第7話花火の残像


7月26日。ターミナル駅を降りるとエクセレントな人混みであった。この日は花火大会であった。サトルは人混みを逆流して「コルク」に流れ着いた。

「こんな日はお店も混んでいるかな…。」


思った通り混んでいて、梨奈ではなくて、ヘラヘラした女の子が出てきた。彼女自身、ヘラヘラしている事を豪語していた。ヘラヘラトークをしているうちにやっと梨奈の登場である。


サトルの前で一回転してみせた梨奈は浴衣姿であった。

「いいね、白だとは思っていなかった。」

「うん。気に入っているの。先週は違う浴衣だったんだよ。」

そう言ってiPhoneに映る浴衣姿を見せながら、自分で着られるという。

「そういえばさ、浴衣って「和」なのにタバコは似合わないよ。」

サトルが徐にカバンから取り出したのは和柄のタバコ入れであった。梨奈がタバコを吸うのでタバコケースを作ってみたのである。

「ありがとう。こういうプレゼントは嬉しいよ。サプライズだね」

こういうプレゼントがもしかしたら迷惑かもしれぬと思っていたので、ウソでも良いからちょっと嬉しくなるものであった。

「前回来てくれたのは6月30日だったよね。」

その問いに対して、サトルは明確に覚えていたのだが、

「そうだったかな。」

と日にちなんて気にしていないシニカルな人を意味もなく演じる。このような意味のない演技は、功を奏さないカッコつけなのだろうと思う。


前回の来店から3週間経っている間、世の中は七夕やワールドカップもあっが、サトルが一番聞きたかったのは、LINEで梨奈がダイビングに伊豆の大瀬崎に行った話をしていた事であった。

「お客さんが知らない間に撮ってくれたの。」

iPhoneの画面にダイビングしている梨奈の姿が映し出されていた。

海の底に近づく程海水温度が下がっていく話など聞いていると、サトルまでリアルに海に飛び込んでゆく思い。

と、良い感じに会話に浸っているところで、梨奈がまた呼ばれて交代の女の人が来た。相川七瀬みたいな印象の人だ。

交代の人が来たから梨奈がすぐに退席するとおもったのだが、梨奈はその様子もなく自分の事を話し始めた。

「そういえば、この前急性胃炎になっちゃって。」

すると相川七瀬みたいな人が「そうだったんですか。」相槌をうつ。

サトルも梨奈がすぐに席を立たないので、話していて良いのか分からなかったが、

「生活リズムがくるったのか。」

と、昼間のバイトを辞めた話をしていたのを思い出して暫し話を続けていた。

なので、サトルとしては2人を指名している訳ではないのだが、女性2人に囲まれて、まるで社長さんよろしく、暫しハーレム状態なのであった。

なかなか行こうとしない梨奈はきっと、呼ばれたお客さんよりサトルと話したいのかな、と思わざるを得ないような場面であった。

それがサトルのアホな思い込みであったとしても、事実は変わらず、取り方の問題であった。


相川七瀬みたいな人とバンドの話をしているうちに梨奈が戻ってくる。サトルはこのタイミングを待っていた。

「せっかくの花火大会の日だし、夏っぽい曲を弾きたいな。」

「なんだろー。少年時代かなー。」

とピアノの傍に手頃なイスを持ってきて、まるで健気なようであった。

夏祭りという曲を弾くと、このお店の中も少し憧憬じみた懐かしき夏祭りを彷彿とさせるのであった。


席に戻ると、

「今日はまったり出来なくてゴメンね。あ、まだ一服いけるよ。」

と言って、その日はやたらと最後までサトルに時間の気を遣ってくれるのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る