第5章-3相変わらずの不眠症

 その日の晩。やはり桃瀬は寝苦しい夜を迎えていた。

(なんだか重い。かといって金縛りでもないし、なんだろう?)

 横になると何かがずっしりと胸に乗ってくる感覚がある。独り暮らしだし、猫は飼っていない。曰く付きアパートなのかと思ったが、そんな話は聞いたことがない。そもそも、曰くがあればもっと早く怪異現象が起きているはずだ。

(重い……。何なんだろう、一体)

 こんな状態では熟睡なんてできない。まるで夜の闇が実体化してのしかかってくるようだ。浅いまどろみを繰り返しては、何かの重みで目が覚める。

 一晩中それを繰り返していたので結局、またろくに寝ることは出来なかった。

 朝の光。桃瀬はぼんやりする頭を抱えて顔を洗った。眠りが浅いためか、細かな夢をたくさん見たが覚えていない。


「あれ?おはよう桃っち」

 職場近くのコーヒーショップ。朝ごはんを作る気力が無かったので、今日は外食だ。眠気覚ましのブラックコーヒーを飲んでいると高梨がモーニングを乗せたトレイを持ってやってきた。

「おはよう、タカちゃん」

「なんか眠そうねえ」

「なんだか眠れなくって」

 桃瀬はお代わりのコーヒーを注文した。勤務時間前からこんなに飲んでるようでは、仕事中に眠ってしまいそうだ。

「眠れない? もしや恋の悩み? まあ、情熱的ね!」

 なんでこうも、この子は恋ばなに結びつけるのだろうな。暇なのかしら?

「いや、恋ばなではなくて、なんとなくオカルトっぽいの。金縛りなのかなあ」

「オカルトなら、ちょうどいい相談相手がそばにいるじゃない」

「誰?」

 お代わりのコーヒーを口にしながら桃瀬は思案した。そんな人はいただろうか?

「榊主任! だって、元々拝み屋の直系じゃない」

 言われてみればそうだ。いつもドSになって外来種精霊を殴っている姿やら、うめえ棒ゲテモノ味ばかりかじっている姿しか見てないが、元はと言えば拝み屋の息子だ。実家では精霊以外にも悪霊やらなんやら退治しているのかもしれない。

「そう言えばそうだったわ」

 桃瀬が頷くと、高梨はそうでしょと言わんばかりの勢いでまくし立てる。

「そう、そうして悩み相談をして二人の絆が深まっていくのよ」

 朝から目をキラキラさせて高梨が興奮気味に語る。モーニングが冷めるぞと思いつつ尋ねてみた。

「タカちゃん。なんで、すぐに恋ばなに結びつけるのさ?」

 高梨は待ってましたという顔、つまりはドヤ顔をして言った。

「ふっふっふ。さいたま管理事務所のWeb担当、またの名を情報屋の高梨様を侮るでない」

「何よ?」

 また、下らないことだろうなと思いつつコーヒーに口をつける。

「榊主任とデートしたそうじゃないか、桃・瀬・君っ!」

『ブフォッ!』

 思わずむせてしまった。

「な、ななななぜ、そ、そそそそれを」

「むっふっふ。大宮なんぞ、私もホームだ。我が情報網を見くびらないで欲しいね、ワトソン君」

 ホームズは情報屋ではなく探偵だが、そんなツッコミは通じそうにない。とりあえず誤解を解かねば。

「ち、違うよ。主任の妹さんの誤解を解くために必要であってね」

「そんな言い訳しなくていいのよぉ。応援してるわよ」

「いや、だからね。主任のダサさ矯正計画をね……」

「いやあ、とうとう自分が最後の一人かあ、婚活に気合い入れなきゃ」

 パクパクとモーニングを食べながら高梨はニヤニヤが止まらないと言った具合だ。

「だからね、そんなつもりは無くて……」

 火消しをしようとするが、高梨の耳には届いていないようで、ひたすら自説を展開していく。

「式には呼んでよ。そこで出会いあるかもしれないし。ご馳走様っ! じゃ、お先に出勤してるね。桃っちも遅刻するなよー」

 高梨はそう言うとトレイを持ち、ゴミ箱へ片付けて朝からテンション高く去っていった。

「ダメだ、あれは情報が光の速さで拡散するパターンだ」

 がっくりと桃瀬はうなだれた。ふと、時計を見るともう始業十分前だ。高梨はフレックスの遅番だったから充分に余裕だが、桃瀬は通常番だ。

「やばっ! 遅れる!」

 慌てて桃瀬はトレイを片付けて店を飛び出した。

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