幕間三 暗躍する者たち

 金髪の少女を抱えた少年の姿が、ぶれたように消えた。

 そう遠くへは行っていないはず。カヤは落ち着いて、屋根の連なりのなか、門の塔やそびえ立つ市庁舎などを一つずつ探していく。

 すると、旧市街と新市街の境、橋のたもと近くの空間がぐにゃりと歪んで溶けた。そこに、二人の姿が現れる。だが、またしても消える。現れる。不規則に。


「これは──」


 思わずカヤは狙撃用のスコープを外すと、上半身を起こした。狙撃用の銃を置いて、歩き出す。柱に手を置き、尖塔の窓から街を見下ろした。


 瓦屋根の街並みが一望できる高さ。劇場や駅舎、パサージュといったものを中心に景観が統一された街並みが、川の手前まで続いているのが見える。少年は、もう川を越えて旧市街へ行ってしまっただろう。失策だ。ため息がこぼれる。


「連続転移で逃れましたか。……この距離では、追うのは少し難しそうですね」


 風で乱れた鳶色の髪を耳にかけ、軍支給の外套を翻す。

 追撃式が破壊されてしまった以上、今、無理をして追う理由もない。先の狙撃で、カヤの位置も割れてしまっただろうし、長居は無用だ。そう思って顔をあげる。ちょうど、愛用の狙撃銃と目があった。やや切れ長の目が鋭く尖る。


「……〈天羽々矢〉を防ぎますか」


 オルドヌング族が残した遺産、〈カドゥケウスの四宝〉。

 序列、第四位〈天羽々矢アーク・アークス〉。

 カヤが、遺産が本来持つ力の十分の一も引き出せていないとしても、〈天羽々矢アーク・アークス〉の矢は、ただの銃弾や法術で防げるような代物ではない。

 対抗できるとすれば、それを作ったオルドヌング族か、あるいは──


 同じく、〈カドゥケウスの四宝〉を持つ者か。


 契約者なら、何を願ったのだろう。人の願いを叶えない至宝に。


 吊り下がる鐘の真下、すらりとした狙撃銃は美しかった。曇り空から薄っすらと照る光は、どこか冷たい。触れれば、革手袋越しに硬質な感触が伝わる。念じる。カヤがグレーグリーン色の瞳を閉じれば、銃は白銀の砂粒となって散った。

 身軽な格好ではしごを降りると、雪の舞う風が吹き付けた。蜂蜜色の町並みの一角から、どす黒い煙が立ち上っているのが目に入る。自動四輪車がまだ燃えているのだろう。騒ぎは収まっていない。エルスの法術によって砕かれた路面の近く、カヤと同じ軍服を着た警備隊員が慌ただしく消火活動に励んでいる。

 狙撃で周囲を巻き込まないよう、空白地帯を作るためとはいえ、大騒ぎを起こしてしまった。引き金を引いたのはカヤといえ、浮かない顔になる。


 これでオズウェルにも、カヤがモンレーヴにいることに気づかれてしまっただろう。誠実な青年のことだ。任務だとしても、少女を狙撃して誘拐しようとしていた、なんてことが知れたら──声を上げてカヤを咎めることはしないにしても──ひんしゅくは買うだろう。

 オズウェルが反対すると見越しての、秘密裏のカヤなのだから。

 せめて、あの少年のそばにいる小動物が、少女から少しでも離れてくれれば、ここまでの騒ぎを起こさずに済んだのに。始終、少年の肩の上で、エメラルド色の瞳を煌々と光らせていた、金色の小動物が脳裏にちらつく。


 連れてるのが、ってわけじゃあ、ねぇだろ?


 直属の上司であるハインツの意味深な笑みが蘇る。

 カヤもハインツと同感で、あの少年が何もないただの小動物を連れ歩いているとは思っていない。あの小動物は、法術かそれに匹敵する何かしらの力を持っている。カヤはそう踏んでいる。

 そこで、いよいよ黒々となる煙に気づき、カヤは屋根の上を歩きだした。

 まずは鎮火作業が優先だ。二人を追うのは、いったんオズウェルとアメーリエに任せ、事態を収集させたあと、一足先にタレイア街に行っているらしいハインツと合流するのが上策だろう。

