第14話真の勇者

あいた口がふさがらないとは、まさにこの事を言うのだろう。

しかし、さっきとはまるで別人のように、真剣な表情のライトが目の前にいる。

ふと横に目をやると、他の二人も大きく目を見開いていた。


それにしても、何を言っているのかさっぱりわからない。

ライトの言葉はまちがって、あいた口の中に入ってしまったようだった。


一旦飲み込み、その意味を考えてみる。私が理解に戸惑っている間に、二人はそれぞれの疑問を口にしていた。


「うそ!? ライト、それほんとなの? でも伝説じゃ、召喚されたら暴れまくるってことじゃなかった? だから、生贄を用意してたんでしょ? 少なくとも、最初の生贄が生き残った時点で、それはないでしょ。あたいの時もそうだって聞いてるよ。初めてだから、あたいもちょっと楽しみにしてたんだけど……。そう言えば、あの生贄って、この先どうするんだろうね。死なないんじゃ、家族への支給もないだろうに。あーあ、かわいそう。ヴェルド君も罪な男だなぁ」


え? なんのこと?


「たしかに、そう考えるとあの光の柱は伝承にあるものに似ていますものね。でも、伝承では『光に包まれて現れる』と書かれていたはずですわ。それに、マリウスの言うとおり、真の勇者は始まりの四十八人も含めて、全て異常に好戦的だと聞いていますわ。そこにいるヴェルド君は、とてもそうは見えませんわ。だから皆、落胆したのではないですか? あの光の柱にしても、彼の周りに集まっている光の精霊たちのいたずらかもしれませんわよ。あなたほどではありませんが、私も真の勇者については調べましたもの」


好戦的?

始まりの四十八人?


新たな疑問が次々とやってくる。


「だから、僕は聞いているんだよ。彼の場合は君たちと違って特殊な部分が多いんだ。真の勇者が現れるのは、ミズガルド統一歴でも偶数年の一月一日。つまり、始まりの四十八人が初めて召喚された日を忘れないように、暦を無理やり書き換えられた今日にしか、真の勇者は現れない。そして、仮に失敗しても、その時の勇者は、ある程度他の勇者よりも能力的に勝っている。だから、僕もミストもマリウスも、他の勇者よりも強いだろう? だから、たぶん彼もそういった力があるとは思う。戦士の体つきであり、精霊の加護を得ているなら、彼はたぶん剣士ソードマンだ。確かにそれは珍しいことだと思うよ。精霊使いも珍しいけど、剣士ソードマンは極めて珍しい。僕も剣士ソードマンは初めて見たからね。でも、それじゃあないんだよ。数多くの召喚を見てきた僕が、初めてと感じたのは、召喚の雰囲気さ。だからこそ、その疑問を晴らしたいんだよ」

人のことをそっちのけて話が進んでいる。でも、おかげで何となく真の勇者というのが分かりかけてきた。そして、勇者と言うからにはやはり特別な力があるということも。


そう言えば、そんなことを言ってた気もするな……。

でも、思い出せるのは断片的な単語でしかない。

特別な能力……。

普通の人とは違う力……。

ゲーム……。


並外れた身体能力の事は説明がつく。この世界の他の人とは違うのが勇者だというのも納得できる。これがたぶん、普通の人とは違う力だろう。

今日が特別な召喚の日で、その日に召喚された人は、勇者の中でも特別だというのも分かった。

それが、剣士ソードマンという職業ということか……。

極めて珍しいなら、きっとそうに違いない。


そして、この子たちは光の精霊というんだ。何となくそう思ってたけど、あっちの風の精霊と違って人の形を取らないんだな……。


見ればたくさんの精霊たちが、ここには集まってきている。何となく、歓迎されているようで、心地よかった。

なるほど。たぶん、これが特別な能力だ。


それに、ゲームという単語。

ゲームでも、物語でもこうやって絆を作るのがセオリーじゃないか。ミストだって驚いた顔してるし、たぶんこれだけの精霊が集まることなんてないのだろう。


「で、どうなんだ? ヴェルド。君は真の勇者なのかどうなのか? 真の勇者なら固有技能が神によって与えられているはずだ。記録によると、それは神との対話によって得られるらしい。君にはそれがあるんだろう?」

二人との会話を切り上げて、ライトは私に向き直っていた。

時間がないと言ってた割に、それを聞かずにはいられないんだ……。


真の勇者か……。

そんなこと言われた記憶はないな……。


いや、それ以前にあれは対話ですらない!


「はっきりとは覚えてない。はっきり覚えているのは、一方的だったってことだけ。しかも、『時間がないから終わり』といった感じで打ち切られた気がする。人の事を嘘つき呼ばわりしてたことだけは、しっかりと覚えてるよ。ほんと、失礼な奴だ」

特別な能力が宿るとは言われた気がするけど、固有技能なんて単語はなかった。


今度は私の言葉で、二人は一歩後ろに下がっていた。


「うそ!? 説明なし? あたいはじっくり話しできたよ? ひょっとして、神様に嫌われるタイプ?」

憐みの表情を見せるマリウス。さらに、もう一歩後ろに下がっていく。


「そんなことあるのですね……。私もしっかり説明を受けましたわ。召喚の時に会う神も、その対話も、それぞれの勇者にとって異なるものだとは聞いていますわ。でも、それは勇者にとって必要なことのはずですわ。それが無いなんて、なんて可愛そう……。きっとそれ、貧乏神ですわ」

目にハンカチを当てて、顔をそらすミスト。


え?

なにそれ? 何、その態度?

みんな話ししたの?


黙ってライトを見ると、小さく一度頷いていた。


聞いてないよ、そんなこと!

でも、それなら貧乏神じゃない、疫病神だ!


「……。ヴェルド。本当に君、何も聞いてないんだね? 本当に、隠してないよね?」

尚も疑いの目で見るライト。なぜ、それほどまで、そこに拘るんだろう?


「あの自称、神様に『嘘つき』とは言われたけど、私は全く嘘を言ってない。ていうか、説明なさすぎだ、アイツめ!」

みんなが一方的だったなら、そういうものかと納得もできた。でも、神様は他にもいた。

そして、他の神様はちゃんと説明してくれたことを聞くと、無性に腹が立ってきた。


確か、大半は『忘れる』って言ってた。

それって、『忘れさせる』の間違いだろう!


自分の怠慢を、隠すために違いない。


「そうか、それならいい。考えてみれば、真の勇者の気配は、並みの勇者とは比較にならないほど、すさまじいらしい。真の勇者たちは、互いに認識し合うとも書かれていたから、たぶんそういう雰囲気を持っているのだろう。たしかに、君からはそんなものは一切感じられない。どちらかというと、この特別な召喚日の勇者にしては、弱い。まるで普通の勇者のようにしかみえない。なるほど、特別な召喚日のハズレか……。だから違和感を覚えるのか……。うん、もう僕の用事はすんだ。後は君たちが教えてあげてくれ。当面は城の中で過ごしてから、その後は好きにするがいいさ。なにせ、勇者は自由だから」

手のひらを返したように、あっさりと背を向けて歩き出すライト。

自分が納得できれば、それでよかったのか……。

一体何に納得したんだか……。


足早に立ち去っていくその背中は、心なしか嬉しそうだった。

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