第19話

 数日たって、ついにその日が来てしまった。

 唯一の船着き場にとまった船。船からおりる数人の徴収者。そろえられた服には、徴収者であることを示す記章がある。

 船が出るまでに、各自納品の品を船に積むのが決まりだった。

 徴収者は、ノルマを運ぶうちたちに皮肉な笑みを刺している。数人の徴収者は『待つのが退屈』と言わんばかりに、島を歩きに出ている。

「今回もどうにかそろえられたね」

 ノルマを船に積む兄さんの隣で、小さく点頭する。うちと兄さんに課せられたノルマは達成できた。

 あとは、他の人が納品を達成できたか。

 島全体に課せられているノルマ。個人に割り振っているのは、島が勝手にしていること。

 いくらうちと兄さんがノルマを達成しても、他の人がこなせなかったら無意味になる。島全体の責任になる。

 そうなったら、またノルマが厳しくなってしまったりするのかな。

 他の人も、続々と納品に来ている。そのどれも表情は暗くて、終わらないノルマに疲弊を隠せないでいる。うちもあんな表情になっているだろうな。

 自分の納品は終わったのに、兄さんは船から視線を外そうとしない。おだやかさを消した、笑みのない表情で船を見ている。他の人の納品状況が気になるのかな。

 このペースだと、今回はどうにか全体でも達成できそうかな。そうなったらいいけど。

「兄さんはまだ、ここにいる?」

 声をかけたら、兄さんは振り向いた。いつもの優しさがない表情。徴収を前に、明るい顔にはなれないか。

「……そうだね。先に帰ってていいよ」

 家にはエグナーがいるのに。2人きりになる構図を許してくれるなんて。警戒はゆるんでくれたのかな。エグナーより、徴収の様子が気になるだけ?

