最終章-2 兄の夢、弟の夢

「お兄さん、真面目にやっていたのに弟妹と比べられていたのですね」

 話が長引くと聞かされた桃瀬がお茶を入れながら相槌を打つ。

「ああ、子供なのだから拙いのは当然だ。慣れていけば改善するレベルだったし、不出来だった訳ではない。不真面目な俺や遊び気分でやった悠希の方がうまく行っていたのが異常なんだ。だが、父は出来の良い俺や妹しか見ていなかった。だから、兄は悔しかったのだと思う」

「私の場合は兄が大体優れてましたからね。素直にすごいと思ってたし、私の方が優れている科目があっても褒めてくれましたね。仲が良かったのもありますが」

 桃瀬が湯飲みをそれぞれの前に置きながら、思い出したかのように話す。

「他にも祝詞やお経の暗唱や、あやかしの知識といろいろ叩き込まれたが、適当にやっている俺の方が出来がよかった。それも兄にとっては不快だったのだろうな」



「雄太、そうじゃないだろう。祝詞を間違えると効かないならともかく、効き目が歪むことだってあるのだ。なんで覚えられないのだ。それじゃ夜中にあやかしに出くわした時に身を守れないぞ」

 今日もまた父が兄を責めている。あんな長い文章を覚えるなんて無茶だろうし、長男だからって父は厳しい気がする。第一、子供は塾通いでもしない限りは夜に出歩かないし、妖や幽霊なんて出くわさないだろう。そうでなくても塾は駅前の明るいところだから妖の類は出にくい。駅やコンビニの灯りに照らされる幽霊なんて居たらとても間抜けだと思う。

「すみません……」

「雄貴は覚えられたのにな」

 またあんなことを言っている。自分はたまたま覚えただけだ。なんで次男なのに、ここまでしなくちゃならないのだろう。そして兄と比べられてしまうのがとても気まずい。兄からの妬みの視線が痛い。

「お父さん、僕、そろそろ明日の予習したいし、宿題も片付けたいからあがってもいい?」

「ああ、雄貴はできたからいいだろう」

 こういう親でも勉強のことを理由にすると概ね許してもらえる。悠希も今日は習い事の日だから修行は免除されている。これ幸いと雄貴は道具を片付けて自分の部屋に戻った。と、言っても兄と同じ部屋だからあとで兄と顔を合わせる訳なのだから気まずさは対して変わらない。

(早く、大学行って家を出たいな。って、まだまだ十年以上先の話だけど)

 雄貴はうんざりしながら宿題を広げていた。一応、逃げる口実に使ったのだからこなさないとならない。

 そうして一時間ほど問題を解いていると雄太が部屋に戻ってきた。うつむき加減なところを見ると、今日も叱られてばかりで仕方なく今日の“稽古”は打ち切りとなったのだろう。

「おかえり」

 雄貴は宿題を解いていますという平静を装って、なるべく素っ気なく声をかけた。

「お前はいいよなあ、頭が良くて“能力”も高くてさ」

 雄貴の姿を見るなり、恨み言とも愚痴とも言えないことを雄太はぶつけてきた。

「僕はこの家を継ぐ気なんて無いよ。官僚か政治家になりたいんだ。そのためにも勉強しないと」

 目を合わせるのがなんだか怖い。宿題に集中しているふりをしてプリントから目を離さず答える。

「お前は気楽だな、好きに家を出られる。俺は長男だから期待に応えないとならない」

「そこまで兄ちゃんが背負うことないよ。いざとなれば悠希だっているし、以前はよそから養子をもらっていたのだしさ」

「そういうことを言ってるのじゃない!」

 雄太が鬼のような形相で怒鳴ってきたので、雄貴はビクッと体を震わせて黙った。とにかく兄は長男として榊家を背負うつもりで、それが当然と思っているのだ。まだ小学生なのに。

「兄ちゃんは将来なりたいものは無いの?」

 気まずさを誤魔化すように雄貴は雄太に尋ねた。

「なんでさ? 俺は榊家を継ぐ以外は考えていない」

「えっと、何か好きなことをやりたいとか、こんな仕事したいとか。それこそ野球選手や科学者とか、ゲーム関係の仕事とかさ」

「好きなことと言ったら、祝詞の暗唱をすることに能力を上げることだ」

「それが好きなことなの?」

「ああ、それがどうした」

 再びイライラしたように雄太は答えてきたので、自分はこれ以上聞いても怒らせるだけだと思い、宿題に再び集中することにした。

(兄ちゃんは生真面目すぎるんだよ)

 隣の机で雄太は祝詞の書き写しを一心不乱に始めるのを横目にして、雄貴はため息をついた。






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