第4節 エルフリンク臨時支社
未来、可能性、理想、広がり。一口に夢と言ってしまえば聞こえは良いけれど、夜眠っている間に見る夢の内容は不幸だったり苦痛を伴ったりすることが多い。その難局に対処できるかというところが、想像上ではあるけれど、現実の体験に反映されていずれは役に立つらしいのだ。そうやって苦境を乗り越えてきた祖先が生き延びてきて今の人類がある。だから、多くの人間はより多くの苦しい夢を見る。だから、あまりにも多くの愉快な夢を見てしまうのは人間として欠陥があるということなのかもしれない。今見ていた夢は、喜びや安らぎを象徴するものであれ、決して悲劇的なものではなかった。一抹の不安も含まなかったといえば、それは嘘になるけれど。
ヘレンは自分の喉が空気を通す音で目を覚ました。特別大きな音ではないから、別の要因と重なって意識が覚醒したのだ。きっと私はこの時刻に起きることを運命で定められていたのだ。眠りが浅いのは、職業病、というか環境障害だった。公害云々と声高に叫べるほどにボトムアップの民主主義が定着している戦場は戦場ではないし、だからこそぐーぐーぐっすり寝息も立てていられないわけだった。
左胸にある痛みを我慢して起き上がり、布団を突っぱねて立ち上がる。絨毯のカットパイルが足の裏を擽った。ミラはデスクに突っ伏したまま寝落ちして空のグラスを右手で倒していたけれど、それを情けないと思える立場ではなかった。なにせ、こちらは敵に一矢を報いることもなく気絶してここへ連れてこられ、手当てまでしてもらったのだから。それに比べれば自分の仕事をきっちりやり切っている彼女は立派である。
その背中に毛布を被せてから、自分の本来の寝床である会議室――雑魚寝会場まで行き、まだ寝息を立てている他の社員たちを跨いで着替えを持ち出し、シャワールームへ。半端に開かれたジャロジー窓から入る風は湿気の代わりに朝露の匂いを孕んで清々しい気分を誘った。これで更に目が覚めるか、安堵を得て眠たくなるか、際どい効果ではある。体を洗う前に肩に貼られた大判のパッチを剥がす。既に痛みはなく、軽い突っ張りがある程度で、鏡の曇りを手で拭って映してみると傷口は塞がっている。小さな傷だ。胸の方に外傷はないが、衛星イオの地表に穿たれたクレーターみたいに毒々しい変色が円く広がっていた。腫れもあって、無闇に左腕を動かしたり、大きく息を吸ったりすると痛む。眠っている間このぺったんこな胸に乗せられていた氷嚢は部屋に置いてきたけれど、それら一連の手当てをミラがどんな顔をしてやったのか想像すると、ちょっと悪戯な笑みが漏れた。彼女は痛々しいものがあまり好きではないのだ。内科医だから、といっても言い訳にはならないだろうか。
非常にさっぱりとした気分になって寝かされていた部屋に戻ると、ミラは起き出して髪を梳かしているところだった。もしかしたら毛布を掛けた時に起こしてしまったのかもしれない。
「おはよう」と二人で唱和する。
「あ、シャワー?」縁の細い眼鏡を掛けた利発そうな顔を上げてミラは訊く。
「うん。大して運動したわけでもないのだけれど」
「傷を見せて。絆創膏を貼り替えないと」
ベッドに腰掛けたヘレンは着たばかりの黒いワンピースの襟をはだけて肩を見せる。
「思ったよりも塞がってる」ミラは椅子をベッドの前に移動して傷を覗く。
「ガーゼとテープでお願いします。風通しのいい方がいいから」
「そう?」ミラは少しだけ反発する気持ちで上目を向ける。
「うん」
ミラは手際よく折りたたんだガーゼの上に井の字にサージカルテープを貼り、その上を包帯でぐるりと巻く。
「どうしよう。サポーター持ってきてないのよ」
ミラは唸った。彼女の頭の中にあるのは肩から胸部にかけてを覆う大型のものだろうが、急な任務が入るとは誰も想定していなかったのだから、そんな荷物になるようなものは持ってきていなくて当然だった。
「大丈夫。気を付けるから」ヘレンは短く苦笑いして襟を整える。
