03 洞窟
風が強くなる、といった月城先輩の言葉は本当だった。
先ほどまではそよ風程度の強さだったのに、急に強くなりだした。
ボートなんて面積の大きなもの、風に吹かれたら簡単に持っていかれてしまう。
ボートを管理しているおじさんは職務怠慢だと思う。
天気予報くらいしっかり把握しておいてほしい。
俺達は急いで戻る事にしたけど、時戸がこういう時に要らん事をする。
別に心の底から要らないと言っているわけじゃないけど、とにかく要領の悪い人間が緊急性の高まったシチュエーションでなにか行動を起こそうとするのは危険信号だ。
優しいことは悪いわけじゃないけど、彼女の場合は致命的に間が悪い。
「順平君、大丈夫。私が変わろうか?」
「平気だって、じっとしてて」
交代しようとした時戸がバランスを崩して海に落ちたのだ。
「時戸!」
俺は慌てて海をのぞき込むけど、時戸の姿が見当たらない。
冷静になるべきだと分かっていても、いざこういう場面が来たら無理だ。
焦った俺は、時戸を助ける事しか考えられなかった。
海の中に飛び込んで、彼女を探し出そうとする。
思えば、これが良くなかった。
上からのぞいた時はそれなりの透明度だったのに、いざ飛び込んでみると墨の中にでも入った気分だ。
よく分からない白黒の世界をもがくように泳いで、それで、知らない間に力尽きて気絶してしまった。
ここで死ななかった俺は、そこそこ運が良いのではないだろうか。
「あ、起きた? 大丈夫?」
目を覚まして最初に聞いたのは、水城先輩の声だ。
生きてた事を喜ぶには、体が冷たすぎた。
くしゃみをして、身震いをして体を起こすと、周囲はどこかの洞窟のようだった。
近くを確認したら、時戸が申し訳なさそうに体育すわりをしていて、少しほっとする。
流されたのだろうか。
「白亜君が浮き輪を持って、泳いで助けてくれたんだよ。でも、沈まないようにするのがやっとで。あれよあれよという間に流されちゃった」
浮き輪は、アヒルボートの座席の下に備え付けられていたらしい。
あのおじさん、最低限の安全対策はしていたようだ。
それにしても白亜先輩は、インドア向きで体力がなさそうなイメージがあったのに、意外とできる先輩だったらしい。
お礼を言いたかったけれど、近くに姿がない。
「あ、ちょっと周囲を見てくるって。さっき行ったばかりだから、もう少し時間がかかるかも」
「そうなんですか」
頭が痛い。
たぶん海水を飲んだせいだろう。
意識すると、喉の奥も痛くなってきた。
せき込んでいると、時戸が話しかけてくる。
「順平君、ごめんね。大丈夫」
「平気だこれくらい」
強がってみせると、水城先輩が妙なセリフを挟んでくる。
「男の子だもんね」
この先輩は時々ちょっとずれたことを言うから、いつも通りだ。
同年代の先輩たちの間では、そういうところが良いと人気らしい。
俺にはちょっと分からない。
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