第42話 仕掛けられた人質作戦

 ……お楽しみ……の……ところ……申し訳ないが……表で……動きがある……


 氷の精のスフィーダ様だ。エリザとシャリアさんに妙なスイッチが入って、何だか変な方向に、少し嬉しいかもしれない方向にシフトしてしまったこの場の空気をガラリと変えてくれた。助かった。


 ……氷の……鏡に……映す……ぞ……


 スフィーダ様の言葉の後に、例の薄い氷でできたモニターが現出した。これはどうやら、スフィーダ様の目線をそのまま氷の鏡に、液晶ディスプレイのように映し出しているようだ。


 夜明直前って感じの暗い城内だった。空は明るくなり始めていて、それに連動して周囲もだんだん明るくなってきたのだが、そこに二頭立ての馬車が乗り込んできた。


 荷物用の屋根も幌もない馬車には数人乗り込んでいた。王都で見た傭兵といった服装の男が三人と作業服らしき服装の男女二人だ。男女二人はロープで手足を縛られており、傭兵たちに馬車から引きずり降ろされた。


 扱いが雑だ。あれじゃあ怪我をしたかもしれない。


『起きているか? イチゴ・ガーランドとエリザベス・スタウト。それと異世界の青年』


 大声で叫んでいるのは聖騎士団のクロード・ヘクトルだった。その傍には守備隊のバジル・ルブランもいた。


『お前たちが立てこもっているせいで、このリドワーン城も聖騎士団も迷惑している。そこで、お前たちはが素直に塔から出たくなるようにしたい。ちょうど、サントーレ村から連れてきた二人が、その役を担ってくれるだろう』


 サントーレ村? 聞いたことがあるが。


『知っているだろう。この二人はイチゴ・ガーランドの両親だ。アレク・ガーランドとその妻モーレ。確か、実の親ではないらしいが、この二人はイチゴを大切に育てたみたいだな』


 そうだ。イチゴの両親、この場合は育ての親になる人だ。確かにそんな名前だった。


『もうわかっただろう。彼らがお前たちを説得する。お前たちは彼らの言う通り、塔から出て来い。素直に出てくれば命は助けてやる。約束しよう』


 こういうヤツの約束ってのは破れらるためにあるようなものだろうな。いつでも前言撤回、知らぬ存ぜぬで通すのは間違いない。


『もし、出てこない場合はこの二人がどうなるか分からないぞ。そしてその責任はお前たちにある』


 ああ。それって悪役の常套句だよな。あの二人は、イチゴの育ての親は体のいい人質で、俺たちが従わなければ二人を殺すって意味だ。そして悪いのは俺たちで自分は関係ない責任がないといっている訳だ。何というか、悪役の定番っていうか、フィクションなら作者がもうちょっと何とかすべきシチュエーションだと思う。


『期限は本日の正午だ。これ以上、手間をかけさせるなよ』


 聖騎士クロードの隣にいた守備隊隊長のバジル・ルブランが例のモーゼル大型拳銃をホルスターから引き抜いて、地面に転がっている男、アレク・ガーランドの足元をめがけて数発撃った。


『射撃の標的にするか。たまには生身の人間を撃たんと腕が鈍るからな。ははは』


 これは葉月が聞くと怒り狂うセリフだ。「銃は人を守るためにあるんだ。無抵抗の人を撃つためにあるんじゃない」とか言うんだろうな。あいつなら。


 まあアレだ。聖騎士団のクロードも守備隊のバジルも、まるで絵にかいたような悪役だ。あれなら躊躇なく叩き伏せてもいいんじゃなかろうか。しかし、人質が二人もいるし、それもイチゴの育ての親なのだ。見殺しになんかできないだろう。


 この難局をどう切り抜けるのか。人質の二人を助けた上で、綺麗にこの城から逃げ出すような完璧なプランはあるのだろうか。


 すこーし考えてみたのだが、俺の拙い想像力だと、巨大人型機動兵器で城を囲んでホールドアップしろとか、そんなのしか思い浮かばない。話にならないな。


 チラリとシャリアさんの方を見る。彼女も神妙な面持ちで氷のモニターを見つめていた。


「立てこもった以上は人質を取られる可能性あったんだけど、思ったよりも対応が早かったわね」

「どうするつもりだったんですか?」

「二つの選択肢を考えていたの」

「二つですか?」

「ええ。一つは、この塔を凍らせたまま城外へと逃げる。正面突破は厳しいけど、山間部へと向かえば警備は薄いのよ」

「なるほど。では、もう一つは?」

「カリアの正体を暴く。ラウルの目の前でね」

「推理ドラマみたいに〝犯人はお前だ〟みたいにやるんですか?」

「そうね。その、推理ドラマっていうのがよくわからないのだけど、あの女の正体を暴くことができれば、みんな目が覚めるはず」

「正体を暴くって? 化けの皮を剥がすって事? あの容姿は偽物みたいだから……可能なのかな」

「ええ。気が進まないのだけど、やるしかないわ」


 確かにそうだ。やるしかない。

 シャリアさんの妹、フィオーレの体を乗っ取っているカリア・スナフをやっつけなければ。そしてシャリアさんの婚約者だったラウル・ルクレルクにも、キツイお灸を据えてやらねばならない。


「血がたぎるぜ。ひゃっほう」


 気勢を上げるエリザはやる気満々なようだ。こいつ、城の兵士や聖騎士のクロードと本気でやり合うつもりらしい。俺は何処か隅の方で小さくなっているしかない気がする。我ながら情けないと思うのだが仕方がない。

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