ミラはまたいたたまれない目をした。特に傷ついたヘレンを見る時の彼女の癖だった。それは気に入らない、という感じで視線を返すと、じきにはっとして「ねえ、コーヒー飲む? さっき淹れたの」と訊いた。戦う者とそれを見守る者との間の認識の隔たりについて、彼女には彼女なりの葛藤があるのだ。
ヘレンは肯いてデスクの上の重たいカップを取り上げる。中は黒々とした液体で満たされていたが、光の加減で水面の揺れがわかるからには完全な黒ではない。黒は良い、尊敬に値する。何にも染まらず、無限の寛容さを以て唯々受け止める。本当の黒から光が漏れ出すことはない。コーヒーは寛容だろうか。飲んでみると、舌の裏が縮こまる苦さが香ばしさや微かな酸味を伴って口の中を通り過ぎた。これをちょうどいい具合にしようとして、砂糖を入れれば甘くなるし、ミルクを注げば色は薄くなる。完全ではない。これはまだ私に取り込まれるべきものだ。
ふと、首が後ろに引かれる。
「じっとしてて」
振り返ろうとしてミラに制される。ブラシを片手に真剣な顔をして背伸びをする彼女の姿がちらっと見えた。
「もっと欲張ってもいいと思うのよ」
「私としては十分ですよ」
「カメラに映る時だけじゃなくてね、日ごろから手入れをするもの」ミラは意地を張る。「ちょっと、嫉妬なのよ、本当はね」
ヘレンは黙ってミラに任せることにしたけれど、左手を握ったり開いたりして、私はやはり
「六時から朝食会議だそうですよ」
「はい」今日もエルフリンクの朝は早い。二人は短く事務的な応答を終えた。
会議室に舞い戻ると先程とは打って変って綺麗に片付けられており、早めに身支度を終えた陸戦課の面子が机を並べて買い出してきた朝食を配っているところだった。コーネリウスはヘレンを見つけると手を上げて奥のホワイトボードの前の席に誘った。
「おはよう、ヘレン」そう言ってくいっと唇の端を持ち上げ、座るように促す。
「おはようございます」
「予定通りなら、今日は普通に警備任務だからあまり無理はしないように」
「はい、予定通りなら」
コーネリウスはさすがに影のある笑い方をして「さ、どうぞ、エネルギー補給だ」とサンドイッチの入ったビニル袋を机をくっつけてでできた島の奥地から取り寄せる。
「コーネリウスこそ、昨日は大変でしたでしょう」
「僕ならどうってことはないさ」
包装の開け口をびりびりと引っ張り、正方形を対角線で切った形の一面を下に敷いて、三種類のうち上から手に取る。
「あの政府の人、厄介です」
「普通の役人だよ。厄介な人間が当たり前なんだ。ものわかりのいい人間ばかりではない」
「それはわかります」
コーネリウスは顎の動きを止め、自分の口からレタスの端が出ていることに気付いて少しだけ舌を動かす。
「何か見えた?」と彼。
あまり神妙そうに訊くのでおかしくてちょっと吹き出した。笑うと肋骨が痛んだ。「私は占い師や霊媒師じゃありませんよ」
「それはね、まあ」問いかけの表情のまま歯切れ悪く言う。
「ええ、見ました。覗きましたよ。あの人の目」ヘレンは少し視線を逸らして、目の細かいざらざら加工の施された白い机上に滑らせる。「でも、私じゃそんなにすぐにはわかりません。誰かの企みなんてたくさんあるし」
「いや、無理に思い出さなくていいんだ」
「あの人は順当な指揮系統に従っただけじゃないでしょうか」
コーネリウスは長い溜息を吐いてからまたサンドイッチを頬張り始める。
彼に何かと頼まれてどきりとするのは、自分の力量が彼の要求に至らないことを意識するからだ。命ぜられること頼まれること、全てはいと即答して難なくこなせるだけの器ならいいのだけど。
机島は横に長い簡易デスクを長辺で合わせて正方形に近づけたもので、各辺に二人ずつが座る。コーネリウスの左隣にヘレン、曲がって飛行課長のエデュアルド、情報課のブルーノ、正面二つが空席で、医療課副長のシュミール、陸戦課長のオリバーと並ぶ。ヘレンは彼らが揃うまでにノートパソコンを立ち上げて議事録作成の準備をしておく。
