第4章ー10 絆は良いものばかりではない

「なるほどな」


 夕方五時過ぎの事務室。ずぶ濡れの服から予備の作業服に着替えた一同が会していた。

「柏木さん、見える人だったのですね」

「ああ、子供の頃からそれが当たり前だった。だから震災後に周りが騒ぎだして、初めて誰でも見えるようになったとわかったのさ」


「たまに人間でも見える奴がいたの。震災前は珍しかったのだがな。確かあの公園の桜の木は市が指定した保存樹じゃったな。あの頃は皆に姿を見られなかったから、我もよく竜の姿で飛んで行っては花見に行ったものじゃ。惜しい樹であった」

 ゲストの名札を下げた竹乃がお茶をすする。

「ふむ、水道水で入れたな、今一つじゃの」

 シリアスな雰囲気を崩すかのように竹乃がお茶の感想を漏らす。桃瀬が申し訳なさそうに竹乃に謝罪する。

「すみません、さいたま市水道局の備蓄用ボトルで入れたのですが、お口に合いませんでしたか」

「そ、そうじゃったのか⁉ 市役所の人間としてはまずい発言じゃな。取り消す。」

「まあ、これも水道水の一種ですから。アクアソムリエの竹乃さんの舌は確かという事ですよ」

 ぽつりぽつりと柏木が語りだす。

「俺、あれから理桜の仇を取ると決めて、オカルト関係をずっと調べていました。精霊の話なんて、震災が起きるまでは誰も信じてはくれませんでしたけど。

 理桜が言っていた『外国の精霊が沢山いる』ことがどうにかできないか悩んでいたところ、環境省がそれらを外来種精霊として定義して、対策する部署を新設すると聞いて、猛勉強して精霊部門ここへ入りました。公務員は異動があるからずっといられないのはわかっているけど、一般人が奴と対決できる所はここしかない」

「だから、柏木さんは外来種精霊を強く憎んでいたのですね」

「ああ、あいつらも理桜を苦しめていたんだ。狩れるなら狩った方がいい」


「しかし、無謀だな」

 榊は冷静に柏木をバサッと切り捨てる。

「俺がおたけ様を呼ばなかったら、お前も黒焦げだった。作業服の防御のまじないなんてあれには無力だ。あれだけの敵意を剥き出しにすれば殺ってくださいと言っているようなものだ」

「……はい」

「それにお前の話だと公園の樹を次々と燃やしていたのだろう? 植えてある生木を燃やすなんて相当な力だ。役所うちにある武器ではまず無理だろう」


「そんな、じゃ、理桜の仇は……仇は取れないのですか!」

「慌てるな、柏木。消防局からの資料で傾向を分析するんだ」

 そういうと榊は引き出しから書類を取り出した。

「やれやれ、紙にプリントしたらかさ張ってしょうがない」

「主任、見せてください。『さいたま市内における不審火の傾向と分析』……結構な数が起きていますね」

「ああ、ボヤも多いが、規模が大きいケースは大抵が『魔人型の外来種精霊』の目撃がある」


 桃瀬がさいたま市の地図をコピーしたものを持ってきた。

「まずはマッピングしていきましょう。どこかに集中しているか、一直線に移動しているか、紙に書いたらわかるかもしれません」


「そうだな。でも桃瀬君、今日はショックも強かっただろうから帰っていいぞ。定時過ぎているからな」

「大丈夫です。やらせてください」

「いや、帰宅しなさい。これは上司命令だ。それから、柏木」

「は、はいっ!」

「お前も頭に血が上っている。お前も今日は帰れ。頭を冷やすのも兼ねて、明日は県立図書館へ行ってイフリートのことを調べてこい。データによっては国会図書館の資料もそこで閲覧できる。俺は……不本意だが榊の家実家に資料が無いか探る」

「はい……」

「じゃ、二人とも退庁してくれ。俺はもう少しここで調べていく」


「せっかく来たのにつまらないのう」

 二人が退庁した事務室内。竹乃と榊は調べ物をしていた。

「本当に神使いの荒い奴じゃ。一応、ここのゲストであって職員で無いのに残業を手伝わされるとはな。せっかく有休を取ったのにのう」

「水神様なら何か解決法があるかとも思って。やはり、市役所ではなくこちらの非常勤職員になりませんか?」

「断る。なぜか田沼課長から信頼されておるからな。それを無下にはできぬ」

「そうですか、惜しいですね。では、この案件に力を貸してください。火に対しては水が有効ですから」

「しかし、この炎の魔人とやらは野良というか、野性にしてはおかしいの」

 桃瀬の代わりにマッピングをしていた竹乃が首を傾げる。

「なんだか規則性があるようじゃな」

「と、言いますと?」

 榊が地図をのぞき込む。そこには出火情報を赤丸で記した線が規則正しく続いている。

「ほれ、二年前まではランダムだったのに、去年から吉野原駅を始点とし、ニューシャトル線沿いに出火しておる」

 ニューシャトルとは伊奈町の内宿駅からさいたま市の大宮駅まで走る新交通システムである。途中に博物館もあるため、利用者が多い。

「魔人が地理を理解しているということでしょうか?」

 榊の疑問に竹乃は答えずに推理を展開する。

「しかも、どんどんと南下しておるな。大宮から京浜東北線に乗り換えているようじゃ。電車に乗って移動しているわけでもあるまいに」

 竹乃が地図に点を線で結び、さらに線を引き続ける。

「そして今回の火災じゃ。この二か月はさいたま新都心駅付近でばかり発生しているの」

「……」

「マッピングからしてこの博物館のボヤや、コクールタウンの火災も魔人の仕業ではないか?それも含めて人の多い場所の火災発生がいやに目につく。今日の火事もそばに学校があったな。まだ授業中だから生徒も沢山おったろうし、人為的なものを感じるな」

「人為的……。この付近」

「もしや、お前の兄の仕業ではないのか?」

「……!!」

「タイミング的にお主がこちらに赴任してからではないかの? 意図的に魔人を出没させている……どんな方法かは知らんが、お主への挑発かもしれんな」

「あの兄貴野郎……俺は家を出たというのに……!」

 榊が苦々しく拳を握りしめているところに、竹乃はすっかり冷めてしまったお茶の残りを飲み干した。

「凝り固まっているのは柏木だけではなさそうじゃの。それに、この仮説が本当なら因縁は柏木だけの問題ではなくお前さんも関わりがありそうじゃ」

「くっ……!!」

「血縁故に向き合わざるを得ない。人間というのは難儀じゃの。ところで、お前の兄はまだ人の姿を保てているのか?」

「わかりません……。実家でも把握していないようです」

 沈黙だけが事務室に重たく垂れ込めていた。

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