38.好きに生きる





 どうして、私は生きているのだろうか。

 一体どうして、夫は死んでしまったのだろうか。


 みんなが私を慰めの言葉をかけてくる。

 事故だったんだと、あなたのせいではないのだと。


 しかしどうしても薄っぺらい言葉にしか聞こえなくて、返事をするだけで心には全く響いていなかった。



 だから私は、私の思うままに生きようと思っている。





 そうすれば、人生がとても楽だった。

 彼の事を考えないように、その時だけは忘れていられる。

 私は一応、人生の中でやりがいを見つけていた。


 毎日、彼の仏壇の前で報告をする。


「あなたがいなくなってね、私たぶん壊れちゃったの。でもしょうがないよね。」


 何も返ってこないのは理解しているが、話しかけているという行為だけで良かった。

 私のやっている事が、許されないものだとしても否定をされないから。


 もう後戻りは出来ない。

 しかし彼のいない世界で、そんなささいな事はどうでも良かった。





「そんなんじゃあ、あなたが辛くなってしまいますよ。そんな事、絶対にやめた方がいいです!」


 そんな風に生きていた私に、ある日そう言って来た青年がいた。

 見覚えのある顔は、確か夫が趣味にしていた草野球のメンバーだった。

 彼がまだ小さい時から知っていて、夫婦のいない私達にとっては、まるで子供のような存在。


 今まで海外にいた彼が、夫が死んだのを知ったのはつい最近らしい。

 その為しばらく経って、私の元に来たようだ。


「僕があなたが寂しくないように、代わりにはなれないですけど、一緒にいますから。」


 そう言って、わたしよりも涙を流しながら抱きしめてきた。

 私はこれまで言われた中で、一番胸に響いた気がする。

 だから彼の背中に、そっと手を置き抱きしめ返す。


「あり、がとう。ありがとう。」


 夫が死んだ時よりも、胸が苦しくて涙がどんどん溢れてくる。

 そのまま落ち着くまでの間、ずっと2人で抱きしめ合いながら泣いた。





 私の生活は、それから随分と落ち着いたものへと変わった。

 彼がそばにいてくれて、自然と心に余裕が出来てくる。

 今はもう、それまでにやっていた事を恥じてしまうぐらい、意識は変わっていた。


「あなたのおかげよ。本当にありがとう。」


「そんな事ないです。僕なんて、大した力になれていないですよ。」



 そして全く違った生活になってしまったせいか、いつしか仏壇に話しかける頻度が、どんどん減ってしまう。

 申し訳ない気持ちよりも、彼との時間の方が大切だった。


 だから、心に占める夫の割合も減っていく。



 そんな私に、神様が罰を与えたのだろうか。

 彼の転勤が決まった。

 近くだったのならまだしも、まさかの海外。


 さすがに一緒についていくという選択肢は、私の中には無かった。


「大丈夫。連絡するし、たとえ距離が離れたって、気持ちは絶対に変わらないよ。」


「……ええ。」


 彼は安心させるかのように、行く前の日まで何度も何度も年を押して言ってくれる。

 そうすれば私もなんとかなる気がして、空港では笑顔で見送ってあげられた。



 それから私は彼のいない寂しさを、別のもので埋める。

 その人はすべてを肯定してくれて、更に許してくれた。


 彼女のおかげで、今までやってきた事を自分でも許せるようになった。



 連絡を全くしなくなった彼からは、時折メールや電話が来るが、私は無視をしている。





 きっと私は、悪い女なのだろう。

 飽きっぽくて、すぐに新しいものに手を出して、そして人を傷つける。


 しかしそれの何が悪いのだ。


 1度しか人生はない。

 それなら自分の好きなように過ごした方が、絶対に楽しい。




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