「ヘレン、ザシャを呼んできて」
「はい」と返事をして立ち上がり、別の島で他のメンバとだべっていたワイアームに声をかける。
「ああ、絵の件か」ワイアームは背凭れに首をひっかけるようにして逆さまに振り返って言った。
「絵?」
「あれ、知らないの」体を起こし、食べかけのタマゴサラダパンを持って立ち上がる。「建物の地下にさ、壁画があったんだよ。ま、これから話すことだろ」
「うん」
ワイアームは首に巻いた包帯をさすりながら正面の席に座った。ヘレンはタッチパネルに指を滑らせてカーソルを書き出し位置に持っていく。コーネリウスは机の上に置いたブリーフケースからペンとA5サイズに切った紙を取り出してオリバー経由でワイアームまで回す。
「昨日、見取り図にない部屋で見た壁の絵、再現してもらってもいいか」とコーネリウス。
「いいけど、下手ですよ」
「爆発まで時間が無かったんだ、全体を把握しているのは君くらいだろう。時限プラグが見つかったのはその直後で、他に誰もまじまじと見る暇はなかった」
「オーランドからの報告だ」と腕を組んだオリバーが付け足す。
「言われなくても描きますって」少々むくれたワイアームはさっさと顔を伏せて白い紙にペンを走らせ始める。
「時間、かかりそうか」
「出来たら言います」
「うん。じゃあ先に聞いておくが、意図的な爆破と関係のありそうな内容か」
「どうでしょう」
コーネリウスはわずかに目を細めた。ワイアームの伽藍とした答えから彼の意識が絵に注がれてしまっていると察したのだ。けれどその程度で彼を責めはしない。
「見せたかったなら爆破はしないんじゃないですかねえ」耳の後ろを掻きながらブルーノが言う。ワイアームのフォローらしい。
「話題を爆破に戻そう」コーネリウスは肯く。
「問題は誰がこんな馬鹿で卑劣な手を仕掛けてきたかってことだ」オリバーは抑え気味に猛る。
「まあまあ、二人とも命に別状はないわけですし。半月も休めば復帰できますよ」と横のシュミールが空気感を無視したまったりとした口調で窘め、それに対しオリバーは「二人だけじゃないぞ」と小声で言い返す。
「いや、案外ただの防護策かもしれんぞ」自分の出番はもうちょっと先だったろうが、といった感じでエデュアルドが目を開けた。「壁画の存在を分離して考えられないのも事実だが、その前提条件を外せば、つまりウチをただの媒体と捉えるなら、黒海会議か政府に対して恨みのある輩がテロを計画していて、それがバレたんで、政府の差し金の突入に備えて覚悟を決めて、時限装置を仕掛ける。自分たちを始末した後、差し金は武器を押さえる目的で必ず地下室まで潜る。その所要時間を適当に求めて、自分が死ぬ直前にスイッチを押せばいい。玉砕の精神だ」
「ああ? 来るのがわかっていたらどうして中にあんな大人数が居た。犬死じゃないか」今度のオリバーは確かに反論する。
「武器がなけりゃどのみちテロは失敗だ。だから、玉砕だ、と申したのですよ」
澄まし倒すエデュアルドと熱するオリバーの間に差し込んだ手を指揮者のそれのように振り上げ、コーネリウスは鋭く咳払いをした。「敵は確かにこっちの突入を予期していた。でなければ時限プラグの設置は不可能だ」
「エドさん、武器を分散させることも可能だったってことですよ」ブルーノは「ね」とコーネリウスに同意を求める。
「その辺りは政府の監視員が把握しているのじゃないか」
エデュアルドがそう返すと、オリバーがふっと鼻を鳴らした。「社長、あの軍の男はそんなに誠実な男だったか」
「トゥラン大尉なら、いえ、全く。ブルーノはどう思う」
「同感です。もちですよ」
「そう、もちろん、誠実な俳優なんて山ほど居る」コーネリウスはそう言ってヘレンにちらっと目を向ける。
「ですが」とヘレンは顔を上げてさっと全員の目を見渡してから、オリバーの精悍な頬の上の目を見る。ヘレンは他人を睨む時に目を細めたり眉間に皺を寄せたりしない。「トゥラン大尉が下命に従ったのみであるのは確かです」
