第9話

早咲きの桜がいくつか蕾を咲かせていた。

淡い桜色が濃淡だけの世界に色を付けていて、何だか少し幸せをわけて貰った気がした。


「今日は満月だ。ちょっと電気消そうか…」

兄は温かな紅茶の入ったマグカップを片手に窓から空を見上げてそう言った。

窓の外では本当に美しい月が煌めいていた。月からは銀色の砂がこぼれていて本当に綺麗。


しかし、そんな幻想を切り裂く様に家の前の道を何台かのバイクが爆音を立てて通り抜けた。

「春だね~」

兄は軽くそう言った。

私は何だか月の魔法が解けてしまった様で溜め息を吐いた。

そんな私の姿を見た兄は何か閃いたようにバタバタと自室に駆け込んだ。


そして、ちょっとした叫び声が…多分クローゼットの封印を解いて災厄を呼び覚ましたのだろう…

完全無欠に見える兄にもそれなりに不得意な事はある。その一つが整理が苦手で物が捨てられない。まあでも、掃除は得意なのでぱっと見の部屋はとても綺麗なのだ。


叫び声がしてから数分後、部屋から出て来た兄は何だか見慣れない姿をしていた。

黒のライダージャケットを着てフルフェイスを持っていた。

私が唖然としていると兄は私を立たせて嬉しそうに

「月、見に行こ!」

と言って私に着替えて来るようにと部屋に押し込んだ。私は唖然としたまま兄が大型バイクの免許をとった時に父が買ってくれた白色のライダースーツに着替えた。

リビングに戻ると机の上にはすっかりピクニックバックが用意されていた。

「明日は日曜日だから遅くなっても構わないでしょ?」

兄は嬉しそうにそう言うと私の腕を引っ張って玄関の鍵を閉めた。

駐車場には整備の施された大型バイクがデンと置いてあった。

「親子なんだからこういう所は遠慮しないの」

免許を取った時の兄の台詞。父に資金援助してもらって買ったのだ。ただ殆ど乗る事はなくて放置されている。


兄はピクニックバックをしっかり固定すると、私にヘルメットを被せて頷き、ヒョイと抱き上げて後ろに乗せられた。


こうして何故か私は唐突にも夜のドライブに行く事になったのだが、そのあと何があったのかはまた別のお話で…

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