第14話 出発

 宿の裏手から戻ってきた二人を見て、小春がパッと駆け寄ってきた。


「天狗さん、どうだった?」


 京介には聞こえないようにそっと葵に耳打ちする。葵は「上々だ」と大きく頷いた。


「あいつも俺と同じ人物を追っていることがわかった。しばらくは行動を共にしようと思う」

「本当!?良かったじゃない」


 小春は手を叩いて飛び跳ね、まるで自分のことのように喜ぶ。


 葵は腰をかがめて小春の目線の高さに合わせると、懐から何かを取り出した。


「小春、ありがとう。君のおかげで一歩先へ進めそうだ」


 葵は手のひらにすっぽりと収まる大きさの小壺を小春へ差し出した。小春は「なあに、これ?」と不思議そうに手を伸ばして受け取る。


「それは天狗秘伝の塗り薬だ。その薬を塗れば、どんな怪我でもたちどころに治っちまう」

「え、そんなすごい薬を私にくれるの?」


 小春は目を見張った。葵は「ああ」と頷

く。


「お礼だよ。遠慮なく受け取ってくれ。小春がいなきゃあいつと、京介と会えなかったからな。会ってなけりゃ銀髪の男の情報も手に入らなかった」


「そんなに大したことしてないよ私。でも、ありがとう」


 小春は薬の入った小壺を大切そうに掲げた。

「これ大切にするね、天狗さん」


「ああ。でも話はこれだけじゃない。」


 葵は少し後ろめたい様子でコホンとわざとらしく咳払いする。少し前から話そうと決意していたのだ。

「実は俺、嘘をついてた」


「え?」


 葵は深呼吸をすると一息に告げた。


「俺は人間だ。天狗じゃない」


「えええ!」


 小春はびっくりして危うく小壺を地面に落としかける。

「じゃあやっぱり山伏さんの方だったの?」


「あ、いや、山伏じゃないのは本当だ」


「ええ?」


 わけがわからないといったように小春は声を張る。


「じゃあ何者なのよ?」


 困惑する小春に葵はそっと耳打ちした。


「俺は天狗に育てられた人間だ」


 葵は言ってから恐る恐る小春の反応を伺った。小春は肩をふるふると震わせている。やはり天狗と嘘をついていたことに怒ったのかと葵はひやっとしたが、そうではなかった。


「じゃあつまり、天狗のお弟子さんということね!」

 

小春は葵を天狗だと思った時と同じくらい嬉しそうに言った。


「怒らないのか?」


「全然!ていうか、天狗さんは一度も自分は天狗だって言っていなかったじゃない。私が強引にそう決め付けていただけ。別に嘘つきとは言わないわ。それよりも天狗に育てられただなんて、まるで寝物語に聞かされる伝説みたいだわ」


 うっとりした表情で小春は目を瞬く。


「そんなことって本当にあるのね。世の中って面白いわ」


 機嫌を損なわせずに済んだようで、葵はホッと胸をなでおろした。その後ろから京介が「良かったね天狗さん」と声をかけてくる。


「お前には天狗さん呼びして欲しくない。俺には葵という名前があるからそれで呼んでくれ」


 ムッとして京介にそう言っていると、村人たちが葵と京介の周りに集まってきた。代表して弥彦の両親が前に進みでてくる。


「おふた方、うちの倅を助けていただきありがとうございます。なんとお礼を申し上げたら良いか」

 

父親が深々と頭を下げると、母親と弥彦も同じように頭を下げた。その隣から初老の男性が村人の間をかき分けて葵たちの前に現れた。


「村長です。弥彦から聞きました。森に住むあやかしを退治してくれたそうで。これでわしらもより安心して暮らすことができます。是非ともお礼に何かご馳走を振る舞いたく......」


「すいません。残念ながら約束があるので、僕も彼もあまりここに長居はできないのです。ですので、お礼ならそれ以外にしてくれたほうが助かります」


 京介の申し出に村長は、「それでは路銀と旅の途中の食料を差し上げましょう。いくらかの足しにはなるかと」と言ってくれた。


 それから村長は村人や従者らしき男に細々とした指図を与えた。しばらくすると葵と京介二人分の路銀と食料の入った行李が運ばれてきた。


 御山で暮らす分にはお金は必要なかったので、葵は貨幣というのを見るのは初めてのことだった。それでもかなりの量のお金を渡されたことはわかり、葵は申し訳なく思った。実質あやかしを倒したのは京介だ。なんだか京介のおこぼれをもらっているようで複雑な気持ちになる。そんな葵の気持ちがわかったのか、京介はちょいちょいと葵の肩をつついた。


「なんだよ」


 振り返ると京介は路銀の入った袋と行李を持ち上げながら言った。


「もらえるものは病気以外もらっておけばいいんだよ。変に謙遜とか遠慮してたら損だよ。むしろガンガン恩を売ってお礼もらわないと。でないと旅なんかしてたらすぐお金なんて底つくから」


「お前図太いな」 


 葵は呆れたように目を眇めて京介を見やる。まあね、と京介はにこやかに笑った。パッと見ると優しげな好青年だが、その内面はなんだか腹黒そうな奴である。

 


 数分後、二人は村人たちに見送られながら村を出た。小春は少し寂しそうな様子だったがそれでも笑顔で葵を見送ってくれた。葵は別れる前に小春からあることを頼まれていた。


『私、いつか国中を旅したいと思っているの。この目で自分の知らない場所や文化を見てみたい。でもそれはだいぶ先になりそうだから、天狗さんは私の分までそれを見てくるつもりで行ってきて。そして目的が果たせたら帰ってきて、いろんなお話を聞かせてね』


 目的が果たせるかどうかは葵自身にもよくわからなかった。葵の目的はもはや仲間の仇討ちだけでなない。京介の言うことが正しいのなら国の存亡にも関わる旅になるだろう。再び御山のあるこの地に帰ってくるのがいつになるのか、そもそも無事に帰ってこれるかもわからない。それでも葵は約束した。小春の分まで未知の世界を恐れずに見てこようと思った。

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