瞬間まで、彼らにイジメられていたと信じていなかったらしい。

 人がいいにもほどがある。


「今日は、ここのところ溜まってた分もイジメてやる!」


 少年たちが、ワンドを構えようとする。


「ぐえっ!」


 丸っこいナティンが、見かけによらない素早さで正面に立つ少年の鳩尾みぞおちに拳をめり込ませた。

 崩れ落ちる仲間を見た、残りの少年たちが呪文の詠唱に入る。

 ナティンはさらに一人、腹部に蹴りをくらわせ、その少年を倒した。

 しかし、残りの二人は、すでにワンドの先に水玉が浮かんでいた。


「「喰らえっ!!」」


 二人の少年は、声を合わせワンドを振ろうとした。

 しかし、お互いの頭部を強くぶつけた二人がカクンと地面に倒れる。私が二人の襟首を掴み、それぞれの頭をぶつけたからだ。

 

「レイチェルさん」


 ナティンは声も荒げず、いつも通りの口調でそう言った。


「ナティン、大丈夫?」


「うん。レイチェルさんが言ってたとおり、ボクってイジメられてたんだな」


「あははは、でも、もうイジメられないと思うよ」 


 私は、彼の二の腕をポンポンと叩いた。


「さあ、こいつらどうしようかしら」


「水場に運ぶんだな」


 そう言いながら、ナティンは、二人の少年をひょいと両肩に担いだ。 

 全く、見かけによらない少年だね、彼は。


 私はナティンに聞こえないよう、小声で魔闘士レベル1の呪文を唱えると、やはり両肩に二人の少年を載せる。


「じゃ、帰りましょうか。きっとメタリが心配してるわ」


 私たちは、二人並んで水場へ向け歩きだした。

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