 うちもノルマは気になる。でも\s[3]を1人にするほうが気がかりだな。初めての徴収の雰囲気に、不安を感じているかもしれないよね。

 船に視線を戻した兄さんを背に、自宅に戻った。


 自宅にはエグナーがいた。朝、兄さんに言いつけられた作業にいそしんでいる。

 徴収者は、帰るまで島をふらつくことがある。『いつもは人が来ない場所も危険かもしれないから』と、今日は外に出ないように兄さんに注意された。守ってくれていたんだ。

「おかえり」

 エグナーの言葉は、それだけだった。今日、徴収があるとは聞いたのに。徴収についてはふれようとしない。彼なりの優しさなのかな。

「大丈夫だった?」

 家の周囲に誰か来たり、家にいる気配を感づかれたり。そんなのはなかったのかな。

「単純作業だから、平気だよ」

 うちの言葉は、別の意味に解釈された。こう返すからには、なにもなかったってことだよね。よかった。

「ごめんね、自由にできなくて」

「ノルマって大変だな」

 黙々と作業を続けながら発せられた声。

「『帰るまでにすべてを終わらせる』って自分ルールを決めたけど、できなかった」

 エグナーの前には、まだ作業が残されている。

「これをずっとだなんて、厳しすぎる」

 締め切りを作ることで擬似徴収を体験して、うちたちに寄りそおうとしてくれたのかな。

「早く終わったらいいのにね」

 ノルマに追われることなく、自由に生活できたら。もっとのびやかに生きられるのかな。

 思案する視界に、人影がかすめた。窓の外に、歩く徴収者がいる。

「あ……」

 思わず声が漏れたうちに、エグナーも窓の外に視線を移した。

「――!」

 かすかに、息をのむ音が聞こえた。

 悪いことをしているわけではないけど、身を隠す。遠くにいるし、家にまで来て奪われはしないと思うけど。極力、会いたくないのが本心だ。

 息を潜めて、遠くに行くのを待つ。室内だから呼吸音までは届かないだろうけど、無意識に潜めてしまう。

 しばらくして、扉が開く音が耳に届いた。

 まさか、家にまで来てしまったの? 騒ぐ恐怖を隠せないまま扉に向けた視線に移ったのは、兄さんだった。

「……おかえり」

 よかった、徴収者ではなかった。安心とともに緊張の糸がほぐれた。

「遅くなってごめんね。平気だったかい?」

 エグナーと家に2人きりの状況を心配しての声だったのかもしれない。でもそれ以上に気になることがあった。

「徴収者に会わなかった?」

「見かけたよ。遭遇しないように迂回した」

 よかった。会ったらどうにかされるわけではないけど、それでも心配になっちゃうもん。

 兄さんの帰りが遅れたのも、迂回が原因かな。

「それと……」

 兄さんの瞳がエグナーに移る。急に視線を送られたエグナーはピクリと反応して、小さく泳ぐ瞳をようやくこっちに向けた。

「船を見たけど……忍べそうには見えなかった」

「そう……だった?」

 こっちを見ているのに、エグナーの視線はちらちらと動き続けている。

「可能そうなら、船で島から出てもらう手段もあったんだけどね。無理そうだよ」

 そのために兄さんは船をじっと見ていたの? そんなことを考えていたなんて、まだエグナーを信用できていなかったのかな。一緒にご飯を食べたり、作業を任せたりして、少しは関係を作れたのかなと思ったのに。違ったんだ。

「戻る手段もないけど、ずっと島の住民から隠れ続けるのも無理があるよ。いつまでこの生活を続ける気だい?」

 兄さんは前も同じような質問を問いかけていた。

「あの頃から状況は変わったのかい? 記憶が戻る予兆はあるのかい?」

 続けられる言葉に、エグナーは視線をふせる。思いつめたかのようなシワが眉間に刻まれた。

 エグナーに注がれる兄さんの強い瞳は、言葉と同じくらいに突き刺さっているように感じられる。

 おもむろに視線をあげたエグナーは、兄さんと変わらない強い感情を乗せた瞳に変わっていた。

「捜索のために、ここに来た」

「なにを?」

「……ビッチス草、ってやつだった、と思う」

 まだ記憶がおぼつかないのか、エグナーの言葉はたどたどしかった。

「そんな人、この島にいないよ」

 兄さんの言葉に、うちも同意した。そんな名前の人はうちも知らない。

「違う。草の名前」

 草……だと、素材?

 そんな名前の草、うちは知らない。

 兄さんと視線が重なったけど、兄さんも知らない様子だった。

「そんな草はないと思うよ」

「あるはずだ!」

 力強く主張するエグナーを前にしても、兄さんの態度は変わらなかった。

「誤解ではないの?」

「それ目当てに、ここまで来たんだ! 誤解なわけあるかよ!」

「目的、思い出せたの?」

 ここまで強い主張をするからには、目的もわかったの?

 聞いたうちに、エグナーの勢いが衰退した。力強く光っていた瞳は衰えて、よそに動く。

「それだけは、まだ……でも目的に必要なことだけはわかった」

 断片的に、だけど少しずつ思い出せてはいるの?

「それを手にできたら、目的も思い出せるかもしれない。それまで待っててほしい」

「目的を達成できたとして、君の居場所はないままじゃないかい?」

 船で帰ることもできない。島の住人からは隠れ続けないといけない。エグナーを待つ未来は、それしかないのかもしれない。

「今できることを全力でやりたい」

 再度宿った強い感情に、兄さんから厳しさが消えた。

「僕たちも知らない草を見つけるなんて、かなりの苦労だよ。本当にこの島にあるのかもわからない」

 うちも同感だ。ずっとこの島で採取を続けてきたうちすら知らなかった名前。そんなのが島に実在するのか疑わしい。

「やるよ。必ず」

「勝手にしたらいい。気をつけることだけは忘れないように」

 無理をしないでって意味なのか、島の人に見つからないようにって意味なのか。前者だといいな。

「うちも協力するよ」

 できることなら手伝いたい。草を見つけるのなら、採取のついでにできそうだし。

 うちの提案に、エグナーは首を横に振った。

「ノルマがあるんだし、いいよ。どんな見た目かとかもおぼろげだし」

 うちにできること、ないのかな。

「なにかあったら、なんでも相談してね」

「ありがと」

 草が見つかって、目的がわかったとして。

 その先にあるエグナーの未来はどうなってしまうのかな。少しでも明るい希望があるように祈るしかない。

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