第41話 一夫多妻と一妻多夫
俺は目を開いた。見えているのは白く凍っている天井だ。さっきまで俺に抱き付いていたエリザとシャリアさんはいない。
「壮太、起きた?」
「良い目覚めのようね。気分はどう?」
エリザとシャリアさんだ。もう起きて何やら始めているらしい。
「凄くスッキリしてます。もう朝なんですか?」
「まだ夜明け前だけどね。これから何か動きがあるはずなので、準備しとかないとね」
動きがある。そうなのか?
いや、何か手を打ってくるのは間違いないだろう。この、分厚い氷の鎧は鉄壁の防御といっても差し支えない。つまり、正面突破は難しいから、何か他のからめ手を狙うのは当然だと思う。
その、からめ手とは何なのだろうか?
ま、俺にわかるはずはない。思いつくとすれば、人質を取って「こいつの命が惜しければ外に出てこい」って言うくらいかな。ありきたりすぎて妙案とは思えない。もし、フィクション作品で人質作戦を取る悪役がいるなら、それは作者の知恵が足りないのだ。もうちょっと工夫しないとお客が呆れるんじゃないかと思う。
「朝食を頂きましょう。ちょっと簡素だけど我慢してね」
「はい。俺は粗食に慣れているから大丈夫ですよ」
「頼もしいわね」
イチゴの姿のシャリアさんが用意してくれたのは、陶器のカップに入ったスープとビスケットのようなもの、多分非常食のレーションだ。
あまり味のないそれをガリガリとかじりながら、スープともに流し込んでいく。昨夜の食事と違って粗食だ。本当に味気ないのだが、贅沢を言っている場合じゃない。
「ところで壮太君。ハヅキって誰?」
いきなりシャリアさんに突っ込まれる。あいつのことは誰にも話していないはずなのだが。
「え? 葉月ですか?」
「そう。ハヅキって人。もしかして奥様? それともガールフレンドかな?」
「あの……何で葉月の事を知ってるんですか?」
「それはね。壮太君が昨夜うなされてたのよ。ハヅキ……ハズキ……ごめんよ……許してくれ……って感じで」
「え? そんな事を言ってたんですか?」
「そうよ。かなり真面目っぽくね」
シャリアさんは怪しく笑っているのだが、しかし、有無を言わさないといった意思を感じる。根掘り葉掘り聞かれそうだ。
「壮太。その子は奥さんなの? 彼女なの? ちゃんと答えてよ」
今度はエリザに詰め寄られる。こいつの目は笑っていない。
「あはは。葉月ってのは俺の幼馴染で、同じ大学に通ってて、隣の部屋に住んでるんだ」
「隣の部屋? 隣の家じゃなくて部屋? それ、同居してるって事じゃん。夫婦同然って事でしょ」
「いやいや、隣の部屋は隣の家って意味で、アパートっていう集合住宅に住んでるの。だから同居でもなんでもない」
「集合住宅? でも隣の部屋なんでしょ。それって同居」
「同居じゃないって。何回も言わせないでくれよ」
「ねえ、壮太って童貞なんだよね」
エリザは何で知ってるんだ。いや、どこかで口が滑ったかもしれない。しかし、童貞だとバレているなら葉月が彼女とか妻だと矛盾するだろ。
「だから……何なん?」
「一妻多夫?」
「一切……Tough?」
俺は打たれ弱いんじゃないかなって思う。絶対にタフじゃないぞ。
「何か勘違いしてそうだけど、一妻多夫って一夫多妻の逆で、妻一人で夫が複数いる家族制度の事。壮太の世界では無いの?」
そっちの事か。聞きなれない言葉なので勘違いしてしまった。
「昔は王族とか貴族なんかで一夫多妻は普通だったらしいけど、現代の先進国ではほとんどないらしい。認められているのはイスラム教の国だけじゃなかったかなあ。一妻多夫の方はほとんど聞かない。そう言えば、文化人類学の講義でこういうのがあったんだけど、サボってたんでよくわかんね」
「サボりの壮太ね」
「学業をおろそかにしているサボりの壮太」
エリザとシャリアさんの言葉がグサリと胸に刺さる。やはり、不真面目というのはどの世界でも自慢にならない……のだと。
「この国、グラスダースにおいては原則一夫一妻制ですが、王族や領主は第三婦人まで持つ事を許されています。ただし、四人目以降は正規の妻として認められず、いわゆる妾の扱いとなります。妾の子も相続などの権利は認められているのですが、そこはやはり、妾を取る事が倫理的に劣る行為だとされているので、肩身は狭くなります。イチゴ姫のように」
イチゴは確か使用人の子って話だった。つまり、イチゴの母は多分、四人目以降の妻になるのだろう。それでも子としての相続権は認められてる。どの世界においても、血縁は重んじられるって事なのだろうな。
「それでさあ。壮太って一妻多夫なの? 葉月って妻には別の夫がいて、壮太は放置されてるとか想像しちゃうんだけど」
「いや、だから結婚なんてしてないし、同居でもない。俺は確かに葉月から見れば単なる幼馴染で恋愛とか結婚の対象じゃないんだろうよ」
「あらら? 同居している妻に相手にされず、ひたすら童貞街道を進んでるって事ね」
「同居はしてないし妻でもないけど、男女関係的な方向で相手にされてないのは確かだ」
「ふーん」
何か納得したようなエリザは、ちょっと離れてシャリアさんと何かごそごそと話している。そして俺の方を見てニヤリと笑った。
「ねえ壮太」
「何?」
「もし壮太が、結婚したいって気持ちがあるなら」
「なら?」
「私が立候補してもイイ?」
「ええ?」
会ってまだ丸一日しかたっていない虎娘が何を言ってるのだ。続いてシャリアさんも口を開いた。
「私もね、婚約者があんなになっててちょっとショックなの」
「はい、それは何となくわかります。お気の毒だと思います」
「だからね」
「はい」
「壮太君は私の傍にいて欲しいの」
「はい?」
「それでね。私を支えて欲しいの。慰めて欲しいの」
「ええ?」
「この件が終わって落ち着いてからでいいから」
「えええ?」
「壮太君がエリザを選ぶのなら、仕方がないけど。もしそうでなければ……私の傍にいて。結婚してもイイ。お願い。ねっ」
この展開は何なんだ。
俺の周りで一体何が起きているんだ。
突然訪れたモテ期?
俺はこの稀有な状況にどう対処していいのかわからず、唯々狼狽していたのだ。
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