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 年が明けて仕事始めとなるこの日、ほぼ全社員が顔を揃える中波那は早々に体調を崩してしまい、午前中のうちに病院で診察を受けてから進退を決めることにした。それが課長から伝えられると、奈良橋と望月は残念そうに波那のデスクを見つめている。

「波那ちゃん、四年連続ならずだね」

「まだ分からないよ、午後から出勤したら問題無いんだから」

 二人の会話に、年末に失態を冒した牟礼が反応する。

「小泉さんってそんなに体が弱いんですか?」

 事情を知らない牟礼に二人が波那の持病について説明をしているところへ畠中が出勤してきた。

 居ない……入社以来毎日密かに波那のデスクをチェックしており、仕事始めのこの日に出勤していなくて少々ガッカリする。体長崩したのか? 本心では物凄く心配しているくせに、表向きは我関せずな振りをして普通に仕事に取り掛かった。


 検察に異常の無かった波那は、回復を待って午後から出勤する。

「おはようございます、今年も宜しくお願いします」

 その姿を見た望月は、嬉しそうに彼を出迎えてくれた。

「良かったぁ、今年も無事出勤できたね」

「でも午後だけになっちゃった」

「良いじゃない、出勤できれば御の字よ」

 昼食から戻ってきた奈良橋も声を掛ける。その後続々と社員たちが戻ってきて安堵の表情を見せる。

「おめでとさん、別に休んでも良かったんじゃないのか?」

 それでも決して顔色が良いとは言えないのが気になる沼口は心配そうにしている。

「仕事始めはちゃんと出勤したかったんだ」

「だからってあまり無理するなよ、今日みたいな日はほとんど仕事なんて無いぞ」

 課長も戻ってきて波那の体を気遣う。彼は改めて正月の挨拶をし、年明け早々に体調を崩してしまったことを謝罪した。

「年々病欠は減ってきてるんだ、あまり気に病むな」

「はい、ありがとうございます」

 波那は早速デスクに着いて昨年後回しにしていた仕事に取り掛かり始めた頃、午前中の外回りを終えた畠中がようやく出先から戻る。このところ報連相もきちんとできるようになり、課長に仕事内容の報告をしてからデスクに戻ると、出勤している波那を見て安心しているくせに、気持ちとは裏腹に毒を吐いてしまう。

「早速重役出勤かよ」

 その言葉にシュンとした波那はすみません……とうなだれてしまう。

「なぜそこで意地悪言う?」

「あんたホント最低だね!」

 奈良橋には呆れ返られ、望月には非難されるも、うっせぇとその反旗を一切無視していると、今度は沼口が畠中を見る。

「お前さぁ、振られた腹いせにしても醜いな」

「そんなんじゃありません」

 畠中はこの日の外回りを終えたので、午後からはデスクワークに取り掛かると何かが足元にぶつかり、それに気付いて下を見ると消ゴムが一つ転がっていた。

 誰のだ? それを手に周囲を見回す彼の視界に、緊張気味にしている波那がすみませんと声を掛ける。

「あぁあんたのか。顔色良くないな、あんま無理すんなよ」

 波那はまさかそんな言葉を掛けられると思っておらず、一瞬思考回路がフリーズしてしまう。

「あっ、ありがとうございます……」

 波那は消ゴムを受け取って畠中の澄んだ黒目を見つめていると、前回食べられなかったのにまたしてもコーヒーゼリーを食べたくなってしまった。

 この日を境に畠中は少しずつ波那に優しくなっていく。口の聞き方は以前のままだったので同僚たちには呆れられていたが、彼の中にあった苦手意識は少しずつ解きほぐされていった。

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