 と──


「いーや、大したお手並みですなぁ」


 声は、背後から飛んできた。

 聞こえてきた軽薄な拍手にカヤが振り返れば、同じ屋根の上に、灰髪の青年が危うげなく立っていた。吊り目がちな金色の瞳が、愛想よく細められている。


「さすがは〈盤上の白と黒〉の女王様といったとこか?」


 カヤは驚きもしなければ、にこりともしなかった。


「お褒めいただきありがとうございます」

「お礼は、美人の微笑み一回、でどうだ?」


 カヤは冷え入った目を向けた。

 青年の軽薄な態度に、上司であるハインツと似たような匂いを嗅ぎ取り、通常より二割増で眼差しが辛辣なものになる。

 しかし、青年はぞくぞくと興奮したように、身体を両腕で抱いてくねらせてきた。


「くぅっ、その冷たい眼差ししびれるぅ~」


 どころか、人差し指を立てて、ねだってくる。


「もっかい、もっかい」


 前言撤回。ハインツとは全く似ていない。早々に踵を返す。


「用もないようですので、失礼します」

「って、おいっ!」

「なにか?」


 穏やかに、だが一線を引いた口調で牽制すれば、青年はすっかり興ざめした様子でぶーぶーつぶやいてきた。


「ったく、最近の美人はつれないのが流行りなんかね。女はかわいい方がいいぜ? 無垢で、純粋で、無邪気で、愚かで、箱庭で大切に育てられたような真っ白な女の子、とか」


 揶揄に笑みを深める青年。

 カヤは聞き返した。


「そういう女性は嫌いですか」

「いいや、大好きだぜ」


 にぱ、と笑ったあと、青年が嗜虐的に笑う。


「なんつったって、とても良い声で啼く」

「……」


 カヤは不快さを露わにしなかった。

 灰髪の青年は、年齢こそオズウェルやフィディールとそう大差ないようだが、妙に世慣れた笑い方や、歪み具合が年を食った計算高さを感じさせる。


「……それで、ご用事は?」

「あんたをデートに誘いに」

「失礼します」

「美人がつれねぇ」

「美人は忙しいんです」

「話ぐらい聞いてくれたっていいだろーが」


 会話するだけ時間の無駄だ。カヤは青年を無視してすたすたと屋根の上を歩き出す。

 しかし、青年は後ろから追いかけてきた。ねーえー?もしもーし?などと鬱陶しく声をかけてくる。


「あのさー、とりあえずさー、あんたらいったん帰ってくんね?」

「帝都カレヴァラの軍人に、しかも任務の最中に帰れとは、国家反逆の意図でも?」

「そんな大層な話じゃねぇよ。ただせっかくの稼ぎ時に、余計なことされると都合が悪いってだけ」

「稼ぎ時?」


 思いがけない言葉に、カヤはぴたりと足を止めた。

 トレイターは、肩を落としながら大損だと嘆いている。


「エルスが捕まんない程度の奴らに情報売って荒稼ぎしてるってのに、本命に出しゃばれたら儲け話がおじゃんだろーが」


 それを聞いたカヤは薄っすらと冷笑を唇に乗せた。


「さすがは裏切り者。ハーゼンクレヴァに協力しているフリをして裏で情報を売るぐらいお手の物といったところですか」

「うげ。有名人になった覚えはねえんだけどなぁ」


 心底嫌そうな顔をしてみせたあと、青年は思い出したように手を打った。


「っと、自己紹介が遅れたな。俺はトレイター」

「カヤ・マツリカと申します。もっとも、あなた相手に名乗る必要はないかもしれませんが。港町エガス・ベレニスで活躍中の情報屋さん」

「随分と買いかぶってくれんなぁ。ま、あの破天荒な隊長様の手綱を取れる女王様にそう言われるのは悪い気はしねえけど」

「手綱を取らせてくれるほど、うちの隊長は易しくないですけど」

「ははっ、そいつは言えてそうだ」


 無邪気に笑うトレイターは楽しげだ。確かに、彼にほだされたRAD何でも屋や一般人が多いのもうなずける──ほだされ、そして裏切られるのも。


「──で、あんたらにエルスがあそこにいることを教えたのって誰?」


 青年が金色の瞳を光らせた。気配ががらりと変わる。友好的な笑みはそのまま、そのくせどこまでも冷たい光がカヤを捉える。

 カヤはあっさりはぐらかした。


「さあ、あなたと同じ情報屋の誰かじゃないんですか?」

「だとしたら、顧客名簿からそいつを除かにゃならねぇんだが……、ねぇな」


 青年が首を振った。確信めいた口調で言ってくる。


「一週間。調査をして、発見したからやってきた……と考えれば適当な時間なんだが、そこまで正確に、どこに寄らず、人に尋ねることもせず、最初からあそこに小娘がいるのがわかってたみてぇにやってきやがった」

