最終章-11 榊、最終対決でもやはりボコる

「さて、荒川彩湖公園に着いたはいいが、奴はどこだ」

 その日の夜八時。二人は荒川彩湖公園の駐車場にいた。この公園はさいたま市を流れる荒川を利用した貯水池の彩湖のほとりにあり、ソフトボール場や多目的広場もある広大な市営の公園である。

 さすがに夜は冷えるので、作業服の上にベンチコートを羽織り、二人は車を降りた。

「確かに荒川彩湖公園と言っても広いですよね。雄太さんはどこにいるのでしょうか」

 桃瀬が辺りを見渡す。

「あいつのことさ、分かりやすい現れかたする。かつての記録に天狗は雷鳴のような音を出したとか、山に灯りを灯したとかあるからな。案外派手な音や光でどっかのテーマパークのパレードみたく現れるのではないか」

「と、言うか、あそこではないですか?ソフトボール場の利用時間はとっくに終わっているのにあそこだけライトが点いています」

 桃瀬が指を指した先には煌々と照らされたソフトボール場が見える。

「なるほどな。電源は落ちているはずだから、天狗の力で点けているな」

「行きましょう、主任」

「ああ」


「よう、女連れかい? デートには似つかわしくないよ?」

 ライトアップされたソフトボール場の中央に雄太が立っていた。赤い顔、高くなった鼻、羽の生えた背中、典型的な天狗の姿となった彼は地面から数十センチ浮かび、不敵な笑みを浮かべる。

「彼女は単なる立会人だ。それより対決したいのだろう? お望み通りきてやったぞ」

 そういうと榊はずかずかと雄太に近づき、ドロップキックを繰り出す。

「うぐっ!」

 浮いていたため、腹部にキックの直撃を受けた雄太はそのまま地面へ崩れ落ちる。

「対決したいなら拳でもいいだろっと!」

 榊は間髪入れず、ヘッドロックをかける。

「ちょ、ちょっと待て、対決って普通は霊力のぶつかり合いが相場だろ⁈」

「相場もくそもあるか。霊力の対決とか、うぜえんだよ。こっちの方が手っ取り早い」

 榊はお構いなしにそのままギリギリと雄太を締め上げていく。

「主任、天狗相手でもやっぱりドSなんですね……」

 雄太はもがき、どうにかヘッドロックから逃れようとするが、榊は変わらず力を加えていく。

「俺はなあ、国家公務員になって霞が関へ行って官僚となって、国会議員と渡り合いたかったんだよって、散々子供の頃から言ってきただろ! なのに、こんな事態になって榊家の息子だからって似たような仕事するハメになったんだ! 貴様の下らねえコンプレックスのせいでなああああ!! 人の夢を壊すんじゃねえよ!」

(そうか、二人は今、初めて兄弟喧嘩をしているのか。互いにぶつかり合うことをしていなかったから。でも、そろそろ止めないと)

 桃瀬は悠希に言われたことを思い出し、声を上げた。

「主任、今回は抹殺はダメです! 封印してください!」

「チッ、そうだったな。てめえは在来種精霊だから抹殺もできん。榊の名において貴様を封印する!」

 ヘッドロックをかけた手はそのままに片方の手でベンチコートのポケットから水晶を取り出す。

「ふっ、そのまま大人しく封印されると思うのか?」

「何?」

「出でよ! ビッグ・ウォーター・マン!」

 ヘッドロックをかけられたままの雄太が、空いている手を掲げ、外来種精霊であるビッグ・ウォーター・マンを召喚する。

 その瞬間、とげだらけの体に大きな口、黄色い目の異形の者が出てきたが、瞬時に水晶に吸い込まれてしまった。

「しまった!」

 榊は失態に気づいたが、既に水晶の中に精霊が封じられた後だった。

 その隙に雄太はヘッドロックを外し、首を鳴らしながら不敵な笑みを浮かべる。

「残念だったなあ。水晶に封じられるのは一体までだ。俺がわざわざ外来種精霊を連れてきたのは洪水を起こすためではない、貴様が封印してくるを見越した身代わりだったという訳さ」

