2月10日『準備3』
『ピンポーン』と我が家のチャイムが軽やかに鳴らされた。
お? もう届いたのかな?
モニターを覗いて外を確認すると、そこにはスーツを着た男の人が立っていた。
「だれ?」
「うーん、受信料契約に来た人……?」
「あー」
「よし、お兄ちゃん、ここは居留守しよう」
「……まぁ……そうだあ」
ということで誰だか分からないけど、招かれざるお客さんということで、今日のところはお引き取り願おう。
私が待っているのはファウンテンタイプのフォンデュ鍋を持ってきてくれる配達員さんだけだ。
契約に来た人も勧誘に来た人も今はお呼びじゃない。
いつだってお呼びじゃないけど。
外にいる人がまだいるのかいないのか分からないけど、今私がやらなければならないことをやる。
「お兄ちゃん、今日はバレンタインの日にお兄ちゃんと一緒に食べるチョコフォンデュの試作をします」
「……? おう」
「バレンタイン当日にお兄ちゃんに美味しくないチョコを振る舞うことができなければ、私にとって人生最大の汚点となってしまうことは今や確実なので、失敗するなら今のうち、という気持ちなのであります」
「お、おう」
「何となくお兄ちゃんの言いたいことは分かるけど、今思ったことはそのまま飲み込んでください。カワイイ妹のお願いです」
「おう……」
「そこは元気に返事してほしいんだけど」
「おー」
「……まぁいいか。じゃ、さっそく作っていきたいと思います」
そう言って昨日のうちに買い揃えておいた材料を取り出す。
うちは1DKの安アパートなので、玄関から入ると通路があってその道中に台所がある。
と言うか廊下の半分くらいが台所に隣接している。
お兄ちゃんはベッドに座って、遠巻きに私の姿を眺めている。
所在無さそうに、そしてどこか不安そうに私の手の動きを追っているようだ。
「あ、チョコにはお酒入ってるけど、強くない甘いやつだからね」
「酒……入ってうのか」
「チョコにお酒は入ってるもんだよ。と言うか洋菓子には入ってるもんだよ」
「ぁんでわざわざ苦手あものを入れうのか……」
「まあまあ、一年に1回だけのイベントじゃない。たまには良いじゃん」
「今日ととうじつの2回ぁんですがそれは……」
「まあまあ、1回も2回も大差ないよ」
と言うか一度お酒入りのチョコフォンデュを食べさせて味を覚えてもらっていないと、当日のアルコール度マックスのチョコフォンデュを食べさせる時に完全に拒絶される可能性がある。
お兄ちゃんはお酒自体が苦手なんだから。
と言うワケで私が今日用意したお酒はこれ。
『カルーア』と『グランマルニエ』です。
コーヒーリキュールでアルコール20度の飲みやすいカルーアと、オレンジキュラソーでアルコール40度の調理しても香りが飛びにくいグランマルニエ。
日本酒なんかとアルコール度数が近いこの2つをお兄ちゃんには味わってもらって、私は当日の向けてお兄ちゃんの反応を観察するのだ。
この2つのお酒でどれくらいお兄ちゃんの理性が飛ぶのかを細かくチェックして、本番ではどれくらい強くする必要があるのか測るのが本日のメインの目的だ。
つまり今日食べてもらうチョコフォンデュ(試作)にも、タップリとお酒を入れて作るのである。
たとえ今日お兄ちゃんがベロベロに酔っぱらっても襲わないが(たぶん)当日は記憶が残らないレベルで泥酔してもらう予定になっているので、どれくらいの量でお兄ちゃんが酔い潰れるのか、正確に見極める必要があるのだ。
では、さっそく作ってみましょう。
題して『大人のチョコフォンデュ~甘い罠~(仮)』を。
基本的には普通のチョコフォンデュと同じ作り方なので、簡単に言うとチョコを小さく刻んで、牛乳を温めてゆっくりチョコを混ぜながら溶かす。
先に湯煎でチョコを溶かすのも良いけど、私はゆっく湯煎で溶かすよりも温かくなった牛乳や生クリームで溶かす方が早いと思っているので今日もそちらを採用する。
