第4話
「さて。そろそろ、ですよ」
「なにが?」
「本腰を入れて花瓶を探すべし」
「絶へて散るなりブーゲンビリア」
「本歌取りですか?本歌はなんだろう」
「えへへ」
「褒めるだけ褒めて何も出しませんよ」
「あらそうなの」
「というわけで、いつの間にかこれを見つけていました」
「なに?剣山?」
「剣山、見参」
「そういうのいいから」
「剣山があるってことは、花瓶もありますよ」
「そうかなあ」
「だって、剣山だけで何をするんです」
「いろいろ、使いみちありそうだけど」
「どうやって使うんですか」
「そうね…足つぼマッサージ?」
「…そんなことに使うんですか」
「…使わないね」
「足に刺したらけっこう痛そうです」
「それじゃ、剣山使って…パスタを取るのに使う」
「パスタサーバー?」
「そんな名前だっけ」
「やや形が似てるだけで、使えませんよ。柄もついてないと」
「…うん」
「…いや、形も似てませんね」
「パスタ煮てるうちに似るよきっと」
「似ませんし煮ません。茹でます」
「湯で煮ることを茹でるというんだから、一緒だよ」
「違うと思います」
「十分な水量の水に入れて加熱する、って言い換えれば文句ないでしょ」
「パスタは茹でるものであって、煮るものではないです。もうこれは慣用句の域です。例外はみそ煮込みうどん」
「そうなの?」
「そうなんです。だからこれからみそ煮込みうどんを食べるときには、例外的な煮るパスタだと思ってください」
「みそ煮…こみうどん」
「話を戻しますよ」
「うん」
「花瓶を探しましょう」
「この部屋で花瓶を見たことがないわ」
「先輩の目には止まらなくともきっとあります」
「どこに」
「例えばこの剣山があった近くのこの棚に」
「その棚はだめよ」
「なにが、だめなんです」
「その棚には呪いがかかっているの」
「呪いですって?」
「呪いが、わたしをその棚から遠ざけるの」
「どういう呪いなんです?」
「どういうって…呪いは呪いよ」
「ほらいろいろあるでしょう。死者の呪いとか、アガメムノンの呪いとか」
「アガメムノン…」
「例なんで何でもいいですけど」
「まあいいや。その棚にはおまじないをかけたのよ」
「おまじないですか。呪いじゃなくて」
「漢字にすれば呪いもお呪いもいっしょ」
「それは事実ですけど、いったいどういうまじないを」
「その戸棚を開けたものは呪われる」
「?」
「開けるためにはあるアイテムが必要」
「??」
「アイテム『戸棚の鍵』が」
「戸棚の鍵…」
「そのアイテムを手に入れるためには、向こうの用具入れを片付けなければならない」
「あ。あそこどうしても散らかりますよね」
「用具入れを片付けるためには神の祝福が要る」
「いや。神に頼らず自分たちでやりましょうよ」
「エク・エレク・ヴィリ・ヴェー」
「そんな似非呪文唱えてないで。適当に唱えてるんですよね?」
「エク・エレク・ヴィリ・ヴェー」
「じゃあぼくも。エコ・エコ・アザラク」
「それは昔流行った黒魔術でしょ」
「エコ・エコ・ザメラク」
「必要なのは悪魔の力じゃなくて、神の祝福なのよ」
「ふふ。先輩」
「なに?」
「実は、神の祝福は必要ありません」
「どうして?」
「これ、なんでしょう」
「!?」
「これは、レアアイテム『戸棚の鍵』です」
「そのテディベアとプーさんとハロッズベアが取っ組み合いしてる絵のついたキーホルダーは。確かに『戸棚の鍵』」
「この世に二つしかないレアさなんですよ」
「いつから持ってたの?」
「さっき。先輩力作の電子レンジに入る前に」
「ずっと見つからなかったのに」
「用具入れの上に置いてありましたからね。先輩の背では見えなかったかも」
「誰がそんなところに置いたんだろう。わたしじゃ届かないからわたしではないわ」
「ぼくでもないですよ」
「とするとやはり…」
「神の見えざる手ですね。この鍵の需要が生まれたときに供給されるんです」
「それそういう意味じゃない」
「需要の欲求が高まると同時に供給の難易度も低くなっていくんです」
「こらこら」
「先輩の欲求がもう少し高まったら、もう少し低いところに現れたはずですよ」
「違うって」
「最終的には戸棚の取っ手に引っかかっていたことでしょう」
「そんな魔法みたいな」
「神の見えざる手ですから」
「…新たな解釈ね…」
「それはそうと、どうします?レアアイテム、使っていいですか?」
「…うん。あ、気をつけて」
「何を?」
