第5話 武闘会。決勝。


「紳士淑女の皆さま。お待たせしました。武闘会決勝、選手の入場です」


 闘技場中央で左目に眼帯を付けた男が叫ぶ。


「大会終了後は是非とも冒険者ギルドに来てください大歓迎です、驚異の新人レディキャット」


 観客の大歓声とともに本音駄々洩れの紹介が入る。もっともこれは、この場にいる武力を飯の種にする者の本音だ。

 初戦でキングオブソード。ラトナ・ランニングを相手に圧勝。

 準決勝でクイーンオブシールド。ルシャナ・ブームを相手に勝利実績は十分である。

 そしてこれは近衛四聖騎士も例外ではない。

 彼らは正式に王付きの騎士になったときに、八部衆という直属の副官を持つことが出来る。

 眼と口元しか見えていないが、シンの顔が標準以上の顔だちであることは容易に推測できる。

 シンの身分が判らないが、かなりのお買い得物件。

 いざとなれば侯爵家や伯爵家あたりの養女になってもらっての嫁候補もあり得る。

 武門の誉れの高いデレラ侯爵家辺りなら喜んで引き受けてくれるだろうと皮算用まで弾いている者もいる。


「続きまして士官学校十数年ぶりの平民ながらの主席卒業に偽りなし。エースオブマスク。トト」


 観客の大歓声とともにトトの紹介が入る。初戦で悪魔の尻尾のリーダーガイアドを相手に瞬殺。

 準決勝ではお互いの手の内が解っているためか接戦となるもジャックオブメイス。クリシュナ・トーラスを相手に辛勝。

 こちらも実力は十分である。それは目の肥えたブックメーカーたちの予想がトト4:5(1.8倍)シン4:6(2.0倍)な所からも予想できる。


「在野に君たちほどの材がいたとは。いや、凄いね」


トトは苦笑いしながら拳を突き出す。


「たち・・・ですか」


 シンも拳を突き出しグータッチ。そしてぼそりと返す。


「決勝戦。開始」


 何やら会話が始まる前に試合開始の声がかかる。

 風切り音とともにトトの槍がシンを襲う。突きではなく上段からの振り下ろし。だが辛うじて躱す。

 すかさず槍による突きが入りシンの鎧の一部が抉れる。

 ダンと地面を踏みしめ、シンは一足飛びにトトの懐に飛び込む。

 鈍い音とともにシンの右膝がトトの腹にヒット。


「ちっ」


 派手に後ろに跳んだのはトトがシンの膝の威力を殺したせいだとシンは理解する。

 両手突きエストックを水平に構え刺突。

しかし後ろにステップで躱される。

 更に刺突。今度は二連。

 そこから一進一退の攻防が始まる。観客席の喧騒が次第に静かになっていった。


「やはり凄い。どの剣術の流派なのか色も見せない」


 トトの言葉にシンは苦笑いをする。戦場にあって自ら修めた武術の流派を見破られることは死を意味する。

 デレラ侯爵家の家訓のひとつである。そのためシンも物心がついた頃から色々な武術の流派を学び自分に合った型を習得している。

 普通なら中途半端になるが、十全に熟せるのはデレラ侯爵家が密かに伝承させるスキル武技好みのおかげだ。

 無論、デレラ家が宗家であるデレラ流という剣術が存在しており、シンも師範代の地位だったりするのだが。


「そろそろ勝って、君の名を教えて貰おうかな?これ以上時間をかけると明日の舞踏会にも影響がでそうだし」


 その言葉でシンの頭に『その姿は今日の午前0時。城の時計が十二時を指すまで解けない魔法じゃ』の言葉が蘇る。

 瞬間シンの意識が会場から見える時計塔に移る。十一時五十九分。


「くっ。わたしは、わたしはまだ戦いたいのに時間が」


「それはどういうことだキャットレディ」


 トトの放った渾身の一撃をシンは仰け反りながら躱す。トトの槍がシンのマスクとネコミミカチューシャを掠めて逸れていく。

ぼーん。ぼーん。夜中には鳴らないはずの時計塔の鐘が鳴り響く。ほぼ全員の意識が時計塔に向いた。


ボン


 次の瞬間シンの周りに大量の煙が立ち込める。

 煙が立ち消えたあと、カラランという音とともにキャットレディのマスクとネコミミカチューシャが床に転がり落ちた。


「衛兵。レディキャット殿が攫われた。王都全域に緊急配備。賊を逃がすな」


 キャットレディのマスクとネコミミカチューシャを拾い上げながらトトは叫んだ。

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