チョコの固さを調節しながら必要なら隠し味を足せば、これで具材を浸けるチョコは完成である。
たったこれだけの工程しかないのだから、例にならって作っていこう。
先ずは片手鍋に牛乳と生クリームを混ぜて入れ、中火にかけて沸騰させないように温度をあげる。
鍋と牛乳の境目のフチがふつふつしだす前に中火に落とし、刻んだチョコを投入していく。
真っ白だった牛乳がクリーム色からカフェオレのように変わり次第にブラウンへ変わり、最後にはとろとろのチョコレートの液体に変身する。
はい、一応これで完成。
うーん、なんとも味気ない。
いくら美味しいチョコを作るのが目的ではないと言っても、あまりにも簡素過ぎるんじゃないかな。
まあまあ、問題はここからだ。
お酒の量をどれくらい入れるか。
何と言ってもお兄ちゃんを『酔わせなくてはいけない』のだから、お酒を飲んでいるのと変わらないくらい入れる必要はある。
いくらお兄ちゃんがお酒に弱いとは言え、チョコでアルコールが薄くなるのは必至。
それを食べたところでさすがにお兄ちゃんは酔わないだろう。
ということは、『お酒っぽいチョコ』ではなく『チョコに近いお酒』にしなければならない。
見た目はチョコレート、中身は洋酒。
私が作らなくてはいけないのはそんなチョコだ。
うーん、どれくらい入れたら良いんだ?
とりあえず、コップ一杯くらいかな?
私はグランマルニエをコップに並々と注ぎ、ゆっくりとチョコに投入していく。
オレンジと甘いアルコールの香りが何とも言えない。
この香りを嗅いでいるだけで洋菓子を食べているような気分になる。
芳しいチョコケーキを食べているような、そんな気持ち。
これは中々期待できる。
さてさて、それでは一口味見を…………うっ。こ、これは……。
私はスプーンで片手鍋に入っているチョコを少し掬うと口に運んだ。その結果は。
あっっっまい……酒……強……。
これは……酒だ!!
完全にチョコ味の洋酒だ!!
……うん、いや、合ってるのか。
合ってるんだけど、はたしてこれはフルーツやスイーツを付けてホントに美味しいのか?
まるっきり甘いお酒だけど。
考えていても始まらない。
私は買っておいた具材の中から、バナナを取り出す。
オーソドックスでベターな具材だ。
バナナを一口サイズの輪切りにして、楊枝を刺してチョコに浸ける。
チョコバナナの完成である。
見た目はすごく美味しそう。
カラーチョコスプレーを振りかけて食べたい。
ぱくり、と口の入れて咀嚼する。
おっ……これは……なかなか……。
美味しい。
チョコ単体だと甘さとお酒の香りがひたすら主張してきてダメだったけど、フルーツが加わることでチョコの甘さがフルーツの強すぎない甘さで緩和されて、そこにオレンジのほのかな香りも混ざって、とても良いバランスに落ち着いている。
うまくまとまっているのである。
けっこうお酒多いと思ったけど、あれくらいで良かったんだな。
……と、思ったけど、丁度良いじゃダメじゃん。
これじゃお兄ちゃん酔わないじゃん。
鍋をしばらく見つめ、お兄ちゃんの方に振り返る。
「ん? どうした?」
「あ、いや、味見、お兄ちゃんもする?」
「おう、ひとくちくれ」
「じゃあ、とりあえずバナナね?」
「おう」
楊枝を刺して、バナナをチョコに潜らせる。
「はい、あーん」
「あー」
ぱくり、とお兄ちゃんの口にバナナをさして、楊枝を抜き取る。
「……どう?」
「……うまい。ちょっと、酒の匂いすぅけど、いけぅ」
「ほんと? 良かったっ」
全然ダメじゃん!!
お兄ちゃんが美味しいって思っちゃう程度のアルコールじゃダメじゃん……!!
くそっ、お酒追加投入だ!
このままで終われるか!
私はグランマルニエの瓶を掴み、じかに鍋に投入した。
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