第6話千本桜を奏でる間に夏になる
5回目はサトルにとり、はじめて「同伴」したのであった。
同伴とは、キャバクラの女の子とその日にお店に行く前提で、女の子の出勤前に外で会ってからお店に行く事である。
午後6時にターミナル駅で待ち合わせとは、なんとなくわくわくする思い。今日の梨奈のファッションは爽やかな水色のワンピースでかわいい。
サトルはといえば待っている間に景気良くしようと一杯ひっかけたのだが、その時のつまみにニンニクが効いていて不覚である。
しかし梨奈がギョーザバーに行きたいと言ったので、ニンニク臭いサトルにとっては不幸中の幸であった。
同伴の時間はあっという間に過ぎ去って、気がつくと梨奈の出勤時間が近づいていたので急いで「コルク」に着くと、時間が早いためかお客さんはまだまばらであった。
梨奈が着替えている間、代わりの女の子と話していると他愛もない会話で、早く梨奈が戻って来ないかな、と考えていた。梨奈が戻ってきたときは、なんだか懐かしい程であった。
この日、サトルはお店で「千本桜」を弾くべく用意していたのであった。それはもちろん、梨奈がカラオケで歌ったからである。さっそくピアノに向かうと酔っ払っているのに緊張しているのが分かった。その理由はきっとちゃんと練習してきたからであった。
弾き終わると「良かったよ!」と言ってくれる。
サトルとしては、あまり上手くは弾けなかった。この日までの2週間は練習していた。何に掻き立てられて練習していたのだろうか。
6回目。
「千本桜」をもう一回弾いたこの日にまたカラオケに誘ったらOKしてくれた。
サトルは元来、カラオケに行ったら自分が歌わなければ気が済まぬタイプであったが、梨奈は上手だったし、聴いていて楽しかった。
梨奈は最近、朝、ウォーキングしているというので、サトルも一緒に歩いてみたいと言った。朝焼けの街を歩きながら話すのは楽しそうだ。
カラオケを出たときターミナル駅を朝焼けが包んでいた。
「じゃあ、散歩しようか。」
「ううん、歩くのは1人でするよ。」
「そうか、じゃあ、ひと回りだけ歩こう。」
「いやだ。ちゃんとお家に帰って、靴を履き替えるの。」
朝焼けは、このターミナル駅だけでなく、日本中の街を照らし、世のサラリーマン、学生、この日を待ちわびた人にも、この日を拒んだ人にも、そして、徹夜のあと散歩を断られたサトルにも、平等に朝が訪れる。
季節は、明日から7月になる、それを感じさせる夏の風が街をすり抜けた。
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