第27話

 朝、起きたうちに兄さんの視線が飛ばされた。

「おはよう」

 変わらないほほ笑みと優しい声は、うちの心に安心を届けてくれる。

「おはよう」

 この場にいるのは、うちと兄さんだけ。きのうまでこの家にいたエグナーは、もういない。きっともう、この家に戻ってくることもない。

「気分はどうだい? つらいなら、休んでいてもいいよ」

 気づかいはうれしいけど、首を横に振る。

「大丈夫だよ」

 休んではいられない。徴収のノルマをこなすためにも、朝ご飯を作るためにも。

 兄さんのために、リージュに届けるために、エグナーに届けるために。いつもみたいに、採取してご飯を作らないと。

「決して無理をしてはいけないよ」

 心配を変えない兄さんに笑顔を返して、変わらない仕事を開始した。


 兄さんに心配をされつつ朝ご飯を終えて、料理をくるんで家を出た。

 リージュとエグナー、先にどっちに行こうかな。どちらもそこまで時間がかかるわけでもないし、悩まなくてもいいかな。

 本能のまま、リージュの家に歩いた。

 近づくにつれて、肌で違和感を感じた。

 すれ違う人がうちに向ける視線が、いつもと違う。刺さるとまではいかないけど、どこか冷たさを感じる。

 きのうのことも、ウワサで広まったんだ。それがこの結果を作り出した。

 視線に気づかないフリをして歩いて、リージュの家の扉をたたく。

「……こんにちは」

 扉を開けてのぞかせた家の人の顔は、いつもと違って暗い。曇った声も、違和感を誘う。

 その視線が、ゆっくりとうちの持つ薬に落とされた。

「それ……」

「いつもと同じ新薬です」

 兄さんが来た際に説明をされただろうし、詳細は言わなくても平気だよね。

「本当に大丈夫なの?」

 届いたのは、思いがけない言葉だった。今まで、家の人からこんな声をかけられたことはない。兄さんを信頼してくれていたのに。

「徴収者を保護するような人でしょう? そんな人が作った薬、安全なの?」

 薬に向けられたのは、いぶかしさが乗る視線。兄さんが精魂を傾けて調合した薬に、そんなことを言うなんて。

「そんなことありません。兄さんは誠意をこめて調合しています」

 リージュを元気にさせたい一心で。うちと変わらないほどに強い思い。

「本当に? よそ者に悪いことを吹きこまれたり――」

「兄さんを悪く言うのはやめてください」

 兄さんの努力は、うちが誰よりも知っている。毎日調合を欠かさなくて、日々研究を重ねて、よりいい薬を作れるように励んでいる。

「リージュを思って、調合した薬です。悪いことなんてありません」

 強く主張したら、家の人の視線がゆらりとうちに動いた。表情は晴れないけど、いぶかしさは弱まっている。

「渡しとくね」

 薬と料理を手に、扉が閉められそうになる。

「あの……リージュは」

 会わせてくれないなんて、リージュになにかあったの? 容態が悪化したの?

「大丈夫だよ。もうお帰り」

 それ以上の言葉を許されないかのように、無常に扉が閉められた。静まり返った扉を前にたたずむ。

 本当にリージュは元気なの? 心配のまま家の裏手に回って、リージュの部屋の窓に視線を送る。

 ベッドで上半身を起こすリージュが見えた。窓に背中を向けていて、うちには気づいていない。

 髪の隙間からのぞく肌の色は血色がよくて、いつもと変わらないみたいだ。体を起こせているし、本当に元気なのかな。

 そこまで考えて、理解が届いた。

 エグナーを保護したうち。

 そんなうちとリージュを会わせたくなかったんだ。

 見えるのに会えない事実に、悲しみがよぎる。その悲しみは、兄さんを悪く言われたことに対してもだった。

 沈んだ足どりのまま、エグナーのいる物置に歩く。最初にエグナーを案内した際とは大きく異なってしまった状況。あの頃は、ここまでの事態になるとは思わなかった。

 物置の扉を開けたら、隅っこに座るエグナーが映った。

「来ても、平気なの?」

 エグナーの第一声はそれだった。こんな状況でも、うちを心配してくれるんだ。

「おなか、すいたかなと思って」

 料理を見せたら、エグナーから笑顔があふれた。

「本当!? ありがと」

 やっぱり食べてなかったのかな。うちの手を離れた料理は、エグナーの手によってするりと口に放られた。

「ごめんね。こんなことになって」

 徴収者に突き出すという条件に続いて、拘束という事態にまでおちいってしまった。

 うちがもっと言えていたら防げたのかな。

「謝るのはこっちだよ。隠してたのは事実だし」

 徴収者の仲間だったエグナー。もしうちがそれを知ったら、うちは倒れたエグナーを前にどうしてた?