「このクソ兄貴、どこまでも他者や精霊の命を軽く見やがる!」

「さて、封印する媒体が無くなったんだ。好きに貴様を料理してやる」

 雄太が両手を合わせ、何かを唱え始めた。恐らく衝撃波のような攻撃だろう。組んだ手の辺りが光輝き始めた。

「大変、主任がピンチだわ。何か、助けになる物は……」

 慌てて桃瀬はショルダーバッグを探る。

「あ、そうだ。これを買ってきていたわ。それにこれも」


 桃瀬はバッグから品物を取り出す。急いでパッケージを破り、中身をむき出しにする。一つだけでは軽いのでいくつかまとめて輪ゴムで縛る。

「主任、うめえ棒のサバ味噌味です! 中身をダイレクトにパスします!」

 桃瀬は榊に向かってうめえ棒を投げた。

「鯖……そうか!」

 キャッチした榊は悟り、それを雄太の前に掲げた。

「うぐっ!」

 雄太は顔をしかめ、両手を合わせたまま後ずさる。やはり天狗は鯖が苦手で、それは駄菓子であっても効果はあるらしい。一旦、詠唱が途切れたためか、光が弱まった。

「しかし、封印の媒体が無い以上は時間稼ぎにしかならない。まずいな」

 榊はうめえ棒を掲げながらも焦っていた。


「主任、封印にはこれを使ってください! これもガラスほどではないですが、無機質で変質しにくい物体です!」

 そう言って桃瀬は小六法を空高く投げた。

「……そうか! 榊の名においてを環境小六法に封印する!この本の中に閉じ込められるが良い!」

 榊が封印の文言を発した瞬間、小六法は開いて光り輝いていく。

「な、本だと!?」

 雄太には予想外だったらしく、対策を取る間もなく小六法に吸い込まれ、そのまま本は固く閉じた後、地面に落ちた。その瞬間、天狗の霊力が途絶えたのか、ソフトボール場の電気も消えた。


 闇と静寂が辺りを包む。恐る恐る桃瀬が小六法へ近づいて行った。

「やりました、よね?」

「ああ、今度は名指しにしたからな。名前というのは特定するある種のまじないだ。桃瀬君、おかげで助かった。確かにこれも中性紙使用の変質しにくい物体だ」

「これ、どうしましょうか」

 そっと桃瀬は小六法を拾い上げる。

「榊家で管理するか、日記番号を打って、公文書扱いにして、さいたま管理事務所の地下書庫に『保存期間 永久』と書いて押し込むかだな」

「主任、確かに永久保存文書は沢山ありますが、妖怪入り文書の保管は勘弁してください。さすがに精霊部門うちでも荷が重すぎます。じゃ、ケースに入れておきま……」

 桃瀬が本を地面に置いた瞬間、赤い手が桃瀬の足を掴んだのを榊は見逃さなかった。

「きゃあ!」

『ただで封印されるものか、貴様の女も道連れだ』

 本の中から雄太の声がする。弟に対する執念が為せる最後のあがきだろうか。

「いかん、桃瀬君!」

 榊は赤い手を掴み、振りほどこうとするが、二人共本の中へ引きずられていく。

(このまま私たちも封印される!)

 桃瀬が覚悟しかけたその時、左腕が強く引っ張られた。ブレスレットが意思を持ったように外の世界へ引っ張り上げていく。

 そのまま勢いよく、地面に叩きつけられ、頭を打って気を失ってしまった。


「ううん……」

 桃瀬が目覚めた時、二人の姿は無かった。ただ、小六法のみが暗闇の中、地面に落ちているのみ。

「主任、まさか本の中へ⁉ 主任、榊主任!」

 本へ向かって呼び掛けるも、何も返事は無いままであった。


「む?」

 一方、見沼のコンビニ『コンビニエンス・ミヌマ』の二階。仕事を終えた竹乃はミナノ親子と夕食を取っていた。ミナノ親子はこの現代では身寄りがいないため、竹乃は親類ということにして同居している。

「おたけ様、どうしました? 今日はみずきのリクエストで作ったハンバーグ、口に合いませんでした?」

 ミナノが不安げに尋ねてくる。

「いや、美味いぞ、現代の料理もこれだけ作れるとは腕を上げたな。これなら再婚相手がすぐに見つかるのではないかの。今度は我もその男に会わせろ。ダメ男かどうか、判定をさせてもらうがの」

「いえ、あれは本当に自分もうかつでしたわ。学習したから次は……って何を言わせるのですか。そんな人はいませんよ。ところで、急に声を上げるから何かおかしなことでもありました?」

「ああ、すまない。どうも、“我の部屋”に何か引っ掛かったようだから取りに行ってくる」

「ああ、ならば市役所にも連絡しておきますね」

「うむ、そうだな。交通事故にあって、打ち身とむち打ちでしばらく休むとでも連絡してくれ。そのくらいかかるじゃろうから。では、行ってくる」



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