第4章ー2 秋の火災予防週間
環境省の出先機関「外来生物対策課 精霊部門」は歴史が新しい部署である。
十年前の「さいたま大震災」以降、精霊達が可視化される現象が起き、その中に日本由来の精霊が少ないことに危機感を抱いた環境省が法律を制定し、全国各地の管理事務所に精霊部門を設置したのは昨年のことだ。
その一つ、さいたま管理事務所はさいたま新都心にあり、今日も職員達が公務に勤しんでいる。
「秋ですねえ。結局夏は何もウキウキすることなかったなあ。見沼たんぼの
柏木がかったるそうに伸びをしながらぼやく。
「お前、若いのだから合コンとか出会いが沢山あるだろ」
榊はパソコンから目を離さずに部下を注意する、いや、注意というよりはツッコミに近い。
「なかなかうまくいかないっすよお。クリスマスに向けて何とかしたいんですけどねえ。って、主任だってそろそろ婚活しないとヤバいんじゃないっすか。三十五過ぎると転職も婚活も厳しくなりますよ。いとこも婚活しているけど、毎回撃沈しては荒れてますよ。『いいか、三十五過ぎると男女ともに地雷しか残っていない』と死んだ目でアドバイスしてくるんすよ。自分だってその中にいるのに」
柏木は痛いところを突いてくる。彼は上司に向かってもずけずけと言う所がある。いや、竜神相手でもタメ口を利くくらいだから上司なんて目じゃないだろう。
「余計なお世話だ」
榊が睨みを利かせるが、柏木は動じない。
「はあ。中国みたいに精霊と結婚って日本にもないかなあ。あ、でも鶴の恩返しがあるなあ。あとは雪女か」
「雪女も鶴の恩返しも最後は女が去るじゃないか。それに戸籍が無い奴との結婚は大変だぞ。まず、戸籍が無いとパスポートが作れないから、一緒に海外旅行も行けない。だから、ハネムーンは国内オンリーだな。さらに母親が無戸籍だと子供の戸籍問題も起きるから戸籍を作るために法務局や家裁へいろいろ申請しないとならないし、ワクチン接種や就学にも……」
「榊主任、夢が無さすぎます。榊の家ではそういう精霊とのラブロマンスとか、言い伝えくらい無いっすか?」
「残念ながら無いな、お前の期待には沿えそうに無い」
「……そっかあ」
自分がしょっちゅう精霊に狙われているのだが、二人共それに気づいていないのだろうかと桃瀬は思ったが、会話に加わると不毛なので話題を変えることにした。
「ところで榊主任、先ほどさいたま市消防局から秋の火災予防運動のポスターが来ましたけど、なんでうちに来たのですか? 普通は庶務課に配られるのではないですか?」
「ああ、それ、今回の標語が外来種精霊に関することだからだな。広げてみればわかるぞ」
「精霊?」
桃瀬がくるくるとポスターを広げてみると、標語に『炎の精霊サラマンダーにご用心!』とキャッチコピーが書かれており、炎の中にトカゲがいて火を吹いているイラストが描かれている。思わずポスターを持ったまま固まってしまった。
「さ、サラマンダーって火災の原因なのですか?」
ポスターを広げたまま、桃瀬がつぶやく。
「ああ、消防局の調査だと火災現場にトカゲ型のサラマンダーの目撃例が多かったそうだ。今まで不審火とされてきたものも、何割かはこいつの仕業ではないかと考えられている」
「トカゲ型って、サラマンダーは炎のトカゲじゃないのですか?」
「いや、たまに炎を操る魔人型もいるようだな。トカゲ型はすぐに消えるから、魔人型のそいつが真の不審火の原因ということもあり得るな」
「それって、もしかしてサラマンダーというより、ゲームでお馴染みのイフリートですか?」
「まあ、そうとも言えるな。火災予防週間ということもあって近々、消防局から外来種精霊と火災の因果関係の調査依頼が来るはずだ。火災現場にいても、どこから発生しているかわからないからな」
「って、下手すると命懸けの調査になりそうな……」
「それ、俺にやらせてください!」
二人の会話に柏木が身を乗り出してきたので、榊はやや呆れたように柏木を見て答える。
「お前、またハンター目指すのか?」
「いえ、違います」
「ならば、何だ?」
「俺にとって、そいつは因縁の相手です」
「「因縁?」」
「同じ奴かどうかはわからないけど、決着を付けないとならない奴なんです」
二人が不思議そうに聞き返したが、いつもの軽い口調は鳴りを潜め、柏木は唇を噛み締めたまま、答えなかった。
その真剣な様子はさすがに茶化せない。二人は黙り混んでしまった。
(ここに居る間に本当に巡ってくるとはな。これで決着が付けられる)
柏木は右手の火傷の跡を眺めながら決意を固めるのであった。
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