2月4日『遅番』

「おはよーございまーす」

「あ~ゆかちゃんおはお~」

「はーい、ミホさんおはおーでーす」

「いえ~い」

「イェーイっ」


 ぱちんっ、とお互いの手の平を打ち合わせてハイタッチする。

 これが私が働く会社の出社時の挨拶である。

 なんつって。

 嘘でーす。

 私とミホさんの間だけで交わされる朝の挨拶でーす。


「ミホさん今日は遅番なんですか?」

「ん~ん~。違うよ~。今日は中番で今から休憩なの~」

「え、早くないですか?」

 右腕に巻いた時計を見ると13時半。

 中番シフトは10時から19持が定時なので、今から休憩に入って14時半から19時まで働くと上がりの時間にはお腹がペコペコになる。

「今日は遅番がゆかちゃんだけだから休憩回しが早いんだよ~」

「あーそうでしたねー。朝番のあすか先輩が上がったらミホさんと二人きりなんでしたねー」

「そうなんだよ~。あんまりお腹空いてないけど出てくる~。とりあえずカフェオレでも飲んでくるよ~」

「相変わらずの甘党ですねぇー。いてらーですー」

「いてき~。また後でね~」


 ミホさんの背中を見送って、仕事着に着替える。

 いそいそと私服のショーパン×だるだるパーカーを脱ぎ今流行りのファッションアイテムに身を包む。

 今日は薄いピンクのベルスリーブニットと太ももからワイドなシルエットになっているライトウォッシュデニムに白スニーカーという組み合わせにした。

 甘いカラーのニットに合わせて髪型もユルめのローポニテにしてモテカワっぽく仕上げる。

 右手首には薄いベージュのレザーベルトの腕時計。

 左手首には私のトレードマークである濃いネイビーカラーのシュシュを付けて、準備万端だ。

 姿見で身なりを確認して変なところがないか確認する。

 鏡に顔を近付け「ハッピーラッキーウイスキぃー」と声が漏れないように気を付けながら口角のストレッチをする。

(うん、おっけい。今日もカワイイぞゆか。お兄ちゃんから貰ったシュシュが今日も際立っててカッコいいぞっ)

 右手で左手首のシュシュを抱き寄せて目を閉じてお兄ちゃんの顔を思い出す。

(あ、ヤバ。カッコいい。尊い)

 パッと目を開いてもう一度姿見を覗き込む。

 脳裏に浮かんだお兄ちゃんの優しい眼差し。

 素敵。好きすぎる。お兄ちゃんやっぱ超好き。

 うん、今日も私は幸せだ。


 私はお洋服屋さんで社員として働いている。

 今年でようやく三年目の若輩だけど、上司や先輩からの評判はどうやら良いみたいだ。

 さっき早めの休憩に出たミホさんは私の先輩で、歳も私の4つ上。

 ミホさんは大学生の頃にバイトをしていて卒業と同時にバイトから社員に登用されたそうなのでキャリアは私の倍以上になる。

 つまり大先輩だ。

 しかしミホさんのゆるふわフルスロットルな雰囲気のお陰か所為か、あんまり先輩らしい威厳は感じられない。

 どころか普段も仕事中もフルスロットルでゆるふわなので年下のスタッフから可愛がられたりする有り様だ。

 そして付け加えるとあまり会社からの評価は高くない。

 キャリアは長いし、ミホさんの上顧客になっているお客さんもいるけど、万人受けしないゆるふわ加減と上昇思考の無さから『仕事は出来るが良い仕事をしない』などと言われている。

 そして、これはミホさんのすごい所なのだけど、それを知っていて、それ以上頑張らない。

 上からどう言われようと自分のペースを崩さない。

 自分のお客さんを蔑ろにするような立ち居振舞いをしない。

 売り上げにがつがつして接客のレベルが下がるようなことをしない。

 私はある程度ミホさんと仲が良くて、二人でご飯を食べたりするのだけど、二人でお酒を飲みに行った時に(朝番の日に定時ぴったりで上がって一件目で帰ったのでその後はお兄ちゃんと晩ごはんを食べた)、「頑張れば上の人が言うようにどんどん売って売り上げ作って出世したり出来ると思うんだけどね~?、でもね、私はお金が欲しくてこのお仕事を続けてる訳じゃないし、出世したい訳でもないから、今みたいに仲の良いお客さまと楽しく、本当のお友達みたいにショッピングのお手伝いをして、笑顔で帰ってもらえたら良いかなぁ~って思うのね。どうかな~。ゆかちゃんどう思う~?」と言っていたので、自らの理想を貫いていてカッコいいな、と尊敬している。

 ちなみに私はどうかなと聞かれ、「カッコいいと思いますっ! 私は今のミホさんが好きですっ」と答えた。

 ミホさんはカルアミルクをちびちびと飲みながら頬を緩ませニヨニヨしていた。

 両手でグラスを持ってニヨニヨしながら甘いけど度数の高いカクテル飲む歳上の可愛い先輩とか、ほんとヤバくてその場で押し倒したくなったけど我慢した。

 超我慢した。

 それ以来だろうか、ミホさんさんとは他のスタッフより仲が良くなったと思う。

 私がミホさんと、ではなくミホさんから私に近付いてくれている、という感じだ。

 可愛いぜミホさん……。


 と、そんなことを思い出しているうちに定時になった。

 今日も一日お仕事頑張るぞい~。

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