六章十二話

「そうだな。その疑問に答えるのは少し難しいが……。一つ、言わなければいけないことがあるんだ」

考え込むような顔をした『森の意志』は、右手の人差し指を伸ばして、言った。

「人間を食べるのはもうこりごりだ。植物と虫と、時折鳥や小型の哺乳類を食べればそれでいい」

そもそもだな、と『森の意志』は更に続ける。

あの時は利害が一致していたんだ。私が現世に出るような事態になればこの森は破滅する。しかし、散々慕われ敬われもてなされておいて、仇の一つも討ちませんでしたというのでは、いくら私が神であるとは言え冷たすぎる。信仰がなければ成立しないような不完全な存在いのちであるのだから、傲慢でいるべきではない。彼も彼で、積もり積もった怨念をぶちまけずにはいられなかった。しかし、多勢に無勢で返り討ちに遭うのが目に見えていた。だから二人で戦うことにしたんだ。「お前らが蔑ろにしたものにお前らは殺されるんだ」と、見せつけてやるためにね。

「だが、正直なところ、何も楽しくなかった。こんなことを言って『神様失格だ』などと思わないで欲しいのだが、天罰を下すのは結構楽しいんだ。洪水を起こしたり、雷を落としたり、不作にしたり。そういうものにはそれなりの興奮とやりがいがある。それなのに、あれは、楽しくなかった」

三人とも、熱っぽく語る『森の意志』をぽかんと見つめている。

「人間に頭からかぶりついて咀嚼しているせいだと気がついた時は、彼女の仇よりも多くの命が失われたその後だった。当時は前任者の『森の意志』から役職を譲られて百七十年ほど経っていたが、そんなことに気がつかないほどに私は若かった。人間は眺めている時が一番楽しい。食べ物ではない。……萌子、これで満足だろうか?」

話し過ぎたな、と自嘲の笑みを浮かべながら、萌子を見て『森の意志』は言った。

「……ごめんなさい、あなたのことを疑っていました」

萌子が頭を下げようとするのを、『森の意志』は止める。

「いいや、いいんだ。この森の鬼は確かに私なのだから。私など、愛し、守るべき土地を汚した愚か者に過ぎないさ」

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