第21話 さっくん

 あの日の出来事を、私はよく覚えていない。

 ただ、大好きな人が自分を犠牲にして私の命を救ってくれ……ようとしていたのは知っている。



 私の名前は望月乃愛。


 さっくん。

 うぅん、小鳥遊 咲夜くんの彼女だった普通の高校生です。


 だった。というのは、さっくんも私も死んでしまったから。

 それはきっと全部、私のせい。


 あの日、さっくんとの何回目か分からないデートをするために待ち合わせていました。

 その日はいつもより早めにいつもの集合場所に行って、さっくんが来る姿を見ようとしていました。さっくんって、運動神経がいいから走るのも早くてフォームも綺麗でかっこいいんです。


 それで、三十分くらい前に着いたんだけど、やっぱりもうさっくんが待ってくれていました。

 さっくんはいつも私より早くに来てて、私が「お待たせーっ!待たせちゃった?」と、聞くと、「今来たとこ」って、いつも言ってくれる優しい人なんです。


 そう、優しいんです。

 優しすぎるんですよ。

 今回のデートも私の観たい映画に合わせてくれたし、いつもよく気にかけてくれるし、幸せで不満なんてほとんどありません。


 さっくんが道路を挟んだ反対側にいたので声をかけました。

 するとさっくんが気づいて、手を振ってくれて、思えば私はその時から警戒が緩んだんでしょう。


 突然、さっくんが顔色を変えて何かを叫びました。


 なんだろう?

 そう思って横に視線を向けると、大型のトラックがものすごい勢いでこっちに向かってきていました。


 信号は間違いなく、青でした。

 でも、注意を怠ったのは私です。

 さっくんをみて安心したんでしょうか。


 今となってはよくわかりません。


 私の体は避けるでもなく、助けを求めるのでもなく、ただただ悲鳴をあげることしかできませんでした。

 足はすくんで動かないし、心臓は張り裂けそうなほどにバクバクといっているのが聞こえました。

 まるで蛇に睨まれた蛙、と言うのが正しいんでしょう。


 次の瞬間、目の前が真っ暗になりました。

 死んだ……のとはちょっと違います。

 さっくんがいつもぎゅーってしてくれる、あの感じと一緒でした。


 私はさっくんが助けに来てくれたんだと、一瞬で気づきました。


 でも私は悲しかった。

 それは私がもう助からないのを悟ったからでしょう。


 もうさっくんに会えなくなると思ったら寂しかったけど、それでもさっくんにだけは生き続けて欲しかった。

 きっと私より素敵で胸も大きな女の子が見つかるはずだから。


 でもやっぱり最後は嬉しかった。

 こんな私を命懸けで助けようとしてくれた事に不謹慎ながら私は、幸せな気持ちになれました。


 ありがとう、さっくん。

 大好きだよ。


 私の記憶はそこで途切れました。




 目が覚めると、そこは見慣れない場所でした。


 私はさっくんが見当たらないことに気づき、不安と後悔で胸がいっぱいになりました。


 そして泣きました。

 泣き虫な私の頭をいつも優しく撫でてくれるさっくんはいませんでした。


 それからしばらく経って、私は違う世界に来てしまったことと、私が死んでしまったこと、そしてさっくんがいないことを知りました。


 お父さんとお母さんと名乗る人たちは優しかったけれど、さっくんには遠く及びません。


 それからの生活は新鮮で、不思議で、そしてとても寂しかったです。


 新しいお家は宿屋さんでした。私は育ててくれている責めてものお礼として、料理を担当することにしました。


 無駄だと分かっていても、またさっくんに料理を振舞ってあげたいから。

 だから一生懸命がんばりました。


 もちろん他のお手伝いを頼まれた時も、手を抜くことはありませんでした。



 そんな生活を何年も続けたある日、お店に二人組のお客さんが来ました。

 もうすっかり慣れた営業スマイルで接客をしました。

 そのお客さんは姉弟のように見えました。


 男の子の方はなんだか髪の色や目の色が違うので最初は怖かったけれど、話をして見ると気さくで優しくて私の料理を笑顔でおいしいと言ってくれました。

 まるであの人のように……


 その時の私とあまり変わらない身長の二人だったけど、お姉さん(?)の胸は大きかったので、大人なんだと思いました。

 まさかその二人が翌朝に裸で寝ていた時はびっくりしたけれど、誤解もすぐに解けて、サーネイル君という名前の弟さん(?)に朝ごはんを振る舞いながら話していました。


 するとサーネイルくんは私の作ったソイのスープの材料である、味噌の名前を知っていたんです。

 この味噌はうちの宿屋の特産品なので、常連でない人が知っているのもおかしいのですが、味噌なんて名前を知っている人は限られます。


 その時からサーネイルくんに不思議な気持ちがわいてきました。

 恋とも、懐かしいとも言えるこの感覚。


 私は確かめるために、仕事の休憩時間にサーネイルくんを連れ出しました。

 店の裏の少し離れた丘にあるサンメルの木へと。


 サンメルの木がある丘に着くと、サーネイルくんはやっぱり「桜」を知っていました。


 思えばその時には気づいていたのでしょう。


 私は最後に確かめるためにあの日・・・のことをサーネイルくんに聞いてみました。

 あの日、私が観たいと彼にお願いした映画の名前を遠回しに……


 彼は答えました。

 私の思っていた通りに。

 そして私は確信しました。

 彼がさっくんであることを。


 次の瞬間、どちらからというのでも無くハグをしました。

 私の大好きなさっくんの久しぶりのぎゅーは暖かくて、優しくて、懐かしくて、嬉しかった。


 私はまた泣いちゃいました。

 今日はさっくんも泣いていました。


 その後、しばらくさっくんと話して、色々と知ることができました。


 あの日、私たちは死んでしまったこと。

 この世界でさっくんは王子様だということ。

 そのせいであまり会えないということ。

 それでも五年後にはまた学校で会えること。

 私たちは変異種だということ。

 生まれ変わっても、さっくんはさっくんだということ。

 そして、私はやっぱりさっくんが大好きだということ。


 さっくんに貰った第二の人生。

 私は、さっくんの為に使おうと心に決めました。



 それから四年と少し。

 さっくんと再会を果たせました。


 少し早まったのは、この世界の一年が、だいたい三百日くらいだったから。


 実はさっくんと別れてから、さっくんのことを両親に話してしまいました。

 当然、相手は王子様です。

 でも、私の恋人です。

 それを必死に伝えると、全力で応援すると言ってもらえました。


 お母さんには花嫁スキルを。

 お父さんには魔法を。

 それぞれ教えてもらいました。


 お父さんはエルフという種族の人でした。

 さっくんは私が銀髪だから変異種だと思っていたようですが、実際は逆でした。

 私の胸が大きくならないのは、種族柄仕方ないんです。

 さっくんが胸で人を判断するような人じゃないことはわかっていますし。



 入学試験でさっくんの魔法をみましたが、本当にすごかったです。

 さすがはさっくんだと思いました。

 私も火、水、風、土と回復魔法をお父さんや、知り合いの冒険者の人に教えてもらって上級まで練習したのに、さっくんはそれ以上でした。


 入学式の代表挨拶も、緊張するはずなのに堂々としていてかっこいい演説だったと思います。


 前に一度、私のどこが好きなのか聞いてみたことがあります。

 さっくんは私のいい所をたーくさん言ってくれたけれど、私はそんなに言葉が思いつきませんでした。

 でも、その分を態度や料理に表していこうと思っています。


 これからの学校生活が楽しみです。

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