第63話 残念美少女、遠足に行く5
呼吸法の修行は、予想以上に辛かった。いや、もう過酷と言うべきレベルだった。
見学モードのときは、お爺さん、適当にアドバイスしていたらしい。
本当の修行となると、わずかな呼吸の乱れも許してもらえない。絶えず厳しい指摘を受け、私の精神はガリガリ削られていった。
幼いころ田舎のおじいちゃんから厳しい修行を受けていなかったら、一日とたたず挫折していたに違いない。
三日目の夕方、やっと別の修行が始まった。
トゥルースさんの小屋は洗濯ものが干せるようなロープが渡してあるのだけど、おじいさんは、それに古びたシーツっぽい布を掛けた。
「一度しかやらんから、よく見ておくんじゃぞ」
彼はそう言うと、自然体で布の横に立ち、それに開いた右手を添えた。
プシュッ
そんな音がした。
おじいさんが、布から手を離すと、そこには丸い穴が開いていた。
「呼吸が整っておれば、これができるはずじゃ」
おじいさんはそれだけ言うと、まるで私などいないようにまた日常生活に戻った。
試しに、布に手を当て同じことができるか試してみる。
当たり前だが、布はピクリとも動かなかった。
私は、食事以外の時間は全て呼吸法の練習につかった。寝ている間も、無意識で呼吸が整えられるように、イメージトレーニングも取りいれた。
六日間、つまり遠足の期間が半分を過ぎたころ、ちょっとした拍子に手を当てた布がピクリと動いた。
お調子者の私はそれだけで嬉しくなり、さっきの感覚を忘れないうちに、何度も挑戦してみた。
布の動きが段々大きくなる。
ついに、コツのようなものをつかんだらしい。
それは、自分の中にある気だけではなく、大きな気の流れを意識するというものだった。
空や森、地面にある気のエネルギーを意識し、それが自分の身体というレンズを通して手と布の接触面に集まるようなイメージを作る。
バフッ
とうとう布が大きく向こうへ膨らんだ。
「できたようじゃな」
トゥルースお爺さんは、初めて微笑んだ。
「まだ、布を貫けないんですけど」
「ふぉふぉふぉっ、それはこれからの修行次第じゃな」
お爺さんは、骨っぽい手で私の頭を撫でてくれた。
「しかし、ツブテ嬢ちゃんは、よほどよい師匠について修行してたのじゃな。まさか、こんなに早く、『布通し』ができるようになるとはな」
「布通し?」
「ああ、ワシがあの修行につけた名じゃな。ちょうど、お友達は明日から実習試験みたいだから、それには参加するとええ」
「実習試験?」
「森の奥にある遺跡まで行って帰ってくる行事みたいじゃな」
「あ、そうだ。ここに来る途中、魔獣に何度か襲われました」
私は、ゴリラバッグに入れておいた狼に似た魔獣の死体を出した。
マジックバッグの中は時間がたたないのか、死体はまだ温かかった。
「おや、これはフォレストウルフじゃな。ここに来る途中に襲われたと言ったか?」
「はい、そうです」
「それは妙じゃな。こやつらは、森の奥深くから出てこん魔獣じゃ。ちょっと先生方に知らせてこよう」
お爺さんは小屋を出ていったが、間もなく帰ってきた。
「頑迷な教師めが! この危険が分からんとはな。どうするかの。直接、学園長に知らせればよいのじゃが……」
魔闘士の力を解放すれば、森の中を走り、学園まで行くのは簡単だからね。
彼は少しの間、目を閉じ考えているようだった。
「よし、せっかく修行したのじゃから、実戦でそれを試すかの」
なんか、嫌な予感がする。
「実習試験に参加して、みなを魔獣から守ってみい」
「だけど、魔獣の様子がいつもと違うんでしょ?」
「うむ。ワシの予想じゃと、最悪の事態も考えられる」
「最悪?」
「ああ、スタンピードじゃ」
「スタンピード?」
「魔獣の大群が暴走することを言うんじゃよ」
「そ、そんなのどうやって止めるの?」
「止める必要は無いぞ。学園の仲間を守るだけでよい」
「でも、魔獣はどうするの? 学園に残った人たちや、街を襲わない?」
「襲うじゃろうな」
「ど、どうすればいいの?」
「心配するな。そちらはワシがなんとかする」
「トゥルースさん一人で?」
「ああ、そうじゃ。その時は、嬢ちゃんも修行として手伝うのじゃぞ」
「ええっ!?」
「スタンピードは、魔獣が一団となって移動するからな。それがここを通り過ぎてしまえば、ここにいる限り、生徒たちは安全じゃよ」
「そ、そうですか」
「明日、学園生が森の奥に入りなどすれば、それがスタンピードのきっかけになるじゃろう。嬢ちゃんがしなきゃならんのは、お友達が魔獣に食べられないようにすることじゃな」
責任重大じゃない!
そんなこと、できるのかしら?
「修行の結果が楽しみじゃな」
お爺さんはそう言うと、私を小屋から追いだした。
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