不眠症は外来種精霊の仕業?

第5章-1 不眠症の始まり

「それでさあ、桃っちはどうよ? 本当に気づいてないの? なんか浮いた話無いの?」

「別に。タカちゃんは?」

「特になーし! 占い、当たってるかも」

 ここはさいたま新都心駅近くのスポット「コクールタウン」の中にあるイタリアンレストラン。同期である庶務課の高梨と女子会をしていた。

 女子会、と言ってもメンツは桃瀬と高梨のみである。以前はそれなりに人数がいたのだが、一人、また一人と結婚していって都合がつかなくなり、いつの間にかこの二人で飲むことが多くなっていた。

「でもさあ、さっきの占い師も、出会いがあるかって聞いたら渋い顔して『努力してください』って失礼よね!」

 高梨がプリプリした顔でワインをあおるように飲む。

「そうそう、しかもチャームだかお守りまで押し付けるし。要りませんって言っても占い代と込みだからって持たされたし。ぼったくりだったのかなあ」

 桃瀬は細工がついたイヤホンジャックを手にとって掲げた。台座にキラキラした大きめのダイヤのような石が埋まっている。

「これってガラス? ジルコニアかな? ま、いいや、無くさないようカバンに入れとこう」


 女子会の前にコクールタウン内の占いコーナーで軽い気持ちで二人は占ってもらっていたのだ。その結果、高梨は惨敗、桃瀬は『あなたが仕事に夢中にならなければ』と言うものであった。そして、怪しげなチャームというか、どう見てもひと昔前のイヤホンジャックにしか見えないお守りとやらを押しつけられたのであった。

「これって、絶対在庫整理よね。今時イヤホンジャックなんてスマホに付けないし。それにしても夢中ってもったいぶった言い方。出会ってるとか言うの意味?」

「精霊部門には榊さんも柏木さんもいるじゃない。どっちかじゃない?」

 高梨が自分のワイングラスに手酌しようとするので、慌てて桃瀬がワインを注ぐ。

「柏木さんは……、彼女がいるから違うわねえ」

「ええ⁉ 誰、どんな人?」

「うーん、まだ成長中だから……」

「へ? 成長? まさかロリコン?」

 カプレーゼのオイルをたっぷりと付けようと苦戦しながら、高梨は不審げな顔をする。言いかけて桃瀬は余計なことを言ったと後悔した。ここは誤魔化さないと。

「う、ううん、間違えた。りょ、療養中よ。引っ越して行方がわからなくなっていた幼馴染をやっと見つけたのだけど、病気で療養中だったのよ。今は療養先にせっせと週末ごとに会いに行っているそうよ」

「まるでドラマみたいなシチュエーションねえ。その幼馴染もいいなあ、病気は気の毒だけど柏木君というイケメンに愛されて」

「そうね、ちょっとばかり年の差はあるけど」

「?」

 バーニャカウダソースをつけたパプリカを桃瀬は口に放り込む、先に野菜を沢山食べないと、きっと明日の体重計に響く。ヘルシーと謳っているいるレストランだが、冷静に考えれば和食よりも油やチーズを多用しているイタリアンをチョイスした時点で無駄なあがきだと気づくべきだった。

「あ~あ~、三十代は目の前だし、占い師の言うとおり努力して婚活しようかなあ。U-40会には誘われたくないし。桃っちはいいよねえ。柏木君はダメでもイケてる上司がいるからさ。榊さんが運命の相手じゃない?」

「榊主任?」

「そうよ~。渋いじゃない。いいなあ」

「変な味のうめえ棒ばかりかじっているイメージと、キレると怖いイメージと、ファッションだめだめなイメージしか無いわ……」

「桃っちは贅沢ねえ。そういう隙が見えることだって、榊さんが桃っちに気を許している証拠じゃないの?」

 まだ前菜なのに、高梨は酔っ払いモードに入り始めている。

「いやあ、そうは見えない」

「そばにいると気づかないものよぉ。迷っているとかっさらうぞぉ」

 どこまで本気かわからないことを高梨は言うが、この手の発言は実行した試しはない。だからお互いにフリーのままなのだが。

「うーん、イケてるかぁ」

 この間、ファッションダメダメだからテコ入れしたが、あれからどうなったのだろう。前回はちょっと買わせ過ぎたから、次の給料日まで待って第二弾テコ入れ計画は発動させるつもりだが。そうでないと、妹さんから変なおちょくりを受けっぱなしとなる。それはごめんだから自分が叩き直そうと思うのだ。


「あれ?」

「どうした桃っち」

「あそこのテーブル、なんかおかしい。一人なのに料理が山盛り」

 高梨が振り向くと、そこには一人で食事している男性がおり、テーブルの上には大量の料理が載っている。忙しなく食べているが、足りないのか頻繁に追加注文をしているようだ。

「単なる大食いの人じゃない?」

「いえ、あれはヤバいわ。ちょっと行ってくる」

「桃っち、首突っ込む方がヤバいって」

 桃瀬は男性のテーブルまで行くと声をかけた。

「すみません、突然で失礼ですが。沢山頼んでいらっしゃいますが、きちんと食べられていますか?」

 声をかけられた男性は当初ぎょっとしたが、桃瀬が出した名刺を見て納得したように語り出す。

「それが変なんだ。食べても食べても皿から料理が消えていって腹が満たされない。だからこんなに注文するのだが。もしかして何かの精霊か?」

「それ、“アルプ・ルーフラ”の仕業だと思います」

「アルプ・ルーフラ?」

「アイルランドやイングランドに生息する精霊です。別名お相伴精霊とも言って、外来種精霊の中でもかなり危険なものです。簡単に言えば取り憑いた人の食べ物を奪っていき、最終的に取り憑かれた人は餓死します」

「なんだと!」

「顔色などからして今日明日の命という訳ではではなさそうですが、急いだ方がいいです。月曜日にでもこちらの管理事務所へ来るか電話をください。細かくお話を聞いて対策を講じます。あ、それから名前と連絡先も……」

 一通りやりとりを終えて桃瀬がテーブルに戻ってきた。

「参ったなあ。業務時間後に外来種精霊を見つけちゃうなんて。しかも十条三項精霊。主任にもメールで知らせるか」

「……桃っち、仕事熱心なのもいいけど大概にね。仕事に夢中って点は当たってるわ」


 そんな一日であったためだろうか。帰宅後、桃瀬はすぐに横になったのだが、寝苦しくて寝付けない。

(うぐぐ、重い)

 金縛りだろうか。しかし、あれは少しでも動けば解けるはずだ。今回は動かしても重みは抜けない。

(なんだろう、お風呂じゃなく、シャワーで済ませたからなのかしら。それとも十条三項精霊を見つけたからなのかしら)

 結局、朝まで不快感は消えなかった。

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