第31話

人には誰しも好物と言うものがある。私の場合はメロン味のものが好きだ。ちなみにキリ君の好物は缶詰めだったりする。

好物を見つけるとそれだけでとても幸せな気分になれる気がする。それは他人のものであっても…


あれは小学生6年の秋口の学校帰りの事だった。私は一人で学校を行き帰りしていた。

落ち葉を踏みながら並木道を歩いているとふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。

「あっ、たい焼き屋さんだ」

少し先の道の脇にたい焼き屋の屋台が来ていた。こんな所に珍しいと思いながら私は少し小走りで屋台に近付いた。屋台はとても小さなものだったけれどとても美味しそうなたい焼きが並んでいた。

「美味しそう」

私はついそう呟いてしまった。

「そいつはありがとよ」

頭にタオルを巻いた髪の短いお兄さんが眉間に皺を寄せながらもニッと笑いながらそう言った。

少し気難しそうな印象のある人だったけれど、きっと優しい人だと直感的に思った。

私はお財布を取り出すと中身を確認した。52円だけだった。たい焼きの値段は90円でどうやっても足りなかった。私は少し溜め息を吐いたがハッと閃いてたい焼き屋のお兄さんの顔を見て

「あの!あとどの位ここに居ますか?!」

と聞いた。

お兄さんはデジタル式の腕時計見ると

「もうそろそろ次の場所に行かなきゃいけねぇな。夕方はスーパーの前に場所借りてんだ」

と言った。

スーパーは自宅からかなり離れた場所だった。

「そうですか…」

私がそう言って少し沈んだ気分で立ち去ろうとすると「お嬢ちゃんはそんなにたい焼きが好きなのかい?」と聞かれた。

私は首を横に振って「兄の好物なんです。だから買って帰ったら喜ぶかなって」と答えた。

お兄さんは私をジッと見ると「いくら足りないんだ?」と言った。

「えっと…52円しかないので40円足り無いんです」

と言うとお兄さんはたい焼きをほぼ真ん中で割って袋に詰めた。

「50円分のたい焼き買うか?」

そう言うと私にその袋を差し出した。

「買います!」

私はお兄さんの手に50円玉を渡して「ありがとうございます」と兄の様に笑いながら言った。するとお兄さんは私の頭をグリグリと撫でたその手は堅くて大きくてちょっとくすぐったかった…


持って帰った50円分のたい焼きを兄はとても美味しそうに食べてくれた。

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