第45話 最終形態?

「エリザ。思いっきり暴れなさい」

「よし来たあ」


 え? 両手を縛られている状況でエリザに暴れろだと?


 俺の心配をよそに、エリザはすくっと立ち上がった。そして両手を縛っていたロープはパリンと音を立てて割れた。そうか、凍らせて砕いたのか。それならばと俺も両手に力を入れて凍ったロープを砕けないかと手首をねじったりして見たのだがびくともしない。むしろ固くなっているので痛い。


 俺が両手を拘束しているロープと格闘している時にも、エリザはブンブンと羽音を立てて飛んでいる昆虫人間と戦っていた。


 虎の獣人、虎娘。彼女の身体能力は俺の想像をはるかに超えていた。素手のエリザは、降下して来た昆虫人間の毒針を華麗にかわし、それを掴んで地上に叩き伏せ、殴り、蹴る。数の上では圧倒的な劣勢のはずなのに、一人で昆虫人間を圧倒していた。八人、その三分の一を倒した所でカリアが叫ぶ。


「たった一人を相手に何をやっているのか。情けないぞ。お前たちは私の傍へ来い。そして私の力となれ」


 檄を飛ばしたかのようだったが、何か違う気もする。


 十数名の昆虫人間は次々とカリアの周りに集まって来た。そしてカリアの腹が急に大きくなった。スタイル抜群でスッキリとしていたお腹が、急に妊婦のように膨らんだのだ。


 カリアの腹はさらに大きく、あり得ないくらいの大きさになった。大人が一人入っているんじゃないかって位の大きさだ。


「ぐがああああああ」


 獣のような叫び声を上げながらカリアの腹はさらに膨らんだ。同時に、彼女の美しい顔は皺くちゃになって萎んでいく。


「あ……うう……う……」


 呼吸すらできないようだ。息のつまるようなうめき声を上げているカリアの腹が裂けた。鮮血を迸らせながら。


 濃い鮮血の飛沫の中には小柄な女性がいた。

 浅黒い肌と長い黒髪。


 これは、話に聞いていたカリアの姿だ。そのカリアはフィオーレさんの腹の中にいたというのか。


 小柄な、子供といってもいいカリアはグンと身長が伸びた。いや、身長が伸びたのではなく、下半身が別の何かに変化していた。その、別の何かは急激に膨らんだ。それは、異形の何か、何なんだ。


 全体的には昆虫……カマキリのようにも見える。色彩はスズメバチの黄色と黒。カマキリの頭の部分が浅黒い肌のカリア・スナフの上半身。カマキリのような二本の巨大な鎌をもち、その下側には複数の腕と思われるものが、爪があり指があるそれがうごめいている。昆虫の胸の部分には巨大な口があり、二本の大鎌で捉えた昆虫人間を貪り食っていた。


 この化け物の高さは20メートルくらいだろうか。俺たちが立てこもっていた塔よりも若干低い程度だ。カリアがこんな化け物になるなんて勘弁してほしい。圧倒的じゃないか。


 それでも諦めていないエリザは呪文を詠唱して右手から雷撃を放った。


 凄まじい轟音と共に閃光が弾ける。しかし、稲妻が直撃したにもかかわらず、化け物形態のカリアは平然としていた。


 銃士隊の生き残り、といっても隊長以下三名なのだが、そいつらは化け物カリアに対して果敢に攻撃を開始した。アサルトライフルの射撃を浴びせるのだが、カリアは平然としていた。


「RPG射撃準備。狙え。てー!」


 何処から持ち出したのか、銃士隊は旧ソ連製の携帯ロケット弾を発射し、カリアの腹に命中した。それは成形炸薬を使用し戦車の装甲をもぶち抜く強力な武器なのだが、カリアは平然としている。


 そして、城内のあちこちであの昆虫人間が飛び回っているようで、城に配置されていた正規軍との戦闘が始まったようだ。


 城内でカリアに支配されていたのはごく一部だったのか。あの昆虫人間を見たら、正規軍なら当然戦うだろう。銃士隊ですらカリアに対して発砲しているくらいだから。


「シャリア様。どうしましょうか? 私の武器と魔法では歯が立ちません」

「そうね。私も昨夜からスフィーダ様とギラーラ様の召喚で力を使い果たしてるから。もう何もできないわ」


 万事休すか。


「ねえ、壮太君」

「はい?」

「あれ、お願い」

「俺がやるんですか? 成功した事なんて一回しかないんですけど」

「一回あれば十分よ。エリザ。壮太君のロープを」

「了解」


 銃士隊の落とし物であろうか。エリザはごついサバイバルナイフを使って俺の両手を縛っていた凍ったロープを砕いてくれた。


「さあ、壮太君」

「壮太」


 シャリアさんとエリザに詰め寄られる。

 仕方がない。準備していたアレをやるしかないだろう。


 俺は懐に突っ込んでいた羊皮紙を取り出す。そこには魔法陣が描かれている。もちろん、俺が書いた適当な奴だ。


 思えば、休日の昼間に暇つぶしに魔法陣を書いてみたのが始まりだった。勇者見習いのイチゴを召喚し、イチゴを追いかけて来たヘイゼルさんと出会い、彼が呼んだ竜神族の戦士ウルファと出会い、アルちゃんと出会い、シャリアさん、エリザと出会った。


 しょうもない落書きだと思う。しかし、そんなものが多くの人と出会うきっかけとなり、また、常識では考えられない稀有な体験をすることもできた。適当な動機で、しかも邪な欲望で汚染された魔法陣だ。しかし、結果としては得るべきものだったのかもしれない。


 前回は暇つぶし。今回は起死回生。

 成功するのか。失敗するのか。


 確率的にはメチャ低いと思うのだがやるしかない。あの、化け物に食われるわけにはいかないじゃないか。


 俺は魔法陣に書いた呪文を読み上げた。


『我は偉大なる魔法使い壮太である。竜神の戦士ウルファを現世に召喚する。大宇宙の創造神の言葉に従い、我の言葉に従え。万物を織りなす超越者の導きをここに。我は全身全霊をもって呼びかける。さあ竜神の戦士ウルファよ。今ここに現れよ』


 イチゴを召喚した時とほとんど同じ呪文だ。微妙に違っているかもしれんが、細かい事は置いとけ。


 何も起こらない。

 当然だ。だって俺は素人なのだ。魔法使いではない。魔法陣も適当だ。


 死にたくないのだが、これも運命だ。

 受け入れるしかない。


 俺の心が折れかけたその時、俺の心に力強い言葉が沸き上がった。「諦めるな!」と。


 そして、晴天だった空はにわかにかき曇り、周囲は真っ暗になった。そして天から一閃の光芒が地上に突き刺さった。


「待たせたな」


 キラキラと光のかけらを振りまきながら、その中に立っていたのはあのウルファだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る