第22話 壮太は意外と物覚えが悪いのです

 百年前の勇者戦争……ヘイゼルさんが勇者の暗部と言っていたアレだな。確か倫理的な禁忌を犯してめちゃくちゃ強い改造人間を作ったけど手に負えなくなって、ヘイゼルさんのラグナリアへと援軍を求めて来たって話だったな。


「勇者としてめちゃくちゃ強い改造人間を作った話? その勇者がヤバくて手に負えなくなって、ラグナリアが援軍を出したって聞いた」

「そう、その話」

「悲惨な戦争だったの?」

「そう聞いてる。グラスダースの正規軍と王立魔法協会の精鋭が対処したけど全く歯が立たなかったらしい。大勢の死傷者が出たって」

「それでヘイゼルさんの国から援軍が出たんだね」

「そうね。私たちは医療関係の支援をしたって聞いてる。グラスダースの王都アラトフにエイリアス魔法協会があるのはそういう経緯があるから」

「概要はわかったけど、それとイチゴがどう関係してるの? ヘイゼルさんの話だと、あの大賢者……誰だっけ?」

「大賢者バリアス」

「そう、その大賢者の一族が、あの改造勇者の秘密を握ってるって」

「私も詳しく知らない。でもね、イチゴ姫の体にその設計図みたいなものが隠されているんだって。だから姫様を守らなくてはいけないの」

「設計図みたいなもの?」

「詳しい事は分からない。禁忌の魔術回路を構築するための設計図だと思うんだけど、そんな黒魔術の事なんてわかんないからね。でもね、私たちの主、アルダル・アスラ・ジブラデル様はその設計図を消さなければ、イチゴ姫は不幸を背負い込んだままになるからって言ってた」

「消せるの?」

「私には無理。でも、アルダル様ならきっと大丈夫」

「なるほど。でもさ、イチゴ姫にその設計図を仕込んだのって、誰? もしかして大賢者?」

「まただよ。壮太ってさ、人の名前が覚えられない人なの? 大賢者バリアス様の名前を聞いたのは何回目かなあ」

「そうかもしれない。かなり忘れっぽいのは自覚してます。これは多分、作者も同じだと思う」

「やだ、作者様ってそんなに忘れっぽいの?」

「巷の噂では、もう認知症だって」

「それは言いすぎじゃないかな。私の名前は? フルネームで言ってみてよ」

「エリザベス・スタウト」

「正解。じゃあ、青白い髪の私のお師匠さまは?」

「シャリア……何だっけ?」

「もう、メセラ様。シャリア・メセラ様です。忘れたらダメだよ」

「ごめんなさい」


 とは言うものの、意味不明なカタカナを並べた名前って覚えられないだろ。エリザは某国の前女王様と同じだったから覚えられたけど、他の人って本当に意味不明なカタカナ語だもんな。こっちの世界ではちゃんと意味があるのだろうけど、日本なら意味不明だ。


「あーっと、話が脱線した。イチゴ姫に設計図を仕込んだのは誰かって話だったよね。大賢者なの?」

「多分そうだって。でも事実は分からない。問題はこれまで秘密だったその情報、18年も秘匿されていた情報が漏れたって事なの」

「誰が何のために漏らしたのか?」

「故意じゃなかったのかもしれない。でも確実なのは、あの化け物勇者の設計図を得て軍事力を強化しようとする連中がいるって事ね」

「それが、レグリアスの現獣王?」

「そうね。リギラ大王。そして現グラスダース聖騎士団のハマン将軍」

「ええ? その人はイチゴ姫の味方じゃないの? この国の聖騎士団なんでしょ?」

「味方かどうかって話なら微妙ね。ハマン将軍は大賢者と仲が悪いみたいなの。大賢者バリアス様の庇護下にあったイチゴ姫を奪おうとしていたらしいから」

「内乱みたいなの?」

「そこまでは行ってないと思うよ。大賢者と聖騎士団の仲が悪いらしいし、グラスダース王立魔法協会の中でも対立してるらしいし」

「複雑だね」

「そう、複雑。でもね、大まかにはイチゴ姫を軍事利用しようとしてる連中と守ろうとしている連中に分けられると思うの」

「なるほど、なるほど」


 納得した風を装ってはいるが、納得できているわけじゃない。王族の姫君を軍事利用するなんて馬鹿げているし、そもそも、姫の体に設計図を仕込むなんて言語道断だろう。


 何だか釈然としないのだが、急に腹が鳴ってしまった。キュルルルルと音が出た。


「壮太。ごはん食べようか。持ってくるからちょっと待ってて」


 部屋を颯爽と飛び出すエリザだった。

 俺は改めて部屋を眺めてみた。壁も床も天井も木造だった。木の板が貼られている。部屋の隅に大きめのベッドが置かれていて、俺が座っているところだ。反対側には簡易なデスクが置かれていて、照明スタンドのようなものもある。そして部屋の中央には小ぶりで丸いテーブルと、丸椅子が四脚備えてある。


「お待たせ! 今日のお昼はパンとミルク、干し肉だよ」


 色々詰め込まれたバスケットを抱えたエリザと、青白い髪のシャウラさんが部屋に入って来た。


 エリザは手早く木製のマグカップにミルクを注ぎ、切り分けたパンに肉と野菜を挟む。サンドイッチ的な食べ物が即座に完成した。しかしそれは二人分しかなかった。シャウラさんは?


「私が気になりますか?」


 いきなり図星を突かれてしまった。この人は俺の心でも読んでいるのだろうか?


「私は済ませていますから、お気になさらずに。さあ、召し上がって下さい」

「はーい」


 元気のいいエリザだったのだが、彼女は目を瞑って深呼吸を始めた。


「強制はしないけど、壮太も私の真似をしてくれると嬉しい」


 何の事? と思ったけどエリザはそのまま両手を胸の前で合わせて祈り始めた。俺もエリザの真似をして合掌して目を瞑る。


「日々の糧を与えて下さった大精霊様に感謝いたします。また、命を捧げて下さった大地の生命に感謝いたします」


 そのまま30秒くらい固まっていたのだが、突然エリザが声を上げた。


「私もお腹ペコペコだったんだ。いっただきまーす!」


 そういう事らしい。俺とエリザは大ぶりなサンドイッチにかぶりつき、しばし黙って食欲を満たす事に専念した。塩味が効いた肉……多分鶏肉だと思うが……と、やや硬めのパンの相性はよく、また、牛乳っぽいミルクも良く冷えていておいしかった。


 俺たちが概ね食べ終わったところで、何やら外が騒がしくなって来た。大ぜいの人の叫び声や門でも打ち壊そうとでもしているのか、ガンガンと物を叩く大きな音が響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る