第3章ー10 竜神様は公務員?

 そうこうしているうちに見沼田んぼの外来種精霊の一斉捕獲の日となった。

 見沼田んぼは広大である。当然、精霊部門だけでは人手が足りないので、市役所の緑地保全課の職員、ボランティアの人も含めて総勢二百人で取りかかる。もちろん捕獲する外来種精霊の数も膨大になると予想されるため、今回は特別に輸送用のトラックまで用意されており、特例でヨーロッパの某国へダイレクト移送となる予定だ。

「では、皆さん、お配りしたイラストの精霊、つまりシルフとピクシーを捕獲してください。ゴム長を着用した方はウンディーネ専門でお願いします。それ以外は今回は捕獲しませんが、どこにどんな精霊がいたかを報告していただけると助かります」

 田沼と榊が並んで説明する中、桃瀬は圧倒されていた。

「すごいわ、こんなに大規模なのは初めて」

 そんな桃瀬を見て、柏木はちょっとだけ先輩風を吹かせて説明する。

「ああ、桃瀬ちゃんは去年いなかったもんね。見沼田んぼは首都圏でも大規模な緑地だからね。外来種精霊も居心地いいらしくて沢山住み着いているんだよ」

 確かにこないだのノームの面談の時もシルフやピクシーがやたらと周りに飛んでいた。

「だから、農作業に被害が出ているとの理由で市役所はうちに捕獲許可申請出してくるんだ。まあ、どんどんと外から飛んで来るからいたちごっこになっちゃうけどね」

「はあ……。でも、それなら他の県でも同じ問題が起きてそう」

「いや、こないだ統計が上がってきたじゃない? 国内じゃ、外来種の目撃がさいたま市が抜きん出て多いね。震災の震源地だからと思うけど」

「あ、そっか」

 その統計は桃瀬も読んで確認の判子を押したから覚えている。

 世界的にも日本が精霊の目撃数が多くて、国内でもさいたま市がトップクラスだ。やはり震源地だからなのだろうか?

「そんなに多いのに、増員がたった一名ってどうよ……」

「まあ、公務員減らせバッシングが未だにあるからね。来年はまた増えるんじゃない?」

「そういえば、あのノームはどうしてますか?」

「相変わらず創作活動してるみたいよ」

「はあ……」


「道具はボランティアの皆さんは、これからお配りする虫取網と軍手をお使いください。効果は半日ですので、取れなくなったり、終了時間の四時になりましたら所定の場所へ返却してください。捕獲した精霊はお手元の籠に入れて、各々の集合地点の輸送車に渡してください。本日は暑いですので、日除け対策と水分補給はしっかりと……」

 ハンドスピーカー越しの田沼の説明は続く。そんな様子を見て、桃瀬は思わず呟いた。

「言ってはなんですが、ボランティアによるゴミ拾いと似てますね」

「桃瀬ちゃん、それは言わないお約束」


「環境省の人達ですかの?」

 不意に女性が柏木達に近づいてきた。さいたま市の腕章を着けていることから緑地保全課の者だろう。

「はい、市役所の方ですね。本日はよろしくお願いします」

「あい、さいたま市役所の臨時職員の見沼竹乃と言います。よろしく頼むぞ」


「「見沼⁈」」

 二人同時に怪訝な顔をして声を上げてしまった。こないだのコンビニの店員と同じ名字、なんとなく浮世離れした言葉使い、切れ長の端正な顔立ち、きれいに束ねられた長い黒髪。

「もしや、あなたは……」


「ああ、おたけ様。うちの部下と挨拶してましたか」

 ボランティアへ説明を終えた榊が、こちらへ戻ってきて声をかけてきた。

「おう、榊か。おたけ様と呼ぶな、竹乃で良い」

「榊主任、おたけ様って?」

 柏木が事態が飲み込めずに榊に尋ねる。

「竜神様は“おたけ様”とも呼ばれて信仰されていたからな」

「さ、榊主任、そういうことじゃなくて、この女性は……。って、おたけ様が竜神で今、この人がおたけ様って呼ばれたことは……?」

 桃瀬も頭が混乱しつつも、榊の言葉を復唱する。

「あい、お主らが探していた見沼の竜神とはわしのことじゃ。あ、人間この姿の時の名前は臨時職員の見沼竹乃じゃからな。くれぐれも内密にの。だから竹乃と呼んでくれていいぞ」

 事も無げに竹乃がさらっと答える。

「「ええええ~~⁉」」

 見沼田んぼに二人のパニックじみた叫び声が響いた。

(なんで、竜神様が市役所の臨時職員になってるのよ……?)


「「主任っ! 知ってたんですか!何で教えてくれないんですかっ!」」

 またも二人同時にハモって抗議の声があがる。

「そんなに怒るな、俺だって知ったのはつい三十分ほど前だ」

「だって、田沼さんは探したのに竜神が見つからないって……」

 桃瀬が納得いかないように不信感を露にする。

「そりゃの、我の正体を知っているのは市長と幹部クラスのみじゃからの。周りは我の事を変わった口調の“歴女”くらいにしか思っておらぬ」

「田沼さん、灯台もと暗しだったのね」

「まあ、ミナノの話で初めて我を探していると知ったのだがな。緑地保全課も係ごとに仕事が違うし、連携しておらんからの。いわゆる行政の縦割りって奴じゃ。田沼課長も探していたとは知らなんだ」

 環境省も行政の縦割りはよく言われるし、批判の的になってはいる。しかし、こんな所にも縦割りの弊害が出るとは。桃瀬はめまいがしてきた。


「田沼さん、部下が竜神と知ったらビビるんじゃないかな……」

 柏木が気の毒そうに呟く。

「柏木さん、ビビるなんてレベルではないと思いますよ」

 桃瀬はそれよりもミナノという名前に引っかかった。それはもしやコンビニの店員のことか?桃瀬は慌てて竹乃に尋ねる。

「そうだ、ミナノさんってコンビニの店員ですよね? どういう関係なのですか?」

「ミナノは……まあ、ここで固まって話ばかりしてもなんじゃ、外来種を捕獲した後にゆっくり話そう」

 確かに先導を切る立場の者が作業せずに固まって話続けていては、周りの士気にも関わる。

 榊達は各々の持ち場へ散った。

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