52.通じない


 常識が通じない相手、私は二度とそんな人に関わり合いたくない。

 三年前のあの出来事から、そう考えるようになった。



 三年前、私は新社会人として、通勤ラッシュや慣れない仕事にアタフタとしていた。

 疲労が溜まり、休みの日は一日寝て終わるだけ。

 そんな日が続けば、ストレスで押しつぶされそうだった。


 何か気分転換しないと、このままじゃ良くないことを考えてしまいそうだ。

 危機感を持った私は、ストレス解消の為に運動をする事にした。


 夜中に、近くの公園でウォーキングをする。

 体を動かすのは昔から好きだから、何も考えずに歩いていれば気持ちも軽くなりそうだ。

 そうと決まれば、さっそく今日の夜からやろうと、私は前に買って着ていなかったスポーツウェアをタンスの奥から引っ張り出した。


 ゆったりとしたものだから、着られないなんて事態にはならなくて、ほっとする。

 最近運動をしていないから、お腹やお尻の肉が増えてきた自覚があるから、ダイエットにも良いかもしれない。


 色々とメリットが見つかって、ますます今日の夜が楽しみになる。

 私は会社の人に、指摘されるぐらいテンションが上がっていた。

 そのおかげか、特にミスなく今日の分のノルマを終えて、定時に会社から出られた。


 これはもう、神様が私に運動をしろと言っているんだ。

 そんな考えが浮かんでくるぐらい、順調に物事が進んでいて、私は浮かれながら公園に行く準備をしていた。





「うわー、久しぶりだー」


 公園なんて行く機会がないから、夜とはいっても懐かしい気分になる。

 そこまで遅い時間じゃないおかげで、人もちらほらはいるみたいだ。


 一応護身用に、スタンガンに似たようなものを持ってきているけど、必要は無かったかもしれない。

 その事にほっとしつつ、私は準備体操を軽くして、公園の中を歩き始めた。


 ここは私のような人の為に、ジョギングやランニングをする道がある。

 そこをいつもより早めを意識して歩いていれば、段々と思考が落ち着いてくる。


 これまでの色々と溜まったものが、一歩一歩進むうちに、どんどん無くなっていく感じがした。

 その清々しさに、何で早くこれをやらなかったんだと、自分を叱りたいぐらいだった。

 しばらくそうして歩いていれば、公園にいた人達が少なくなっていく。


 そしてまるで貸切状態かのようになると、私は人がいないのをいいことに、鼻歌を歌う。



 あと、もう少ししたら今日は止めよう。

 そう思って、一周歩こうと決めた時、後ろから人が歩いてくる音が聞こえてくた。

 別に普通の事なので、鼻歌を止めて道の端に移動したのだが、何かがおかしいとすぐに気がつく。

 どんどん近づいてくる人が、小さな声で何かを言っているのだ。


 私は後ろを振り返らないで、その言葉を聞こうと耳を澄ます。

 しかし、まだ遠いのか分からない。

 だから少しスピードを緩めて、その人が追い抜くのを待った。


 どんどん近づいてくる事に不安はあるけど、何かをしてくるわけはないだろう。

 そう思っての事だったが、何を言っているのか分かった途端、背筋に寒気が走った。


「ひと、ひと、ひとだ、ひと、おんな、おんな、どうしよう、どうしよう?」


 何が言いたいのかは、分からない。

 でも絶対に良くないものなのは確かで、私は振り返らず勢いよく走った。


 後ろからの声は、どんどん小さくなっていく。

 だけど私は、後ろにぴったりとくっつかれているような気分が拭えなくて、家に帰るまで全速力で走った。



 部屋の中に入って、深呼吸を何度もして落ち着かせた私は、耳を澄ませる。

 誰かが歩いている音は聞こえてこなくて、私はあんどのため息をついた。


 そんな時、寄りかかっている郵便ポストから、かさりという音がした。

 その瞬間、緊張が走るが私は中身が気になって、ポストを開ける。


 中には、小さな紙があった。

 私は震える手でそれを取ると、ゆっくりと開く。


『なんでにげるの?』


 まるで子供が書いたような汚い字。

 それを見て、私は常識が通じないと思った。



 もう二度と、あんな思いはしたくない。

 だから公園にも行かなくなった。


 それだけで何とかなると、楽観的に考えられないけど、大人しくしていれば出会うこともないんじゃないか。


 そう信じている。



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