第4章-11 榊の妹
イフリートの調査を始めて数日が経った頃、一人の女性が事務室を訪れてきた。
「こちらが、精霊部門と聞いたのですが?」
年の頃は二十代半ばくらい。赤く染めたロングヘアをオレンジ色のバレッタでまとめてあり、ショートコートにボアのロングブーツを履いている。
掲げているカバンは国内のブランド『協奏曲』の物だ。よく見ると服も全て同じブランド『協奏曲』で統一してあり、品の良さを醸し出していた。
「あの? どちら様ですか?」
桃瀬がきょとんとして尋ねる。
「ああ、失礼しました。私、榊の妹であり、榊家の第十六代目当主の榊
「主任の妹さんだったのですね、失礼しました」
桃瀬はお茶を悠希の元へ運びながら非礼を詫びた。
「へえ、妹さんがいたんだ。柏木と言います。主任にはいつもお世話になっています」
柏木がまじまじと悠希を眺める。いつもだったらナンパでもしかねないが、イフリート問題に取り組んでいるためか真面目だ。
「はい、不肖の兄達に代わって家を継ぎましたの。おかけで婿取りしなきゃなりませんわ」
「兄達?」
桃瀬が気になって復唱してしまった。複数形ということはもう一人いるということだ。
「ええ、雄貴兄さんはこちらに就職したし、雄太兄さんは……」
「悠希、余計なことは喋るな」
榊の制止にお構い無く、悠希は別にお茶をすすりながらペラペラと喋り続ける。
「まあ、お父様やお祖父様は早く婿を取れ取れと煩いのですが、私はそんなの真っ平ですわ。兄さんには家に戻って貰えないかしら。それか、さっさと結婚してくれて産まれた子どもを養子に貰うかですわ」
パワフルというか、アグレッシブな女性だ。なんだか気圧されてしまう。
「桃瀬さんでしたっけ? 兄さんとどう?」
唐突に話を振られて、桃瀬はお盆を取り落としてしまった。な、何を突然言うのだろう。
「今時、お婿に来てくれる人なんていないですもの。しかも一般男性だと相手が気後れするのよね。男性当主が一般人を娶るならまだしも、男女逆だとうまくいかなくて。兄さんもいい年ですし、さっさと結婚しないと一生独身コースなのは目に見えてるし」
「わわわわ、私は、そ、その」
桃瀬はすっかり想定外の質問に固まっていてさながら蛇に睨まれたカエル状態だ。
「あら、あなたがお義姉さんなら楽しそうですわ」
「悠希、いい加減に黙れ。で、頼んだ物はできたのか」
榊がギロリと睨む。
「おお、怖い。ちゃんとそちらの依頼の一環で来たのに。まだこれからですけど、柏木さんにいろいろ聞こうと思いまして」
「俺?」
突然、話を振られた柏木はびっくりした様子で頭を上げる。
「ええ、武器はエアガンは使いこなしているようですけど、他に武道は嗜みますの?」
「うーん、剣道を高校時代に部活でやってたかな。あとは普段はジムで筋トレをするくらい」
「あら、じゃ、体力あって剣道を嗜んでいたと。あと、身長はどのくらいですの?」
「百八十センチです。」
「ふむふむ。ところで、野球みたくコントロールが必要なスポーツはしていました?」
「うーん、友達との遊びで野球をちょっとしたくらい。コントロールは人並みかな」
「ふむ、コントロールは人並み、と」
悠希は手帳にすらすらとペンにて記入している。電子手帳ではなく、昔ながらの紙とペンを使っているのは珍しい。
「ごめんなさいね、私は紙に書いた方が頭の中がまとまるの。ちょっと時間かかるけどね」
周りの考えを見透かしたかのように悠希が誰にともなく答える。
「ふむ、ならば……よし!」
悠希は手帳を眺めた後、ページをめくり、新たに何かを書き出す。それをピリッと破き、柏木に手渡した。
「エアガンでは威力が足りないこともあるから、新たな対イフリート武器をこれから作りますわ。それまで、こちらに通って腕を磨いてください」
メモを見た柏木が凝視したあと、唖然とした顔で悠希に問い直す。
「こ、ここへ行くのですか?」
「そう、話は通しておくから今日の夕方からでも行ってください」
「お、俺、未経験ですよ⁉」
「ええ、でも理桜さんの仇を取りたいのでしょう? 兄さんから聞いたわ」
悠希はこれまでの軽い態度を引っ込め、真顔で柏木に向かって言った。
「……はい」
「いつイフリートが現れるか分からないけれど、今からでも備えないと。大丈夫、スポーツやっているし、体格もいいからすぐにコツを覚えますわ」
「はあ……」
「じゃ、私はこれから家に帰って武器の制作に取りかかりますわ。じゃあね、兄さんに桃瀬さん。お義姉さんになる件、考えてくださいね」
「え⁈」
「悠希!!」
二人の困惑をよそに悠希はさっと身支度をして、笑いながら廊下へ去っていった。
「ったく、あのバカ妹。すまないな、桃瀬君。あいつは腕は確かなのだが、軽いところがあるんだ」
「いえ、そんな……それにしても榊家は女性が当主なのですね」
「ああ、俺がこっちへ就職したからな」
「話からして、お兄さんがいるのですか? 私にも兄がいたのですよ。優しい兄でした」
「でした?」
過去形なのが気になって、榊は聞き返す。
「ええ、震災で犠牲になって」
「そうか……」
「主任のお兄さんはどんな人なのですか?」
「……愚かな奴だ」
榊が険しい顔になって苦々しく答える。それを見た桃瀬はこれ以上は聞いてはいけないと思い、黙ることにした。
「うへえ、毎日通うのか」
柏木がメモの内容をパソコンで検索して呟いた。
「ああ、それから柏木、イフリート討伐には俺も加わる」
それを聞いた途端、柏木が音を立てて立ち上がった。
「そんな、俺が担当です。俺と理桜の問題です!」
「いや、お前だけではなく、俺にも因縁があるかもしれない」
「因縁?」
「ああ、まだはっきりしない。だからそれを確かめるためにも俺もサポートとして加わる。いいな!」
「わ、分かりました」
榊の険しい顔と気迫に柏木も承諾せざるを得なかった。
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