第29話

桜の花がそろそろ満開を迎えてきました。でも、今年はまだ暖かくはなりません。


夜、兄はポロンポロンと自分の部屋でギターの調節をしていた。

「お兄ちゃん」

私は兄の部屋にひょこりと顔を覗かせた。

「ん~」

兄は私の顔を見て何か言おうとしたけれど音を確かめる為の笛を加えていてん~としか言えなかった。兄は笛を机の上に置くと「キリ君は?」と言った。

「キリ君はお茶でお腹が膨れて寝たよ」

私がそう言うと兄はそうなんだと言うような表情をした。

そして閃いた様に立ち上がると

「散歩に行こう!」

と言って用意を始めた。

「夜だよ!?」

私がそう言うと兄は笑いながら

「桜が明るいから平気だよ」

と答えになっていない返事をした。

そして手早くお茶を魔法瓶の水筒に詰めると水筒とギターを肩に掛けて私の手を引いた。

玄関で靴を履きながら

「あっキリ君は?」

と言うと兄は少し悩むような仕草をして

「寝かしておいてあげよ」

と言った。

私達は歩いて近所の大きな公園に向かった。公園の各所の桜の下では夜でも花見をしている人達が盛り上がっていた。

「あれ?ヒツジノじゃん?」

突然、若い男性の声がそう言ってきた。声の方を見ると大学生達が花見をしていた。

「やあ、みんなここで花見してたんだ」

兄は声を掛けてきた青年にそう言った。

その青年は兄と私をジッと見ると少しニヤニヤしながら

「お前、いつも付き合い悪いと思ったらそう言うわけか。彼女いないとか嘘吐きやがって」

と言った。

兄は少し呆れたように笑って

「馬鹿。これは妹だよ」

と言った。私が慌ててお辞儀をすると兄は私の頭を撫でた。

「確かにそっくりだな~ちぇっヒツジノをイジるネタが出来たと思ったのに」

青年はそう言うとグイッとビールを飲んだ。

「残念でした」

兄は勝ち誇った様に笑ってそう言った。

青年はケッと言いながら

「そうだ、妹も一緒に参加しねぇ?歓迎するぞ」

と言った。

兄は首を横に振ると

「ありがとう。でも今日は妹と二人で夜桜見物するつもりだから」

と言って笑った。

青年は「それは残念」と言ってシートの方へ戻っていった。


兄は私の手を握ると

「行こっ」

と言って歩き始めた。

そう言えばさっき兄は一度も笑顔を崩さなかったな。私はそんな事を思いながら兄に手を引かれた。

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