「じゃあ、政府がどっかのマフィアと組んでウチを嵌めたってのか」オリバーは天井の蛍光灯に目をやって嘲る。
マフィアという表現は変だなと思った。見つかった武器が確認できた内では全てソ連・ロシア製のものだったからだ。全部アメリカ製だったなら納得だろう。全部イタリア製ってことは、おそらくないだろうけど。
オリバーは続ける。「そのために黒海会議の警備も任せた。汚名を着せるならもっとやり方があるだろう。それも会議の前日にこんなことになっちまって、逆にウチがキレて立て籠もりでもしたらどう対処する――」
その時笑い声が上がった。窓の外を見れば、一転、春の日和である今日に相応しいからりとした笑いだったけれど、このせいで議論の場は一瞬で氷河期に突入した。
「笑うなよ!」これはワイアームの必死な叫び。
「あ、ああ、ごめんなさい、すみません」声の主であるブルーノが首をかくかくとやって謝り、「でも、これ」とワイアームの描いた絵を差し出して言い訳をする。
「これで見た通りか?」受け取ったコーネリウスは相変わらずの鉄面皮で訊く。
ちらっと覗いてみたところ、横長の構図の真ん中に塗りつぶされた黒い影があり、その右上に似たような影がもう一つ。影が人だとすれば遠近法で人の並んでいる様を描いているのかもしれないが、何より、一度見ればブルーノの笑った根拠がわからないではなかった。
「いや、俺の画力が足りないんす」顔色を悪くしたワイアームは、コーネリウスに問われると俄然淑やかになって俯いた。「実物はもっとリアルでしたよ。その大きい方、黒い服の人には羽が生えてて、そっちのちっさい方は鳥なんです」
「黒か」
「いや、白なんですけど上手く描けなくて」
「ごめん」コーネリウスは苦笑い。「下は文字だな。ローマ字」
「うろ憶えなんですけど、殴り書きで」
「なるほど」
「こりゃあもうメッセージとしか思えんな」オリバーが言い放った。豪放な男だ。
「その文字列、意味があるか調べてみましょ」
ブルーノが絵を受け取ろうと身を乗り出してコーネリウスに手を差し出すと、横からきっとワイアームが目を細めて睨んだが、ブルーノは「うろ憶えなんだろ。この字の可能性はなかったってのも聞きたいから、協力してくれよな」と歳上らしく窘めた。
「鳥に天使、…セラフか」ふとエデュアルドが口元を緩めた。
「熾天使は六枚羽ですよねぇ」とシュミール。
「二枚、一対だった」ワイアームはきっぱり言う。
「うん」コーネリウスは顔の横で曖昧に人差し指を立てて、全員の発言を制する。議員の発言間隔が短くなっていって最後に混沌と化すため、フォーマルな場では挙手制を設けたりするが、それは煩わしいというのが彼の考えだった。会社内の支配者として、あるいは自由討論に秩序を持たせるための絶対者としても彼はここに在る。「壁画がエルフリンクへのメッセージなら、エルフリンクが描き込まれることはあるだろう。実際、ウチのロゴはセラフだし、黒と云えば、ちょうどアヤソフィアのセラフは羽が黒で描かれている。だが、シュミールの言うとおりセラフの羽は六枚で、ウチのロゴもそれに準じている。今度の壁画について、ザシャは二枚だったと言った。これは符合しない」
「ただの落書きの可能性もある、と」コーネリウスの後にいくらか余韻を設けてからエデュアルドは言った。
「そうです。あるいは、黒海会議の妨害、いや、会議に対するテロ行為に際したモチベーション材料かもしれない」
コーネリウスは言い直したが、これはオリバーに対する配慮だった。彼はテロリズムを極度に毛嫌いし憎んでいる。それに、曖昧に婉曲を嫌う性格の持ち主だ。武器の所持が明かされた時点で、したがって敵の目的も明らかになっているということだ。「当然そのメッセージの解析は急ぐべきだが」
「もう始めてます」とブルーノ。オレンジ色の派手なパソコンをテーブルの上に開いていた。
