第13話 陰陽師の少年
葵たちが村へ戻ると、村人たちが弥彦の姿を見つけてワッと駆け寄ってきた。その中から両親らしき二人の男女が駆け出してきて弥彦を抱きしめる。
「おや、旅人さんじゃないかい」
皆が騒ぐ中、女将が葵とともに弥彦を連れてきた少年を見つけて言った。葵はその言葉に驚いて少年を見やる。
「都から来たって旅人、あんただったのか」
「この人?」
いつの間にか小春も葵の隣に来て興味深そうに少年を見ている。
「え?まあ、そうだけど。それが何か?」
すると小春がびしりと葵を指差した。
「この人、あなたに聞きたいことがあるの。ね、天狗さん?」
「天狗さん?」
少年は小春の言葉に不思議そうに小首を傾げる。
「ああ、そうだ。詳しい話は子供を村に送ってから、だったな。約束通り話を聞かせてもらうぞ。」
そう言って葵は人気のなさそうな場所へ移動しようとする。そのあとに少年はおとなしく従う。葵がちらりと小春の方を向くと、小春は頑張ってとでも言うように片目をパチリと閉じてみせた。
*
宿の裏手へ回り込むと、葵と少年は向かい合った。
二人のそばには井戸があり、そばに置かれた木桶に張られた水に二人の少年の姿が写り込んでいる。
改めてきちんと少年を見てみると、女子にそれなりにモテそうな雰囲気の少年だった。茶色がかった短い黒髪に綺麗な黒の瞳、聡明そうな顔からは人の良さそうな性格がうかがえる。御山でもこんな感じの優しげな雰囲気の男は一定の女子から好かれていたものだ。
「ねえ、さっきの女の子、君のことを天狗と言っていたようだけど?」
少年は小春がいる宿の表の方向を振り返りながら葵に尋ねた。葵は嘆息する。
「そう思われてる」
「なんで否定しない?君は人間だろう?」
「そうだけど、色々複雑なんだよ」
少年は少し考える素振りを見せてから言った。
「そういえばさっき、御山や五芒星がどうのと言ってたね。まるで昨晩あの山にいたかのような口ぶりだった」
「いたようなじゃない。いたんだよ」
少しムッとした口調で葵は言う。少年は「へえ。」と目を丸くした。
「それは君が山伏の格好をしていることと関係ある?それとも天狗の格好と言うべきかな?」
「関係ある」
葵は目の前のこのどこか飄々とした少年に自分の身の上を話すかためらったが、そうしないと向こうも詳しいことは話してくれなさそうだ。もっとも自分がこの少年から詳しいことを聞くつもりで人気のない場所に来たのに、逆に自分が色々と聞かれている状況が少々歯がゆかったが。
「俺は天狗に育てられた人間だ。赤ん坊の頃山に捨てられていたのを拾われた」
「天狗に?天狗は人間嫌いと聞いていたけど」
「天狗が嫌うのは身勝手な人間だけだ」
葵は話を続ける。
「とにかく、俺はずっと御山で天狗たちと一緒に暮らしてきた。それが昨日の夜、何者かの襲撃を受けて、大勢の天狗が死んだんだ。その襲撃者らしい人物を俺は見てる。目の前でそいつに大切な人を殺されたからな。そういうわけで俺はそいつを探してるんだ。だから、知ってるならそいつのことを詳しく教えて欲しい。あとあんたのこともな」
さあ話せ、と言わんばかりに葵は目の前の少年を見据えた。少年は「わかった」と頷く。
「まずは自己紹介から行こうか。僕は桜木京介。都の守護を担っている陰陽師の家の者だ。さるお方から命を受けて、君の言ってる銀髪の男の動向を探ってる。その男の名前は
「それで同業者って言ってたのか」
「そう。彼は今とんでもないことを実行しようとしてる。この国に住まうすべてのあやかしを滅し、この世を洗い清めようとしているんだ。そんなことをさせるわけにいかない」
京介の話を聞きながら葵は頷く。椿丸も似たようなことを死ぬ直前に言っていた。
「そのことは知ってる。つまり、あやかしを全滅させるための一環として昨夜御山が襲われたってことなんだろう?」
「そういうこと。僕もあの晩、少し離れた場所から君たちの山が燃え上がっているのを見てた。知っていながら何もできなかったことを申し訳なく思うけれど、僕程度の陰陽師じゃあ紫紺を止めることはできない。」
京介は本当にすまなさそうに目を伏せた。
葵は「別にあんたを責めるつもりはない。」と手を振る。
「それより聞かせてくれ。陰陽師はあやかしから人間を守るのが役目なんだろう?だったら奴が、紫紺がやろうとしていることにむしろ協力するんじゃないのか?あやかしは人間にとって敵だろう?良いも悪いも関係なく」
