第6話

「──じょうぶ?」

 遠くで声がする。

「──大丈夫?」

 声が段々近づいてくる。

 うららの声が。

「うー」

 思わずうめいてしまう。

 頭ががんがんした。

 ゆっくりと目を開けると、目の前には心配そうなうららの顔。

「無茶だよ。緑子。あーゆー飲み方したら」

「……あー」

 なんか、うららの声が遠くから聞こえてる、ような気がする。

 酔っぱらったのか、私──。

 うー、でも、なんだ、気持ちいいな。こういうの。

 やさしく、誰かが髪を撫でてる。頭の下のこの柔らかい感じは、たぶんうららの足。

 頬に落ちてくる、花びら。通り抜ける、風。

 しあわせだなぁ、と思った。

 なんだか、とっても幸せだと。

「なんか、しあわせかも」

 だから、そう言葉にしてみたのだった。

「うん」

 うららもうなずき、

「あぁ、このまんま溶けちゃいたいな」

 それからこう言った。

「そうだね。気持ちいいだろーね」

「ね」

 うららが、私の顔を覗き込み、そっと呟いた。

「一緒に溶けちゃおうか」

「一緒に?」

「そうだよ」

 ──うららと溶ける、だって。

 いつもの私だったら、はっきり「イヤだ」と言ったと思う。

 だけど、どういうわけかこの時そんな気持ちは湧いてこなかった。

 とにかく、このまま、溶けてゆるゆるとぬるま湯の中にいるようなこの時間の中にいたかった。

 それに、この時間を作りだしてるのは桜でもお酒でもなく、うららだと言うこと。心の奥で、たぶん、私は知っていたからだと思う。

 変人うらら。

 だけど、今、私は彼女の作り出した時間を幸せだと思っている。

 変なの。

 うららも変だけど、私も変だ。

 まったく──変なの。

 そんなことを考えていたら、また眠気が私を襲った。

「眠い」

 うららの膝に顔をうずめる。

「おやすみ」

 うららの声。

 それを聞きながら、私は夢に落ちる。

 ざっと風が鳴り、桜吹雪が視界を覆う。

 一面の、桜色。

 イチメンノ、サクライロ──。

「──大好きだよ、緑子」

 その瞬間、誰かの声を聞いたような気がした。

 それから、唇に感じた柔らかいなにか。

 でも、それについて深く考えることは出来なかった。

 桜色の夢が、私をどこかに連れていってしまったから……。

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