 よそ者とはいえ、徴収者なら救わない。その選択をした?

 ……違うと思う。

 いくら徴収者であろうと、倒れていたら放ってはおけないよ。恐怖を感じても、声はかけた。

 エグナーが徴収者の仲間と知った今でも『助けたのは間違いだったのか』の後悔はない。けど。

「どうしたの?」

 かけられた言葉に、エグナーに視線を戻す。食べる手をとめないながらも、うちに心配まじりの瞳を向けていた。

 助けたことを、後悔はしていない。したくないのに。

「どうして兄さんまで悪く言われないのいけないの……?」

 うちとエグナーだけの問題でだけはなくて、兄さんまで波及してしまった。

 兄さんの努力の結晶を疑われるような事態になってしまった。うちの責任なの?

「なにかあった?」

「よそ者を保護したせいで、兄さんまで悪い目を向けられたの。どうしてこんなことになるの?」

 伝えてどうにかなる問題でもないのに。逆にエグナーに責任を感じさせてしまうかもしれないのに。

 自覚はしているのに、行き場のない思いを吐露するしかなかった。

「本当によそ者は救ってはいけなかったの? 言い伝えを破った、うちへの罰なの?」

 島の人以外に手を差し伸べてはいけない。根づいた考えにそむくのは、そんなにいけないことだったの?

 冷たい視線と言葉は、じきに兄さんにも届いてしまう。もうあびているかもしれない。

 兄さんにつらい思いはさせたくないのに。

 うちがよそ者を保護しなかったら、こんなことにはならなかった。

 うちは兄さんからも嫌われてしまうの?

 よそ者を助けるのは、ここまで厳しい罰がある禁忌なの?

「そんなこと、ないよ」

 食事の手をおろして、うちをまっすぐ見つめる瞳。こんな状況なのに、落胆も絶望もない瞳。

「その優しさで、ラヤは大勢の人を救ってきただろ? それをよそ者に向けるのが罰だなんてありえない」

 うちも今まではそう思っていた。そう思えていた。

「でも兄さんはうちのせいで」

 傷つけたくなかった、大切な存在。こんな形で傷つけてしまうなんて。

「ラヤは悪くない。絶対、それだけは言える」

 エグナーの強い言葉でも、うちの心を癒す材料にはならない。

「人を助けられるなんて、誇っていい能力だよ。怖がる島の人のほうが、修正すべき考えなんだ」

 誰でも隔てなく救っていい。そんな島なら、こんな事態にはならなかったのに。

「ラヤのその優しさは、変わってほしくない。間違ったことだって思わないでほしい」

「この考えを貫いたら、また誰かを傷つけてしまうかもしれない」

 誰になるかはわからない。もしかしたら、リージュがとり返しのつかない事態になってしまうかもしれない。

「ラヤは、救ってるよ」

 耳に届いた、濁りのない言葉。

「いつだって、誰かのためになろうと動いてる。島の人だって、救われてる。その優しさに、島の人だから、よそ者だからなんて関係ないよ。よそ者を救ったから罰があるだなんて、ありえない」

 エグナーの言うみたいに、うちは島の人だから、よそ者のエグナーだからと気持ちを切り替えたりしない。よそ者だからと距離を置いたりはしない。

「オレだって何度も救われた。それが間違ってるなんてない」

 島の人に見つかった際にかばったことも言ってるのかな?

「あれはうちが思ったままに言ったことだよ」

 救おうって一心だけではなかった。『よそ者を理解してほしい』って思いがあって。それは結局、よそ者のエグナーを救おうとしたことにつながるんだろうけど。

「それより前に、あったんだ。1回、ラヤに救われたこと」

「倒れてた際のこと?」

 エグナーは首を横に振った。それ以外だと、ご飯を届けたこと? 掃除用具を渡したこと? 物置を紹介したこと?

