番外編 榊の休日・破
「さて、まずは服ですね。いきなりブランド物では使いこなせないでしょうから、まずはルミールの中にある無印逸品に行きましょう」
桃瀬はさりげなく失礼な言葉を混ぜつつ、慣れた足取りでルミールへ進む。
「桃瀬君。ルミールって二つあるようだけど?」
榊が戸惑ったように尋ねると桃瀬が振り返って答えた。
「はい、ルミール1と2があります。
そう答えると颯爽と進んでいく。
「あ、ああ、そう」
こういう時、もうちょっと気の利いた答え方ができるのかもしれないが、自分はうまくできない。そう言えば、女性と出かけるというのも身内以外ではずいぶん久しぶりな気がする。
「さ、着きました。まずはここで見繕いましょう」
「
「何を言っているのですか!
桃瀬はこんなにSだったろうか?言葉の端々にきつさが垣間見える。
「さ、まずは冬だし、ニットとスラックスですね。あ、チェックは持ってるでしょうから除外してくださいね。迷ったらマネキンの組み合わせを丸ごといただくのもアリです! それから黒のタートルネックは一着あると重宝しますから、これは買い一択です!」
「え、えーと」
いきなり言われても何がなんだかわからない。確かに店内はモノクロとネイビーやブラウンなど落ち着いた色合いの服が多いが、榊に取っては大海原にボートで放り出された気分だ。
「あ、迷うなら私がチョイスしますよ。さっきも言ったけど、ここは大事故にはなりませんから。サイズはMでいいですね?」
そういうとてきぱきと服を選んでいく。榊にはさっぱりわからない世界だから、置いてけぼりをくらった感じだ。ポカーンとしていると不意に桃瀬が戻ってきた。
「はい。試着室へ行って下さい」
唐突にポンと服を何着か手渡される。
「え? し、試着?」
「そりゃ似合うかどうか以外にも、既製品はサイズが微妙なケースありますからね。一説にはレディースのMサイズはSサイズに近いMやLサイズに近いMなど二十種類あるといいますから。じゃ、待ってますからいってらっしゃいませ」
戸惑いつつも、服を抱えて試着室へ入って、ようやく静けさがきた。
ぼさっとしてもなんだからニットとスラックスを試着する。サイズはとりあえず問題ないようだ。
(あんなにパワフルなやつだったのか。いや、いつぞやのバンパイアにキレてたこともあるから片鱗は見えていたのだな)
「今日は逆らわない方が良さそうだな」
『そうそう、女には逆らわないこと!』
こんなところにまでピクシーが飛んできた。掴んで外へ追い出すと試着を始める。精霊は普段は施設内には入らないはずなのだが、誰かが窓でも開けていたのかもしれない。
「精霊にまでツッコミ入れられるとはな」
「どうでしたか?」
圧倒的な勢いに押されるように、榊は服を掲げた。
「ああ、これとこれを買おうかと」
「じゃ、レジ通してください。私が買わない服を戻してきますね。次は2階のDERMSへ行きましょう!」
ぐいぐいと予定を押してくる。この調子で一日が終るのか、榊は不安になってきた。
「はあ、午前中はこんなものっすね」
ランチは桃瀬おすすめという喫茶店『公爵邸』で取ることにした。
「ここは老舗の喫茶店なんですよ。二十四時間営業で、いつ店主が寝ているのかとテレビで紹介されたこともあります」
老舗だけあって、店構えも店内も昭和レトロと言った風情である。ワイン色の革張りソファに腰掛けた二人はメニューを手に取った。
「へえ。メニューに“大宮スパゲッティ”とあるな」
榊が興味深げにナポリタンの写真を指差しながら感嘆の声をあげる。
「ええ。大宮は今、スパゲッティを名物にしよう売り出しているのです。と、言っても中身は店ごとに違いますよ。ここのお店はナポリタンが売りです。具材がちょっと変わってますが、ちゃんと味はナポリタンですね」
「セットもいろいろあるな。このプリンセスセットは安いな。ナポリタンにフレンチトーストにから揚げ付きで千五十円か」
