第3章-8 桃瀬、駆ける
「そりゃ、めちゃくちゃ怪しいなあ」
熱中症になりそうなのもあって、調査を切り上げて事務室へ戻った午後三時。話を聞いた柏木が桃瀬が買ってきた水を飲みながら唸った。
「母親の動揺した態度、みずきちゃんの言った“水の神様”。どう考えても竜神伝説のなんかと関係あるの思うのですよね。なんとか話を聞けないかと、もう一度コンビニに入って何本か水を買ってきましたが、私の姿を見た母親がバックヤードへ逃げちゃって、別の店員と交代されてしまいました」
「うわ、かなり警戒してるね、そりゃ」
「嘘つけないタイプだから、逃げたようにも思えるのですよ。主任はどう思いますか?」
「ん? ああ、このミネラルウォーターは旨いなと」
水を飲みながら榊は答える。
「主任、味の感想じゃなくて……」
桃瀬が力が抜けたように机に突っ伏す。が、榊は冷静に机上のいくつかのミネラルウォーターを眺めながら言った。
「これだけ水にこだわりがあるのは、その店員のこだわりなのか、それともオーナーのこだわりなのか?」
「さ、さあ。そこまでは」
桃瀬は頭を降る。
「オーナーから話を聞けないかな? 大抵はコンビニの家主がオーナーだろ? そこからその従業員の話やら竜神伝説を聞けないか?」
「でも、あの母親は警戒してますからね。教えてくれないのじゃないですか? オーナーのことはどうやって調べましょう?」
「そうですよ、家主ってどうやって調べるんすか? 不動産屋?」
柏木も同調するように尋ねる。
「いや、誰でも家主や地主は調べられるじゃないか」
柏木は榊の言葉の意味が分からずにキョトンとしているが、桃瀬はあっと言う顔になって立ち上がった。
「そっか! 不動産登記簿だわ! まだ間に合うから、ちょっと法務局行ってきます!
あ、その前に公用申請書を取りに庶務課に行ってきます!」
桃瀬は慌てて、飛び出していった。
「桃瀬ちゃん、頭の回転早いなあ。フットワークも軽いし」
「柏木、もうちょっと社会のことを知れよ」
「いやあ、俺は頭脳派じゃなく武闘派ですから!」
「お前なあ、爽やかに答えるんじゃねーぞ。いっそ自衛隊に入れば良かったのじゃないか?」
「いや、外来種精霊を駆りたいからここでいいです!」
「はあ……」
「主任、なんでため息ついてるんすか?」
「お前な、公務員は転勤があるぞ」
「知ってますよ!」
「ダメだ、こりゃ……」
「タカちゃん、公用請求書もらうねっ! 公用印も借りるっ!」
庶務へ着いた桃瀬は慌てて用紙を所定の場所から取り出し、印鑑のある場所へ自ら移動する。
「桃っち、何を慌ててるのさ。って、ちょっと待て! 庶務じゃない人が勝手に印鑑出せないのは知ってるでしょ!! 私が出すから。」
「ごめん、タカちゃん。人探しを少々してるからさ!」
「竜神探しじゃなかったの?」
高梨が用紙に公印を押しながら聞く。
「竜神のことを知ってそうな人がいるコンビニのオーナー探し!」
「よく分からない答えだわ。うーん、ならば今じゃなく後がいいかしらね。こないだのSNSでの情報提供のピックアップしたものを渡すのは。それから、あんた、竜神伝説はちゃんと本を読んだ?」
「ううん、見たのはネットのフリー百科事典くらい」
「だと思った。ちょうどいい本を弟が持ってたから借りてきた。又貸しの許可はもらったから、あとで貸すから」
「わざわざありがとう! タカちゃん、じゃ、行ってきます!」
桃瀬は素早く高梨から用紙をひったくるように貰うと駆け出していった。
「ほんと、パワフルな子ねえ……」
「え? 建物は無いのですか?」
法務局の窓口にて『該当無し』のスタンプが押された申請書を眺めながら、桃瀬は係員に尋ねた。
「はい、その土地の上には登記上の建物は無いですね」
「登記って義務じゃないのですか?」
「いえ、義務ではないですし、罰則もありませんから。地主が売買する気が無ければ登記しないことも珍しくないですね」
「そうですか、じゃ、土地の証明書は出ますか?」
「はい、それはこちらです」
登記事項証明書を受け取った桃瀬は所有者名を見て首を傾げた。
「『所有者 さいたま市』? あの、これは?」
「ああ、これは早い話が市有地です。震災の復興のために市は土地を買い上げて区画整理を進めていますから、それなのではないでしょうか」
係員は証明書を眺めると即答した。
なぜ、コンビニの敷地がさいたま市の土地なのか?市から借りている建物の主がいるのか?区画整理のためなら建物は建てられないのではないか?しかし、あれは綺麗な店舗だったから築年数は浅そうだ。
新たな謎がいくつもできてしまい、腑に落ちないまま事務所へ引き揚げた。
「さいたま市所有……市役所の田沼さんは何か知っているかな?」
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