「そういえば」エデュアルドが徐に天井を仰ぐ。「あの車列はまだ蚊帳の外か」
「そうだよ。あれは一体なんだったんだ」オリバーがはっとした様子で言う。
「俺のところには、政府からの連絡はまだ来ていませんね」ブルーノは画面から目を離さずに告げる。
「しかし、こうなっては軍の言い分をはいはいと聞き入れるわけにもいかない」とコーネリウス。
「ああ、何なら陸戦隊から数人引き抜いて見に行かせてもいいだろうが」
「ですがね、できれば休ませたい。昨日の深夜のことは、表向きにはなかったことにしなければならないんです。ただでさえ警備にぴったりの人員しかここに来てもらっていないというのに、無理をさせることはできない」
「社長の言い分もわかるが、この非常時だ。そうまで言うなら、俺が自分で非番の時に行く。散歩がてら。それで構わんだろう」
「ええ、それならこちらが折れます」
「そうは言うが、あの程度のソフトスキン、ヴィキールの直撃で墓穴まで掘ってやったようなものだ。見てわかる代物では――」
「何もしねえよりはマシだ」
したり顔のオリバーに言下に制され、エデュアルドは短い沈黙の後首を振った。「これ以上口は出さんよ」
「…よし、一通り話し終えたように思うが」しばらく間を置いてからコーネリウスは六人の顔をさっと見渡し、異論のないことを確かめる。「黒海会議の警備に際して派遣された者は業務続行、これは陸戦課と医療課。医療課はさらに怪我人の管理。情報課は壁画の分析。以上」
「了解」
「俺は」とエデュアルド。
「個別で」
「はい」
「では解散」
椅子の脚がぎこちなく床を滑る音が重なってそれぞれ思い思いに散っていく。
「社長」と一人残ったエデュアルドが深く掛けたまま呼ぶと、コーネリウスは立ち上がりかけの姿勢で固まって唸った。
「実は、決めてないんです」
「じゃあ、一日イスタンブール観光をしていても構わないということか」
みんなが極限のシフトで非常事に対処しようとしている時によくもそんな発想ができるな、と口に出して咎める人間は残っていない。エデュアルドもそれはわかっている。嫌味ではない。
「ブルーノさんの仕事、手伝ってあげたらいかがですか」ヘレンが提案する。
「うん。事務業だったら、エルフリンクに来てから嫌というほどやらされてきたからな。だが、それが役にたつかどうか」
コーネリウスは黙って肯く。専らコンピュータを扱う純粋な情報課はブルーノ一名で、プログラム開発やホームページの更新、日頃の情報収集は適宜人員を選んで行う。技術・知識を要する仕事が重なると手に負えなくなることもあるが、今回のメッセージ解明ならある程度キーボードを叩くことに慣れていれば難しい仕事ではない。
「わかった。その通りにしよう。しかしその前にセラフの様子を見に行って、こっちの連中が手出ししないようによく忠告してこよう。下手に弄ったらインテークに放り込んでやるってな」エデュアルドは上機嫌に笑って立ち上がる。
「ああ、そうだ、今度はちゃんと領収書を」とコーネリウス。
「いや、車を借りる。伝手があるんだ。この時間ならもう起きてるだろう」
既に背中を向けていたエデュアルドは肩の横まで手を上げて応じた。
「ヘレン、メモは取れた?」
「ばっちりですよ」サンドイッチの摂取を再開したコーネリウスの前にHPパヴィリオンを差し出してディスプレイの角度を合わせる。
コーネリウスは上から下に目を動かし、うんと肯いてそのノートパソコンを閉じた。「そろそろ急いだ方がいいな。あと二十分だ」と言うので壁に時計を探して見ると、六時三十七分と三十八分の間だった。「七時の出発まで二十二分、時間厳守だ!」彼はまだ部屋の中に残っている社員たちに向かって声を張った。その波に打たれて三十人ばかりが少しだけ動作のペースを上げる。深夜に任務をやって六時前起床というのもなかなか辛いものがあるのだ。
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