榊が頼む気満々だが、桃瀬が手で制した。
「ここは通常でもデカ盛りですよ。それはプリンセスというけど、体育会系の大学生でも難攻不落な量だと思います」
「そうか、なら食べるか」
「……人の話を聞いてます?知りません。」
桃瀬の制止を振り切り、頼んだ『プリンセスセット』は確かにすごいボリュームであった。二、三人前はありそうなナポリタン、フレンチトーストが二枚、から揚げが二個。その上でサラダとスープがついてくるから、相当な量だ。
「だから言ったのに……。え?」
「ふむ、ニラやパプリカ、イカまで入っているが確かにナポリタンだな。なかなか旨い」
もりもりと榊は食べていき、あっという間に完食した。
「うそぉ……」
食後に頼んだコーヒーを飲みながら桃瀬が呆れるやら感心している。ナポリタンでカロリーをたくさん取ったためか、彼女はブラックコーヒーだ。榊は自分の分だけ砂糖とミルクを入れた。
「そりゃあな。精霊を倒したり、素手で掴むのにもエネルギー使うからな」
「ああ、だから悠希さんも大食いと言っていたのはそのためですか」
「まあな。だから榊家のエンゲル係数は高いな」
「榊の家の人ってすごいと思っていたけど、苦労も抱えているのですね」
「ああ、いろいろとな。俺は最初から家を継ぐ気は無かったが、兄妹そろって修行させられたな」
「そうだったのですか」
「ああ、一部の親戚が勝手に俺に継がせればいいなんて言い出すから、慌てて就職したんだ。俺は元々公務員になりたかったからな」
「それはキレた時の台詞でわかります」
「しかし、それがあいつのプライドを傷つけたのだが」
「あいつ……?」
「……」
いけない、また聞いてはいけないことに触れてしまったと桃瀬は気づいた。実家のことに触れるとドSになる榊が黙り混むとは、相当深刻な問題に違いない。
「あ、そ、そう言えば、柏木さんは今頃、理桜さんと会っているのですかね」
慌てて話題を反らす。
「ああ、あいつはもしかしたら秩父へ異動希望出すかもな」
「そうですね、そうすれば理桜さんに頻繁に会えますものね。それにしても柏木さんは一途だったのですね、意外でした」
「それもそうだな。あちこちナンパするチャラ男だと思ってたのだがな」
「ずっと心の中に理桜さんがいたのでしょうね。そこまで愛されるって、なんだか羨ましいな」
桃瀬がそう言った瞬間、なぜか榊と目が合った。
「そっか、羨ましいか」
なんか誤解されている。これではまるで、自分が柏木に好意があって羨ましいと言っているようにも聞こえる。
「あっ! いえ、違うんです。柏木さんは年下だけどお仕事では先輩であって、そんな感情は持ってないです! なんとなく、その、ほら、恋愛映画みたいで憧れるな、って、そのっ!」
慌てて桃瀬が打ち消す。何を慌てているのだろう、自分。
「女性ってそんなものなのか?」
「そ、そうですっ!」
「そうか。なら、良かった」
「え?」
「……」
「……」
何が良かったのだろう。なんだか微妙な空気になってしまった。なんだろう、さっきとは違うこの沈黙。
沈黙を破るように榊はコーヒーを飲み終えて伝票を取り、ジャケットを羽織って財布を出した。
「さ、午後の買い物に行くのだろう? そろそろ行こう。次は何かな?」
桃瀬は最初の目的を思い出したようにはっとした。そうだ、今日はこのファッションダメダメ上司矯正計画の真っ最中だった。
「そうでした! そのお財布もリニューアルしましょう! ちょっとデパートのどれかに行きましょう。そのマジックテープ財布では中学生並みです!」
またしても『支払いは任せろー! ベリベリ!』のAAを再現してしまったのに榊は気づいた。
「……マジックテープ財布ダメかなあ」
「その財布で会計されるくらいなら、ここは私が支払いますっ!」
「たはは……」
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