第3章ー3 わびさびのノーム

「初めまして、さいたま市役所緑地保全課の田沼と申します」


 翌日の午前十時。事務室に訪ねてきた榊より少し年上そうな小太りの男性は深々とお辞儀して、名刺を差し出した。クールビズ期間中のため、ポロシャツという軽装だが、胸にはゆるキャラ『ドラゴ君』のアップリケが施してある。

 ドラゴ君は見沼の竜神伝説からヒントを得たゆるキャラで、竜神の子孫だか子供という設定である。小柄でかわいい竜の子とそれを来ている中年のおっさんというコントラストはなかなかコメントに困る。

(精霊部門のシンボルはかっこよくて良かった……)

 そんな下らないことを考えながらも桃瀬は冷たい麦茶の配膳を終え、着席したところで本題が始まった。

「まず、見沼田んぼにノームが住み着いたとのことですが詳しく教えてください」


「はい、昨日も簡単にお話しましたが、見沼田んぼは広大な耕作地であり、面積は千二百ヘクタールの首都圏最大級の緑地でもあります。ここからでも三キロくらい先に農地がありますね。ただ、田んぼとは呼んでますが年々畑への転地や耕作放棄地も増えておりまして水田はわずかです」

「確かに、地図を見ると精霊部門ここから近いのよね。行ったことはないけど」

「東京ドーム二六八個分か、すごいな」

「それで、田んぼにノームが住み着いたのは具体的にはいつ頃からですか?」

 田沼は汗を吹きながら答える。冷房は効いているはずなのだが、節電のお達しが出ているため二八度設定なのが彼には暑いのかもしれない。

「ええ、伊奈さんという方の田んぼなのですがね。梅雨時には窯ができていたというから、その前でしょうね。田んぼの脇がちょっと丘みたく盛り上がっているのですが、そこに穴を掘って住居にし、そばに窯を作っていると」

「なかなか本格的ですね」

「伊奈さんも最初はホームレスが住み着いたのかと思ったそうなのですが、いやに小柄な老人でつまみ出そうとしたらすり抜けたので精霊ではないかとうちに相談に来ました。あ、これがその住居の写真、こちらがノームの写真です」

 田沼はそういってA4サイズのプリントを出したので、三人はそれをしげしげと眺めた。


「「「……」」」

応接間に微妙な沈黙が流れる。誰もが困った顔をしていた。


「……あの、失礼ですが、本当にノームなんですか?」


 微妙な沈黙は上司である自分が破るしかないと、榊が疑問を口にした。

 三人とも戸惑うのは無理もない。写真の住居は典型的なノームの住居である単なる洞穴ではなく、洞穴の入り口には茅葺き風の庇が掛けられ、入り口脇には竹で編んだ花籠があり野の花が生けられている。

 また、ノームも典型的な赤いとんがり帽子ではなく、利休帽を被り、服も茶人が好むような焦げ茶色の和装である。なんというか、どこから見てもわびさびの心が溢れる茶人にしか見えなかった。

「はい、私共でなんとか聴取をしたところノームであると名乗ってます。背丈も一メートルありませんし、何よりも我々では触れませんでした。伊奈さんも触れないから精霊と気づいたのであって、最初は茶道にかぶれた変な老人だか、ホームレスが住み着いたと思ったそうですから」

「っつーか、どっかの茶人だよね。で、陶芸家。ますますどっかの陶芸家みたいな」

 柏木が茶化す。そうでもしないとこの微妙な空気をどうしたらいいのかわからない。

「あ、はい、そうなんです。なんでも北大路魯山人と千利休に感服してこういうことを始めたそうなんです」

「人間だったら、文化人の仲間入りなんでしょうねえ。ノームは器用ですから」

 桃瀬もややひきつりながら相づちをうつ。

「うん、精霊にも帰化制度があったら一発で合格するよ」


「まあ、現時点では精霊には帰化制度はないから本国へお帰りいただくのが筋だな」

「なんつーか、ある意味もったいないような……」

「柏木、外来種は敵じゃなかったのか?」

「そ、そうなんだけど。ここまで日本に馴染もうとしているのはちょっと……」

今までに無いタイプの精霊なので、強硬派の柏木でも調子が狂うようだ。

「それで、田沼さん。説得に失敗したとのことですが」

 話がおかしくなりそうなので榊が話を戻した。

「はい、写真では分かりにくいのですが、焼き物用の土も掘り始めたので稲作に支障が出ています。それで、出ていってもらうか、せめて耕作放棄地へ移るようにお願いしたのですが、土にこだわりがあるらしく、テコでも動かないと」


「と、ところで昨日もお尋ねしましたが、見沼には竜神伝説があるからには、竜神がいるのではないですか?それで竜神に説得を手伝っていただけないのでしょうか?さすがに宗教が違っても、精霊より神様の方が位が上ですから言うことを聞くのではないですか?」

 桃瀬が追加で尋ねる。

「それは我々も考えて探しました。しかし、過去の資料も見たのですが、震災以降の目撃談が皆無なのです」

「ふむ、元々在来種精霊の目撃が少ないから、竜神も目撃談が無いのもあり得ないことではないですね」

榊が顎に手を当てて考える。

「伝説通りならば、見沼にいなくても近くにいるはずなのですが」

 田沼は心底困ったように再び汗をハンカチで拭い去った。よく見るとハンカチにもドラゴ君がプリントしてある。芸が細かい。

「わかりました。我々もまずはノームと面談します。併せて竜神捜索も含めた対処法を検討しましょう」


 こうして、ノームの説得と見沼の竜神捜索が始まったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る