第5章-4桃瀬、仕事に支障が出始める
「おはよう、ご、ございます」
肩で息をしながら桃瀬が事務室に入った。着替える時間がなかったから作業服ではなく、スーツのままだ。
「おはよう、桃瀬ちゃん。珍しいね。遅刻ギリギリなんて」
「ち、ちょっとコーヒーショップで情報拡散の恐ろしさに遭遇してました」
「?」
「おはよう、桃瀬君」
後ろから榊の声がした。
「お、おはようございますっ!」
ビクビクと振り替えると渋い顔をした榊がいた。まずい、主任にギリギリなのがバレてしまった。
「今日は来客から話を聞くだけだからスーツでもいいけど、ちゃんと余裕を持って出勤しなさい」
怒られてしまった。しかし、理由の一つが榊も含んでいるのだ。なんだか理不尽だ。
「……はい」
言い返しても仕方ない、ここは素直に返事をしよう。
「ええ、あれから患者が怖がって次々と転院してしまったのです。おかげでやぶ医者との評判が立ってしまって。うちの病院は新患がさっぱり来なくなってしまいました」
「なるほど、しかし、その声を聞いても医者や病院スタッフに異変は無いのですよね」
「はい。確かに健康的には問題無いですね」
今日の来客は病院の関係者だ。なんでもバンシーが住み着いたらしく、患者が不安に怯えているとの相談であった。
メモを取りながら桃瀬は眠気と闘う。自分の分だけコーヒーにしたが、やはり眠い。
「桃瀬君はどう思う?」
いきなり話を振られてビクッとはね上がった。まずい、聞いていなかった。
「ば、バンシーは死を予告するだけで、死そのものをもたらすものでは無かったかと記憶しています」
「その通りだ。元々病院はどうしても人が亡くなるし、スタッフが誰一人亡くなっていない。誰かがバンシーっぽい音声を意図的に流した嫌がらせの線もありますね。これはちょっと調査が必要ですね」
榊が違和感なく会話を続けるので、何とか切り抜けたらしいと桃瀬は心の中でホッとする。さすがにここまで寝られないのはヤバい。今日はドラッグストアで睡眠改善剤みたいな薬を買おう。
「バンシーより人間の仕業って、なんか妬まれることしたの?」
柏木は彼女が出来てもチャラさや不躾な所はは変わらない。いろんな意味でぶれない人だ。
「うーん、その辺りは事務員の私にはなんとも。ライバル病院との綱引きはあるようですが」
「嫌がらせの心当たりは他に無いの?」
「変化は新薬の臨床を始めたとのことで薬価の変更があったくらいですか。しかし、死亡率が高いならまず臨床はしませんし、そもそも、その新薬で亡くなった患者はいませんね」
退屈なやり取りだ。眠い。ガクンと舟を漕いでは目覚めるを繰り返している。ヤバい。
「桃瀬ちゃ……さん。お茶のお代わりを入れてきて」
柏木が見かねたのか助け船を出してくれた。
「は、はい。では失礼します」
桃瀬は湯呑み茶碗を回収し始めた。
「眠い、眠すぎる」
昼の社員食堂。昼飯をさっと食べられるうどんにして、桃瀬は突っ伏して昼寝していた。
「なんか深刻そうねえ」
高梨がアジフライ定食をつつきながら呆れたように言う。
「だから榊主任に相談すればいいのに。もうすぐ彼氏なんでしょ」
「タカちゃん、否定したいけど今は眠い。寝かせて、いや、寝かせろ」
寝不足のためかものすごい迫力で凄む桃瀬に高梨はたじろいだ。
「わ、わかったわよ。でも、真面目に相談したら?オカルトならば尚更、榊さんの分野なのだし」
「うーん、今朝遅刻を咎められたし、言いにくい」
「ありゃ、あんた、あんなに余裕だったから遅番と思ってたのに通常番だったか」
「うん、タカちゃんごめん。本当にあと十分寝かせて」
そう言うと桃瀬は寝息を立て始めた。
「こりゃ、深刻ねえ」
「桃瀬ちゃん、このところ変ですね」
事務室で昼食を食べてる二人は桃瀬のことを噂しあう。
「確かに今週はずっと眠そうだな」
「うーん、何か新しいゲームを始めたとか、深夜放送にはまった、分厚いファンタジー小説を読み始めたとか」
カツサンドをパクつきながら柏木が推理を出してきた。
「柏木、お前じゃないのだから一緒にするな」
榊もシャケ弁のシャケをつつき、緑茶で流し込みながら否定する。
「ひどいなあ」
「まあ、メンタルヘルスならば上司として話を聞いたり医者へ受診命令出せるからな。今週いっぱい様子を見よう」
「やはり精霊に狙われ続けてるからストレス抱えてるのかな。主任、ちゃんと守ってやってくださいよ」
「ああ、ちゃんと上司として話を……」
「そうじゃなくて、付き合ったらどうですか?」
「ん? どういう意味だ」
「桃瀬ちゃんとデートした噂、俺の元にも入ってますよ」
『ブフォッ!』
榊が緑茶を盛大に吹いたのは次の瞬間だった。
「うまくやりましたね」
「お、おい。何を勘違い……」
「桃瀬ちゃんは譲りますよ。俺には理桜がいますから!」
「譲るって、彼女はモノではない……」
「クリスマスまでには頑張ってくださいよ」
「ちょっと待て……」
その時、桃瀬が事務室に戻ったからそこで話は中断した。二人は弁当の残りを慌ててかっこむ。
「なんだろう? 二人ともなんだかぎこちない?」
桃瀬は昼寝から覚めやらぬ頭で不思議に思ったが、眠いのもあって詮索しないことにした。
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