「まるで、彼らを見張っていたような物言いですね」

「情報は鮮度が命だからな」


 にぱ、と。隙間に、愛嬌のある笑顔を見せてくる。


「確か、〈盤上の白と黒〉には感知特化がいたはずだな? 話では、古都トレーネの上級法術士以上の、そう、人の心や記憶すら正確に読み取れる異常なエーテルの持ち主──」

「聞きたいことがあるなら、前置きはほどほどにしてさっさと聞いたらどうですか?」


 にぃ、とトレイターが狡猾に笑う。毒蛇、という言葉がカヤの脳裏に浮かんだ。


「実はこの指名手配そのものが茶番」


 カヤがすぅっと目を細めた。冷え切った硬質な一瞥を返す。


「うおっと、あんたと事を構えるつもりはねぇよ! むしろその逆! 今日は売り込みにきたんだ。あんたさ、俺を使ってみない?」

「お断りします」


 カヤは切り捨てた。一考にも値しない。


「即答かよ」

「当たり前です」


 裏切り者の異名で知られる青年の名は、一部の界隈で知れ渡っている。猫のように気分屋で、その人懐っこさで相手の懐にするりと入り込み──最後には裏切る。そんな油断も隙もあったものではないこの情報屋と取引などできるはずもなかった。


「まあ、聞くだけ聞いてくれよ。あんたらはあの小娘を取り戻したいんだろ? んでもって、そのためにはエルスが邪魔、と」

「身もふたもない言い方をすれば」


 古都トレーネは、過去に交わした契約のせい──カヤから言わせれば身から出た錆だが──のせいで反抗期真っ盛りの思春期(ハインツ談)を、現状、放置せざるを得ない。交渉のテーブルに着かせたところで、話がすぐにまとまるわけでもないだろう。

 だからといって、計画の要である少女をあちこちに連れ回している以上、帝都カレヴァラとしては野放しもできないため、三大精鋭である〈盤上の白と黒〉が出しゃばっている。オズウェルたちしかり、カヤしかり。


「俺もさ、あいつのことは割りと気に入っているし、あれでも上客だからそれを失うってのは痛手なわけ」


 どこか情の滲む声だった。単に自身の損失を恐れるのとは異なるような──それも演出パフォーマンスだろうか。先のふざけた態度を鑑みると、真偽はどちらか。


「あんたら……特に隊長さん相手だとさすがにエルスも分が悪そうだからな。だからこうやって話を持ちかけてるわけ。あんたらは小娘が手に入れば、エルスに手を出す必要はなくなんだろ?」

「……つまりは、私達に協力してくださる、と理解していいんでしょうか?」


 慎重に聞き返せばトレイターはひっそりと微笑んだ。


「ああ。悪くない取引だと思うんだが」

「お断りします」

「即答かよ!」

「当たり前です」


 カヤがそっけなく返せば、トレイターは苦笑した。


「まったく、つれねぇなあ。ま、詳しい話は一週間後、タレイア街の中央広場で、正午に待ち合わせてからってことでどうだ?」

「あなたの取引は、今ここでお断りしたはずですが」

「気が向いたらで構わねえよ。それに、あんたの進路と、俺が提示する待ち合わせ場所が合わなければ、そこまでの縁だろ」


 そう言いつつも、まるで、カヤがタレイア街へ行くつもりでいたことを知っていたかのような提案だ。偶然か、必然か。穿ちすぎか。じっと金色の瞳とグレーグリーンの瞳が睨み合う。

 先に視線を切ったのはトレイターだった。彼はひらりと手を振ると、屋根から飛び降りる。


「けどもし、偶然にもかち合ったなら、そん時は一口乗ってくれよ」


 飄々としたしなやかな動きは、気まぐれな猫そのものだった。

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