最後の方は暗い表情をして葵は言った。京介はその言葉に首を横に振る。
「なんか勘違いしてるみたいだけど、僕たちが退治するのはさっきみたいな人を襲うような悪いあやかしだけだ。別にあやかしってだけで手当たり次第に殺してるわけじゃない。ちゃんと良いあやかしがいることも知っているし、そのへんの区別はできてるつもりだよ。だからこそ、紫紺がやろうとしていることは許されることじゃない。」
葵は意外そうに目を見開いた。
「なんだ、その辺の理解はあったんだな。陰陽師ってのはみんなあやかしだからって理由で退治しにくるような連中かと思ってた」
京介は葵の言葉に少し笑った。
「誤解が解けて何よりだよ」
葵はその時ふと椿丸が残した言葉で気にかかるものがあったことを思い出した。
『そんなことになれば、この国の
理が崩れるとはどういうことなのだろうか。葵は少し迷ったが、椿丸のことも含めてそのことを京介に話すことにする。
「そういえば、紫紺にやられた俺の親代わりの天狗が死ぬ前に言ってたことがある。あやかしを全滅させるなんて、そんなことをすればこの国の理が崩れるって。これはどういう意味なんだ?」
京介は目を見張り頷いた。
「その天狗よく知ってるね。その通り、あやかしがいなくなれば世の理が崩れてしまう。でも残念ながら、理が崩れると具体的にどうなるかまでは僕にもわからない。そんなことこれまで起こったことがないもの。少なくとも、良いことは起こらないだろうね。だから止めようとしている」
「そうか。あんたにもわからないのか。」
葵は腑に落ちない様子でつぶやく。そんな葵を見ながら京介は言葉を付け足した。
「待った待った。もう少し詳しく話すから」
「詳しく?」
「ああ。いいかい、この世はいろんな均衡で成り立っているんだ。そのすべての均衡は陰と陽に分けることができる。」
話しながら京介は右手と左手の人差指を突き立てる。
「今回紫紺によって崩されようとしている均衡は、人とあやかしの均衡だ。この場合は人が陽、あやかしが陰に当たる。この二つの存在は互いに影響を与えながら世の秩序を保っている。だからどちらかが欠けたり、片方の割合が多くなりすぎてしまえば均衡は取れなくなる。つまり、この国の理が崩れるってわけ」
京介は突き立てた両手の人差指を天秤のように上げたり下げたりしながら真面目な顔で告げた。
「で、ここからは僕個人の考えなんだけど、理が崩れるというのは、現実的に言うとこの国が滅びることを意味するんだと思う。」
「な......」
葵は呆然とする。
「それ、話が飛躍しすぎじゃないのか」
「飛躍なんかしてないよ。理が崩れるってことはあらゆる秩序が崩壊するってことだよ。そんなことになれば、この国は大混乱に陥って最悪滅びかねない。まああくまで僕の仮説だから、信じる信じないは君に委ねるけど」
そう言うと、京介は腰に手を当ててどこか試すような目で葵を見やった。
「で、どうする?僕と一緒に来る?」
「は?」
「君の願う通り、僕は銀髪の男の情報を話した。けど、それを知ったところで一人じゃ何もできないことは明白でしょ?一人で刺し違えてでも仲間の仇を取るなんて阿呆じみたことを考えてるなら別だけど。」
「......」
その阿呆じみたことを考えていた葵は思わず黙りこむ。そのまま後ろめたい気持ちで京介を見ていると、「もしかして考えてた?」と聞かれた。葵の沈黙を肯定と捉えたのか、京介は肩をすくめる。
「まあ別に良いよ。絶対あいつを倒すぞって心構えは大切だ。それでさっきの話の続きだけど、僕が言いたいのは一人より二人の方が何かと好都合だから、君に紫紺の動向を探る僕の任務に協力して欲しい、ってこと。どう?損はさせないよ」
葵は考えた。そもそも葵には頭領から頼まれた任務がある。その任務は紫紺の情報を探ること。京介がさるお方に命じられたことと内容は同じである。密かに仇を討ってやろうと葵は目論んでいたが、この京介とかいう陰陽師と行動を共にした方が何かと現実的だ。それに、話を聞いていると国が滅ぶなどと何やらきな臭い話になってきた。もはや仇討ちだ、などと個人的な恨みを晴らすためにやけになっている場合ではない。こうなると葵の決断は早かった。
葵は頷いて京介の目をまっすぐに見据えた。
「わかった。協力してやる。」
まっすぐな葵の目を見て、京介は嬉しそうに笑った。
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