「前、この島に徴収に来たことがあるんだ」

 思いがけない言葉だった。徴収者の仲間だとは認めていたけど、実際に徴収行為もしてたなんて。

「その際、ちょっとしたことでケガをしてさ」

「あ……」

 反応を示したうちに、エグナーに笑いかけられた。

「あの頃はありがと」

 自分の納品が終わって採取をしていたら、ケガをした人を見かけた。見なれない姿だったからよそ者だとはわかったけど、うちはすぐに手当てをした。

「あの人だったの?」

 深々としたフードのせいで、顔は見えなかった。言葉も少し交わしたけど、こんなにハッキリとした口調ではなかった。同一人物だとよぎりもしなかった。

「話したの、覚えてる?」

「納品のこと、話したよね」

 課せられるノルマ、終わらない納品。聞かれて、そんな話をした覚えがある。

 よそ者からそんな話題を振られる疑問はあったけど、治療の間をつなぐために話したっけ。

「そのあと、言ったよな。『もっと採取や研究に時間を使いたい。納品がなかったら、その時間をとれるのに』って」

「今も気持ちは変わらないよ」

 新たな素材を見つけられたら、素材の新たな可能性を見つけられたら。リージュを救う手助けになるかもしれないのに。

 納品ノルマを優先しないといけないせいでかなわない。

「あれで、かたまったんだ」

 あの頃とは違う、強い思いの宿ったまっすぐとした声。

「ラヤのために、オレはここに来た」

 うちのため? 理由はわからないけど、そう言えるってことは。

「記憶、戻ったの?」

「……本当はこれは、結構前から戻ってた。オレをここまで動かしたのは、ラヤだよ」

「どういう意味?」

 うちが目的でここまで来た? 告げられても、理解が及ばない。

「前々から、徴収に疑問を持ってたんだ。本当に徴収は間違ってないのか確認したくて、オレは徴収の船に乗った」

「顔を隠していたのには、意味があるの?」

「今後の行動によっては、顔は知られないほうがいいだろ? 徴収にも極力参加しないで、島をふらつくだけにとどめたし」

 だからケガしているのを発見した場所以外では見かけなかったんだ。

「あんな場所にいたから、もしかして今まで洞窟に隠れ住んでた人なのかとも思っちゃってたよ」

 エグナーを目撃したのは、事実上立ち入りが禁止されているあの洞窟の近くだった。誰も来ないのをいいことに、今まで誰かが住んでいた可能性まで考えてたよ。

「暗所恐怖症でなくても、洞窟に住みたいとは思わないよ」

 けらりと笑って、エグナーは話を続けた。

「素材は枯渇してないし、飢餓に苦しむ様子もない。でもラヤと会って話を聞いて、やっぱり徴収は間違ってるって確信したんだ」

 あの瞬間に少しだけ交わした会話が、エグナーの心を動かしたの?

「だから、オレは行動した。これが動機」

「……草はどうして必要なの?」

 言葉は終わったっぽいのに、いつだか語られた『目的に必要な草』が出てこなかった。むしろ目的がうちのためなら、そもそも『草が必要』って言葉もハマらない。うちは草を欲していると話さなかったと思う。

「そこがな……経緯と目的だけ、まだハッキリしない――」

 視線をふせて、頭に手をそえるエグナー。戻らないもどかしさにむしばまれているみたい。

 記憶、戻ったわけではなかったんだ。

 思い出せたのは、行動を起こした動機。目的はまだ戻っていない。

 もう2日しか猶予がないのに。

「草――」

 ぽつりとした声と同時に、エグナーの動きがとまった。

「どうしたの?」

 もしかして鍵が見つかりそうなのかな。

 ちりちりと動き続ける瞳のまま、数秒の沈黙が流れた。

 やがてうちに視線が向いて。

「来てくれてありがと。もう平気だよ」

 一転、笑顔になった。変化の意味をつかめないまま、ぼんやりと見つめる。

「帰っていいよ。長居させちゃ悪いし」

 本人が言うからには、そうなのかな。料理を届ける以外に、うちができることは見つけられないし。

 もしかして1人のほうが記憶が戻りそうなのかな。だったら、いても邪魔だよね。

「わかった。またね」

 こう言えるのも、今日が最後なんだ。明日には、エグナーは徴収者に突き出される運命にある。仲間なら、悪いようにはされないのかな。そうだといいな。

 不安と心配を抱えつつ、笑顔のエグナーに別れを告げた。

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