「神の祝福がないと何が起こるかわからないわ」
「ははは。またそんなことを」
「ブレス・ユー」
「開けますよ。……わあっ」
「あっ。だいじょうぶ?」
「あいたた。いったい何が…落ちて…」
「これは…ベース?」
「ベース?」
「先代のこの部屋の主が趣味にしていたという、電設の楽器」
「伝説ってほどのものでもないでしょ」
「電気設備の電設」
「…なるほど。じゃあ私物なんですか」
「…さあ?」
「いや、備品のわけがないでしょう?」
「一般的にはそうだけど」
「え?」
「もしかしたら研究費で落としてる可能性も」
「ええっ?さすがにそれはないでしょう?」
「だってそう考えないと残していった理由がない」
「いや、いろいろありますよ。忘れてたとか置く場所ないとか」
「いちおう、音響の研究もしてたみたいだし」
「そうであってもさすがにそれは」
「普通はそうよね」
「ですよねえ」
「でも…わたしも研究費でローライ・フレックスを…」
「!☆♢?」
「…買えたらいいな」
「…先輩の願望ですか…」
「うふ」
「でも、先輩、時計の研究なんてするんですか」
「ローライは時計じゃないわ」
「いやだなあ、ぼくでもローレックスは知ってますよ」
「ロレックスじゃなくて、ローライ」
「どう違うんです」
「ぜんぜんちがう」
「何が違うんです」
「時計とカメラくらい違う」
「なあんだ、ぜんぜんってほどじゃないじゃないですか」
「ぜんぜん違うじゃないの」
「だって、土橋カメラで同じフロアですよ」
「土橋カメラって…」
「カメラ屋さんで売ってるし」
「…その括りに意味はあるの?」
「意味ですか」
「それだと家電はみんな同じカテゴリになるわ」
「一般人の認識ではそんなもんじゃないですか?」
「さすがに、時計とカメラは同じじゃないでしょ」
「だって、鯵も鰆も鯖も鰊も魚としか言わない人を知ってますよ」
「それは…その」
「ほうれん草も小松菜も野菜としか言わない人もいます」
「そんな人いるの?」
「その人、茄子や胡瓜は果菜というし、人参大根は根菜って言いますけどね」
「…逆に詳しそうじゃないの」
「いっしょに天ぷら食べたら大変ですよ。野菜三品、で茄子、蓮根、南瓜だったりすると、野菜三品ってのに野菜が一つもないってぶつぶつと」
「それ、変なこだわりあるってだけの人だよ」
「まあ、それはともかく、ラジオも電話もカメラも時計も機械としか言わない人がいるかもしれないし」
「それは…さすがにいないんじゃないかな」
「言い切れますか?」
「言い切れる。いない」
「どうして、言い切れるんです」
「だって。魚は食べ物だよね。さっきの、鯵とか鯖とかは日常会話では食べるためのものとして登場するよね」
「はい」
「カメラはどう?写真を写すためのものだよね」
「…はい」
「時計は?時間を見たり測ったりするものでしょ?」
「…」
「目的が違うものをひとまとめにすることはないよ」
「…」
「もしカメラも時計も機械、という人がいたとしたら、それは、目的を知らないもの、というカテゴリだよ」
「…」
「だから、そう呼ぶ人がいるとしたら、写真を全く写したことがなく、かつ、時間を全く見たことがない人」
「…」
「つまり、現代社会ではあり得ない。唯一、赤ちゃんだけはあり得るけど…赤ちゃんが機械って言葉を使うとは思えない」
「…なるほど」
「鯵も鰆も魚という人、小松菜も椎茸も野菜という人、緑茶もコーヒーもお茶という人、飛行機も電車も乗り物という人、ハンドバッグもナップザックも鞄という人はいるだろうけど」
「…」
「でもカメラと時計をいっしょにする人は、いないよ」
「…なるほど」
「というわけで、きみはそのベースをどこか目につかないところにしまって」
「目についたらだめですか」
「研究費の使い込みと思われたらいやだわ」
「誰ひとり思いませんよ」
「だって、わたし、ベース弾かないのよ」
「何なら弾くんです?」
「…風邪」
「…はあ。ベースは戸棚に戻したらだめですか」
「戸棚に入れたらまた落ちてくるじゃない」
「でも、戸棚にあったんですから」
「また開かずの棚にしたいの?」
「ええ。今回の件は棚にあげましょう」
「…」
「あ。これは」
「なによ?」
「ベースを退かしたらヴェイスを発見しました」
「は?何言ってるの?」
「ヴェイスです。花瓶ですよ」
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